🍼異世界転生したベイビーが、お世話されるのが嫌すぎて秒で自立した結果。
ゆきだるま
生後0日目
「は〜い、まんまですよ〜、クナイちゃ〜ん、ほぉら、おっぱいですよ〜」
俺の眼前にはマホガニーのような茶色をした巨大な突起物、つまるところチクビがあった。
そいつは普通のチクビとは違い、俺の口に入るか入らないかというギリギリという圧倒的メガサイズ。
それがまるで阿修羅のような覇気を伴いながら、ゆっくりと俺の眼前に迫る。
はっきり言って地獄である。
……さて、どうして俺が今眼前を巨大(マッキーの太い方くらいある)乳首に責め立てられ、無抵抗に苦しまなければならなくなったのか?
その理由を説明するには、少しばかり時を遡る必要がある。
🍼
『異世界転生』、それはクソったれな今の自分に終止符を打ち、前世の記憶を残したまま新しい世界にもう一度生まれ直すことである。
どうして俺が突然そんな話を始めたのかといえば、それは俺がその『異世界転生』ってやつをやらかしてしまったからに他ならない。
俺は今、地球の人間からは『異世界』と呼ばれるであろうところで暮らしている。
つまり、俺は一度死んでいる。
そんな異世界での暮らしで感じたことや思ったこと、……まぁ半分以上愚痴になってしまうとは思うがまぁとりあえず聞いて欲しい。
怠惰で流されやすい性格が巻き起こした失敗。それによって生まれた教訓やら苦悩、そして自分の足で前へと進んでいくことの喜びってやつを、お前らに聞いて欲しくなったんだ。
……どうやら俺は、自分で思っている以上に寂しがり屋らしい。
礼にくれてやれるものがあるほどの甲斐性なんてないつまらない男の話だが、暇つぶし程度に聞いてくれ。
🍼
俺は"伊代 九内"、小さな頃からダメ人間で、かつて人並くらいには持っていた夢も、思春期に差し掛かるころには捻くれると共に失われ、只々怠惰に生きてきた。
高校を中退し、同じように中退したニートでアホな仲間達と共に、特に何か意義のあることをするでも無く、居酒屋やパチスロをローテーションして25歳まで過ごした。
そのくせ親に小言を言われても気にしないってほど図太い神経も持ち合わせてはおらず、湧き上がる自己嫌悪を無理やり押し殺しながら、
『誰が何を言おうと、俺は毎日楽しーんだ』
ってな感じに、無理やり喚き散らすような毎日を送っていた。
けれど別に俺は、こんな人生いつ終わったって構わねぇ、別にいつ死んじゃったっていい、なんて思っていた訳じゃねぇ。
いつか俺にも生きる目的、ってものが出来るはずだ。
ガチで好きな女が出来たりなんかして、そいつとガチでいい家庭作って〜なんて、そういうのに憧れたりはしていた。
それに怠惰な俺ではあるが、そんなダメな俺と毎日飽きもせずにツルんでくれるバカなヤロー共と、笑いながら過ごす毎日は控えめに言って、
……宝物だった。
🍼
オールナイトで遊んだあとの午前5時。
空は薄っすらと紫なのかオレンジなのかわからない色が入り混じっていて、その普通なら相反する二色が優しく融合したその色は、なにやら緩やかな感情を与えてくれる。
そんな優しさの中俺は自分が寝ぼけ眼なことも自覚せず車を飛ばす。
俺はこの、車がほとんど居ない自由な道路と一日の始まりを予感させる優しい空の色がミックスすることにより生まれる温もりが好きだ。
きついカーブの連続する峠道で、俺の前を走るのはダチのトシオが操るシルバーのトヨタ・チェイサー。仲間内で一番運転の上手いトシオは、高いスピードを維持しながらも危なげなく、器用に車を曲げていく。
カーブを曲がるたび、まるでテールランプが残像を残すように、カーブの奥に吸い込まれていく。そしてその度に、そいつは視界から遠ざかっていく。
『今日こそ勝つ!』
別に勝負をしているわけでもなく、俺達はただ家に帰っているだけなのだがどうにも執拗に追いすがろうとしてしまう。
チェイサーは確かに速いが俺の乗る“日産シルビア”は車体が軽く、こういったカーブばかりの峠道ではこちらの車の方が有利だ。
だからこいつに置き去りにされるということは俺の方が圧倒的に運転が下手だと言うことになる。
