ダイゴの証言
刑事は浮かない顔をしていた。
結局被害者の北条みなみさんについては犯行現場のマンションの近くに住むOLであり、そのマンションに住む教授の通う大学の演劇部の練習風景を何度か見に行っている事がわかっただけである。
「後はコーヒーが好きと言うことぐらいか……」
刑事の独り言がレストラン彩湖の天井に吊り下げられている木製の大きなプロペラに吸い込まれて消えた。
例の教授が怪しい事には変わりがないが、犯人であったにしろなかったにしろ説明のつかない事が多すぎる。
今日会う約束の彼からはなんとか有力な情報が聞き出せれば良いのだが……。
なんとはなしに入口の方を方を見るとキョロキョロと
髪を遊ばせてるのか寝起きのまま来たのか判然としない髪型でブリーチしているのか天然なのかわからない様な髪色、更にはオシャレなのかズボラなのかわからない様なキャラクターの張り付いた寝巻きの様な格好……唯一まともに見えるのはスニーカーだけという出で立ちである。
普段なら目が合わない様にするのだがおそらくこの人が証人であろうと思われるのでそれもできない。
刑事は席から立って軽く手を挙げた。
「あ、刑事さんですか?」
大声でそう呼ばれたので周りにいる学生の何人かが青年を見て、その視線の先にいる私を見た。
「えぇ、でも名前で呼ばれたのは久し振りだなぁ。貴方がダイゴさんですね?どうぞこちらに」
刑事は、
あまり目立ちたくない場合などによく使う手だ。
先程興味を抱いた周りの学生達も「なんだ名前か」というリアクションになっているようだ。
やれやれ
こういうときくらいしか、本職と名前が一致している事にメリットを感じたことが無い。
「どうも、僕はカザマツリダイゴです。大きく悟ると書いて大悟」
席につきながら自己紹介した青年は髪がボサボサで無ければひょっとしたらモテそうだと思ったが、最初に目がそこにいくし、服装がモダンなのか寝起きのまま来ただけなのかわからない出で立ちなので、もはや異性がどうこうと言うより同性からもある程度引かれてそうだと思った。
「よろしくね。珈琲買っておいたけど飲むかい?」
刑事は彼の目の前に
「え?奢りですか?ありがとうございまーす。あ、でも紅茶の方がすきなんですけどねぇ」
「そ、そう……すまない」
「あ、それと最初にいっときますけど、僕メンタリストでもなければウィーシュ!とも言いませんし、漫才もできませんので」
「え?……あ……あぁ」
刑事は曖昧な相槌を打ちながら気さく過ぎるダイゴくんに面食らった。
「あの……早速質問しても良いかな?」
「ええ、もちろん。その為に来たんですからね」
そういいながら、珈琲に砂糖をコレでもかと入れている大悟を横目で見ながら刑事は本題に入ることにした。
「君は犯罪心理学のゼミ生だよね?」
「ええ、まあ。一応」
「教授の交友関係やひととなりについて聞きたいのだけど」
「あー例の事件ですね、なるほど、教授が第一発見者にして重要参考人てやつですね?」
「あれ?結構詳しいんだね?そこまでは発表されてないはずだけど」
「あ、これはYBだったかな」
「わいびー?」
「やぶへび!」
「……」
そこは真似するんだ。
「いや、冗談、冗談。刑事さんもお疲れの様子だから和ませようと思ったんです」
刑事の沈黙の意味を深読みして青年は少し愛想笑いをした。
「……そりゃ、どうも。それより、何故事件の詳細を知っているんです?」
刑事の目付きがやや鋭くなった。
「やだなぁ、教授に聞いたんですよ、なんとなく刑事さんに疑われてるみたいだってね」
まあ、それならなくはないか。
「そうですか、事件の事はあまり言いふらさない様に言ってあるんですけどね」
「口が軽いですよね、教授も」
「……ほんとに」
刑事は苦笑いしたが完全に青年の言葉を鵜呑みにした訳でもなかった。
それと、
「でも、意外ですね」
いかにも甘そうな珈琲を飲みながらダイゴは呟いた。
「何がです?」
「あの教授に彼女がいたって事ですよ」
「彼女?もしかして殺された北条さんのこと?」
驚いて聞き返した。
「ええ、もちろん」
なんて事はないと言うようにダイゴは答えた。
「だってそうでしょう?防犯カメラに映ってたんですよね?入っていくところが」
そんなことまで話しているのか。
「教授からは知らない人だと聞いているが……もしかして、教授が彼女だといったのかい?」
もしそうだとしたら大変な情報である。
刑事は平静を装ってはいるが緊張からか不自然な笑顔になっている。
「……いえ、普通に正面から部屋に入って来たという事は指紋認証の登録がその女性の分もされていたという事でしょう?だとしたらそれ、彼女じゃないですか?」
あ、そうか……そういえばそうだ、あのドアは指紋認証でしか開かないのだから正面から入るには指紋認証登録が必要だ。
自分の部屋に自由に入れる指紋認証を登録させる相手は彼女って事か?
