お屋敷

 翌週の土曜日。あたしは、想像以上のお屋敷を見上げてぽかんとしていた。



 ……そもそも天王寺さんの家の最寄り駅を聴いた時点でびっくりしたのに、こんな高級住宅街のなかでさらにこの豪邸、って。しかも緩やかな坂を上った先の、終点地点に建っている。ここらへんの高級住宅のなかでも、いちばん高い位置に建っているのだ。庭やバルコニーがあるとしたら、街が広く見渡せるのだろう。


 真っ白で巨大な豪邸。そして、入り口の門はがっちりと閉ざされている。その向こうの白いお屋敷は見えるけれど、がっちり閉められた真っ白な扉のせいで、入り口からどうやってあのお屋敷にたどり着くのかはわからない。


 ほんとうに、ここで合ってるのかな。でも、表札もたしかに天王寺、だし。ここに、あたしの同僚は住んでいるのだ。



 天王寺さんってお嬢さまだったんだなー……。



 気がつけば、結果的に、毎週毎週土曜日に天王寺さんと会うことになっているけど、まあ断ることはできなかった。天王寺さんのことが心配だったし……好奇心がなかったってわけでもない、んだけど。

 まことは毎週毎週不機嫌になっていく。遅くなるかもしれないけど夜にはアパートに行くから、とどうにかなだめすかしてきた。

 あたしが真以外のことを優先するなんてそういえば珍しいことなのだ。


 腕時計を見る。昼の一時の、十分前。待ち合わせの十分前だったら、常識的な時間だと思う。……ふだんだれかと外で待ち合わせることはときどきあっても、だれかの家に行くなんて、真のアパート以外ではまずないことだ。最後に友だちの家に行ったのなんて、小学生のころが最後だったんじゃないかなあ。

 ……いやいや。天王寺さんは同僚だ。友だちってわけじゃない、よね。



 いろいろな気持ちはとりあえず置いとく。目的は、表札の隣のインターフォン。あたしは指をなんどか引っ込めたけれど、えいっ、と勢い込んで押した。



「……はい。どなたでしょうか」



 おそらくは年配の女性の声。あたしの同僚の声ではない。そしておそらくは天王寺さんのお母さんでもおばあさんでもないんだろうな、と思った。お手伝いさん、みたいな。お金持ちのお屋敷ってそういうもんなんだってドラマで見たもん。


「あ、あの。須藤と申します。本日天王寺さんと……えっと。天王寺公子さんと、お約束させていただいているのですが」



 インターフォンは沈黙した。



「……あ、あのー?」

「お話は、お坊ちゃまからうかがっております。……いまお迎えに上がりますので、少々お待ちを」



 ぶつっ、とインターフォンは切れた。

 べつに、愛想の悪い感じの声ではなかった。邪険に対応されたわけでもない。仕事の電話をちょっと思い出してみたって、むかつく電話も傷つく電話も山のようにあるのだ。

 なのに、なにか、ざわざわとするのはなんでだろう。


 それに……お坊ちゃま。

 お坊ちゃまって、だれ? 天王寺さんの……いや、天王寺公子さんの家族のだれかだろうか。でもあたしは天王寺公子さんに会いに来たんだし、インターフォンでもちゃんとそう言った。なのにどうしていま、お坊ちゃまと呼ばれるそのひとが関係あるんだ? 公子さんがいつも言う、主人……とかいうひとと関係があるのかな。

 ぐっ、と拳を握りしめる。もしそのひとが公子さんに乱暴な扱いをしてるなら、あたしが止めてやるんだから。


 だって、あたしも、そうだから。……あたしも。



 ぎいぃ……と閉ざされていた扉が開いた。



 顔をちろりと覗かせたのは、腰が曲がっているおばあさんだった。インターフォンで対応してくれたひと、かな。


 おばあさんの服装は、白い服と白い被りもの。なんていうんだっけ、こういうの。ああ、そうだ、小学校の給食当番のときに着せられた服に似ている。なぜか手には銀色のお玉をもっている。不衛生だと思うんだけど。

 くぼんだ目が、意地悪そうにぎらぎらと光っている。あたしはお年寄りのひとというと、祖父母とか会社の偉いひとくらいしか知らなかったので、驚いた。なんていうかな。自分でもよくわかんないんだけど……世のなかにはこんなにも、あたしたちとおんなじようなお年寄りがいるのか、って。あ、お年寄りもあたしたちとおんなじで人間なんだなって、あたしは理由もわからずそう思ったんだ。


「遠藤さん、でしたっけね」

「あ、いえ。須藤です。……須藤美姫みき、天王寺公子さんの同僚の」


 扉はぎいぎいと音を立てて、あたしが通れるくらいの幅で開く。

「はあ。はいはい。失礼しました。お坊ちゃまがお待ちですよ。入ってください、段差がございますからね、気をつけて」



 柔らかい声色だったけど、ちろちろとあたしを睨むように見てくるその視線と硬い表情とはミスマッチだった。

 きょうもミニスカートなのに足を持ち上げなければ乗り越えられない段差を越えながら、あたしはもしかして歓迎されていないんじゃないかと、ふとそう思い当たった。

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