そして、運転の上手さというのは俺の中では大切で、速く、派手に、安全に車を転がすというのは俺の中の“かっこいい男”を構成する重要なファクターである。
つまり、運転の下手くそさを自覚するということは、俺が欲しい物を、見たかった世界を遠ざけてしまうことに等しい。
トシオよりも遅い、俺は車でナンバーワンじゃない。
そんなことでは何をやっても1番にはなれない。
そんなありもしない幻想の焦燥感に押し出されるように、アクセルを踏む右足に力を込める。
「……あっ」
と思った時にはもう遅かった。少しだけで湾曲した長い直線のあとのきつい右コーナー。いつもならブレーキを踏む地点をアクセルを床まで踏み込んだ状態で通過してしまう。急いでブレーキを踏むが減速がまるで足りず、更には踏みすぎたブレーキのせいで車の挙動が乱れ、車体の向きをカーブに合わせて変える事もできない。
テンパった俺は思い切りハンドルを切ると車はくるりと回転し、タイヤを滑らせながら後ろ向きに進み始めたところで腰に強い、ドンッ! という衝撃を感じる。
真上に見えるのは俺の車が突き破ったであろうガードレール。
何が起こったのかを瞬時に理解した俺は、そこで意識を失った。
そして、目が覚めたら病院のベットで可愛らしい少女に心配されているなんていうドラマチックな展開もなく、それはそれは呆気なく、俺は死んだ。
誰にも酷いことをされず、運が悪かったわけでもなく、ただひたすらに自分の愚かさ故に命を落とした。
だから俺はひどく落ち込んだ。
ひどく無防備で、ひどく浅はかな自分に落ち込んだ。
そして俺は気づいた。
命を落とした後にも関わらず落ち込むなどという生物にのみ許された思考活動をしている自分に。
最初はわけがわからなかった。
冷静に考えてみる。
肉体的感触は一切ない。
視覚も聴覚もない。
つまり、
俺達の意識ってやつは、どうやら脳の中だけにあるわけではないらしいってことだ。
正直、……とてつもなく安心した。
ずっと怖かった。
自分の存在が消えちまうってことが。
何もなさないままに、何者かになるチャンスを失ってしまうことが。
そしてそんな意識体のみになった俺は、意識に直接語り掛けてくる声を聞いた。
それはなんかよくわかんねージジイの声で、何やら長々と話し始めた。
まとめると、
一つ、俺はこれから生まれ変わるんだってこと。
一つ、普通は生まれ変わるとこれまでの記憶は全部消えるんだってこと。
正直俺はもう一度凹んじまったよ。
記憶が消えやがるんだ。
いや、わかる、それが仕方ねぇんだってことは、理屈ではわかっている。
前世の記憶持った奴がポコポコ生まれりゃ、世界は大混乱だ。誰も命を大事にしなくなるだろうし、トラウマレベルのヤなことを永遠に背負って生きることにもなる。
けど、俺は寂しかった。
こんなクソみてぇな人生でもあった、
忘れられない想い出みてーなものが。
恋をしたこと、先輩にシバかれそうになって友達が家に匿ってくれたこと、そういうのって、俺にとっちゃぁ人生の全てと言っていいほどの、宝物だったから。
そーいうのが全部消えちゃうなんて、そりゃ、メチャクチャ嫌じゃねぇか。
だから俺はすがっちまった。
一つ、しかし、一度きりであれば、なおかつ以前住んでいたところとは別の時空に存在する世界であれば、前世の記憶を保持したまま転生することが出来る。
消えない、記憶が、嬉しかったことも、辛かったことも、なくならない。
俺の過ごしてきた時間や、俺の今まで感じてきた、ロマンチックな恋心だとか、暖かな友情だとか、そーいったものがなかったことにならない。
俺の胸の中に、残し続ける事ができる。
ならば、それを選ばない理由などなかった。
俺は多分、この記憶を、この気持ちを抱えたまま、未だやることがある。
その時はそうとしか思えなかったのだ。
そして俺は、異世界転生した。
🍼次回、嬉しくないオッパイ🍼
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