いや、それは確認しないと、ダメだな。
「ちょっと失礼」
刑事は大家に確認しようと携帯を取り出した。
「あの」
そこへ何か言いたげにダイゴが手を上げた。
「どうしました?」
「大家さんに確認を取るんですか?」
見かけによらず鋭いな。
驚いた顔で固まっていると更にダイゴが付け加えた。
「だとしたら、指紋の登録と抹消がどのくらいスムーズにできるのかも聞いた方が良いと思いますよ」
……たしかに。
登録と抹消がスムーズに出来るなら、抹消したあとで警察に連絡して何食わぬ顔も出来るはずだ、第一発見者なのだからな。
「わかった、そうするよ」
刑事は大家に連絡を取りながら風祭大悟のボサボサの髪を眺めた。
……何かに似てるなと思った。
「……なるほど、わかりました。ありがとうございます」
そう言って電話を切ると風祭大悟が興味津々といった顔でコチラをみている。
あまり、事件の事をペラペラと関係者にら喋るわけにもいかないが、彼の発言が無ければ得られなかった情報でもあるので彼には聞く権利がある様にも思われた。
ゴホン。
刑事は、次の言葉に詰まると要らぬ咳払いをする癖があった。
「刑事さん?」
「ん?あぁ、指紋認証の件は大家さんには分からないらしいよ、専門家に後で聞いてくれるらしい」
一応、嘘をついて誤魔化す事にした。
「……そうですか」
「あぁ」
「それにしては。『わかりました』のイントネーションが違った様にも思われましたけどね」
「イントネーション?」
「普通、人が目的を持って何かをしたときには、それを達成した場合と、そうではなかった場合にイントネーションが違ってくるんですよ」
「……まさか」
「はい、今の『まさか』は半信半疑の時のまさかですね。全くありえないと思った時はこういうはずです……まさか!!」
そういうと大悟はニッコリと微笑んで甘い珈琲を口に運んだ。
……なんなんだこいつは?
メンタリストかなにかか?
いや、単に人の発音に詳しい人なのかもしれない。
いや、むしろこの感覚はあの子に、、、いや、そんな筈はない。
刑事は、頭の中に浮かんだ顔を
「あの……君ってもしかして、メンタリスト的ななにか?」
「え?まさかぁ、何となくですよぅ、なんとなくそう思っただけです。……当たってました?」
そう言って微笑む顔をもはや
本当は鋭いのに鈍い人を演じてるだけなのか?
そう言えば昔見た「うちのカミさんがね」が口癖の銀幕の名刑事も犯人に見せる姿は全てが相手を油断させる為のカモフラージュだと聞いた事がある。
もしかして、この目の前の一見冴えない様に見える青年の姿がすべて虚構だとしたら?
本当はとんでもなく鋭いのか?
「……やだなぁ刑事さん」
「ん?どうしたんだね?」
「いやぁ、そんなに鋭い目で見られたら
「え?そうか?……ごめんごめん」
気が付かないうちに目付きが鋭くなっていたようだ。
「で、本当はどうだったんです?」
「ん?なにが?」
「やだなぁ、指紋認証の解除は簡単だったんですよね?」
……なんなんだこいつは。
「どうしてそう思うんだい?」
刑事は
「それは、ちょっとした推理です」
「どんな?」
「もしも指紋認証の登録と解除が簡単でなければ……例えば業者の人を呼ばないといけないとなると、被害者がどうやって部屋に入ったのかわからなくなりますよね?」
「……まぁね」
「それに教授が被害者と面識がないと言った発言を裏付ける事にもなり事件が更に難解になってしまう」
「……特に教授を犯人と決めつけてる訳ではないが」
「なるほど、確かに決めつけてる訳ではないですが、もしも犯人でなければ見知らぬ女性がなぜか指紋認証の鍵付きの部屋に入って誰かに殺された事になりますね」
「ま、そうなるかな」
「そんな信じ難い事件より、やはり被害者の女性と教授が面識があった方が納得できるんじゃないですか?」
「……一般論で言うと、そうかな」
「つまり、そうであって欲しいという刑事さんの願望が自然のうちにイントネーションとなって現れているんです」
「イントネーション?」
「イントネーションが納得いかない様なら声色と言い換えても良いですよ……それともう一つ」
「まだ何かあるのか?」
「刑事さん大家さんとの話をし終わってから間髪入れずに私の方を向きましたね」
「それがなにか?」
「人は思考めぐらせる時には無意識に人と目線が合わない様にするものです。もしも、指紋認証の解除が難しいなら、その後その不可思議な現象について多少なりとも考えを
「……かもしれんね」
「つまり、消去法により全く間髪入れずに私の方に目線を向けられるという事は、解除が簡単だった場合以外にはないと言うことになりますよね?」
「………なるほど」
そういう事か。
どうやらこの青年はとんだコロンボらしい。
この
「わかったよコロンボくん、君の言うとおりだ。でもそれだけ頭が回るなら是非捜査に協力して貰いたいね」
「え?コロンボ?コロンボって刑事コロンボですか?」
「あぁ、よく知ってるね、君の出で立ちと推理力からなんとなく思い出したんだ」
「え?ええまぁ、光栄です」
「ん?なにか気に触ったかい?」
「いえ、どちらかというと金田一耕助の方が良かったな……なんて」
「……あ、そう」
「君の言うとおり、指紋認証は簡単な登録と解除ができる。そこに住んでいる本人ならという条件が付くがね。つまり、本人以外の登録はゲスト登録と言う形になって、登録も抹消も簡単。逆に本人はホスト登録と言って抹消や登録には専門の業者を呼ばないと無理らしい」
刑事は自分が得た情報をそのまま喋ることにした。
最初に嘘をついて誤魔化そうとしたという負い目もあってか事細かく説明する必要がある様にも思えたからだ。
「そうですか、それは大家さんには無理なんでしょうか?」
「そりゃあ、無理じゃないかな?業者を呼ぶわけだから」
「いえ、そうではなく、大家さんには無理かどうかを業者にきく必要もあると思うんですよね」
「つまり……大家もウソをついている可能性があるって事か?」
「もちろん、あくまでも可能性ですけどね」
疑うのが仕事の刑事もそこまでは疑わなかった。
いや、もちろん、大家には動機もなければ不自然な様子もないので犯人から除外しているのだが、本職の刑事としては少し甘いのかもしれない。
「ちょっと話が逸れるかもしれないが、君から見て教授はどう映ってるんだい?
刑事はこの青年が教授を間近に見てどう思っているのかが気になった。
「教授ですか?」
「ああ」
「一言でいうと、不思議な人ですよね」
「不思議というと?」
「刑事さんもあった事がおありならわかると思いますが、掴みどころがない」
「……確かに」
刑事には目の前の青年も十分掴みどころのない人間に見えたが、本人はそうは思っていないらしい。
「感情が見えないんです」
「え?」
その言葉で刑事は、いつぞやの教授との会話を思い出した。
自分の部屋で人が殺されているのに、全く何事もなかったかの様に話す教授。
もっといえば、疑われても疑われなくてもどちらでも構わないというような発言。
正に感情が読み取れなかったが、この青年をもってしても同じなのか?
「まぁ、しかし、全く感情がないと言うのとは違う様な気もするんですよね」
大悟は顎を右手で少し摘まむ様な仕草をしながらそう言った。
「というと?」
「普通の人の喜怒哀楽とは違う感性ではあるもののちゃんと感情はある」
「普通と違うってのはどう違うんだい?」
「そこまではわかりません。が……時折、怒りや喜びの様な感情の揺らぎを見せる事があるんです」
「本当に?」
「ええ」
教授の能面の様な顔しか見ていない刑事には彼が怒ったり笑ったりするところが想像出来なかった。
「はは、勿論声を上げて笑ったり怒ったりはしませんよ、かなり親しくなった人間でも気がつくかどうかわからないレベルの話ですから」
「親しくなってもわからない?それって感情と言えるのかい?」
「ですから感情の……揺らぎです」
「……なるほどね」
なるほどとは言ったものの、刑事には朧気にしか理解出来なかった。
「でも、感情があるなら怒りで人を殺す事もあり得る訳だ」
「まぁ、あるでしょうね」
「おや、否定しないんですね?同じゼミ生の中岡君は教授を庇ってましたよ」
「ちょっと、やめてくださいよ。僕が冷たい人間みたいじゃないですか?」
そう言った大悟の瞳の奥に何かが光った様な気がした。
「そういえば」
刑事はずっと引っかかっている事が何か気がついた。
「彼女が居るのが不思議と言ってた様ですが」
「ええ、言いました」
「教授は女性関係が激しいんじゃないんでしたっけ?」
「確かにそう言う噂があるらしいですね」
「違うんですか?」
「私も教授の事を全て知っている訳ではありませんが……」
「まぁ、そうでしょうけど、君ならわかるのでは?」
「そりゃ随分と買い被られましたね」
大悟はそういうと少し肩を竦めてみせた。
「でもまぁ、研究の為に大学に寝泊まりする様な人で髪型や服装にもあまり気をつけてない所を見ると教授をよく知らなくても彼女が居ないのは明白だと思えるんですけどねぇ」
髪型や服装の事は人の事を言えない気もするのだが……。
「確かに彼女が居そうな出で立ちとは言い難いですし、あの性格では恋愛上手とは言い難い」
「まぁ、性格はミステリアスと言うことで惹かれる女性がいるかも知れませんが……間違ってもジゴロではないでしょう?」
ジゴロなんて言葉をよく知ってるなぁと思いながら刑事は頷いた。
「じゃああの噂は?」
「デマでしょう」
だとすると誰がなんの為に流したのかが気になる。
.......ゴホン。
刑事は深く頷いた後にひとつ咳払いをした。
ゴホン
「なんでしょう?」
まだ何も言ってない刑事はキョトンとした顔で大悟を見た。
「何か聞きにくい事を聞く様な気がしたので……気の所為でしたか?」
「いや、聞きにくいという訳ではないんだが、念の為事件の日の夜9時頃何処に居たのかだけ聞いて置こうと思ってね。いや……」
「わかってます。関係者には漏れなく聞いていることなんでしょう?」
刑事のセリフの途中から右手で制しながら大悟は淡々と言った。
「……そういうこと」
「彼女と一緒に居ました」
「彼女?!」
「え?意外ですか?」
「……いや」
「声が意外だと言ってますよ」
「そ……そう?」
刑事はそのままの感想を言おうかどうか迷った。
「いや、その……あんまり君も髪型や服装に拘らない様に見えたから少しだけ意外かな?と」
大悟はちょっと驚いた様な顔をした。
「え?……こだわりはありますよ?」
え?そうなんだ?
刑事は2回選択ミスをした事に気がついた。
「……オシャレ過ぎて、わからなかったよ。最近のおしゃれはすごい……進んでるねぇ」
そこまで、言ってこの手のお世辞が通じない相手だと言う事に気がついた。
「……冗談です。時間が無かったので適当な服できました」
刑事は一杯食わされた。
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