調査
それから急いで『ミレオスの町』へと向かい、二日後の夕方。
二人は無事にギルドへと辿り着く。
不気味な事にやはり魔物には一度も出会さなかった。
「魔物に出会わなかったんですか? 六日間、一度も?」
「はい。さらに『マツイの村』には人の気配がしませんでした。『探索』魔法のスキルレベルはレベルマックスなんですけど」
「は、はい、確認出来ます」
ざわ、と騒つくギルド内。
初めて来た時より人は減っているが、そもそも『探索』魔法のスキルレベルがマックスな冒険者は少ない。
水晶を覗き込む受付嬢は今、冒険者証を通してオリバーのステータスを見ている。
装備込みのステータス数値しか見ていないので、基礎数値は分からない。
もし基礎数値を見ていたら、それはそれで驚かれる。
だが、魔法スキルレベルでさえオリバーの冒険者ランクは不釣あいだ。
しかし数日間、その冒険者ランクのカラー上げをこの町のギルドで行っていたので、そこは突っ込まれない。
そもそも冒険者になってオリバーも日が浅いのだ。
ここのギルドマスターも、オリバーのランクは「数値はAランククラスだが、実績から言えばこのくらいが妥当だろう」と口端を引きつらせながら言っていた。
「確かにこの『探索』魔法のスキルレベルなら……その報告の信憑性は……高いですね……」
「『マツイの村』はこの町と『マグゲルの町』の中間ですので、この事は『マグゲルの町』にも報告しておいた方がいいと思うんですが」
「あ、そ、そうですね! それに、村一つの様子がおかしいのなら異常事態の可能性も高いですし……マスター! ギルドマスター!」
やはりそうなったか、とオリバーは受付嬢が声をかけた奥を見る。
そこから出て来たのは……お婆さんだ。
杖をついて、よろよろしながらカウンターに近づく。
出来れば彼女の手を煩わせたくはなかった……なぜなら。
「あ?」
「あのですねー! 『マツイの村』がですねー! 人の反応がないんだそうですよーーー!」
「…………。あ?」
「マーツーイーのーむーらーが! 住民のー! 反応がー! なあーーーいーー!」
「あ?」
「「「…………」」」
耳が、遠いからだ。
ギルド内からあからさまな落胆の空気が流れる。
「キィー! エードさーん!」
「はいよー」
で、結局副ギルドマスターのエードが出てくるのだ。
実質彼が今の『ミレオスの町』のギルドマスターなのだが、母である現ギルドマスターが「死ぬまで現役」を貫いているためこの状態なのである。
オリバーもギルドマスターの息子であるため、この状況の事情が分からなくもない。
判断の難しいところだ。
「事情は聞いていた。『マツイの村』の住人の気配がしなかったとか」
「はい。以前Aランクの魔物の調査をしていたのを思い出して、場所と方向は異なりますが万が一を考えてこちらに報告をと」
「ふむ……君のスキルレベルを見る限り報告の信憑性は高いと俺も思う。すぐに調査隊の編成をして調べよう」
「ありがとうございます。その際、同行しても構わないでしょうか? 俺の目的地は『マグゲルの町』なので……案内だけして、あとは調査隊にお任せしたいと思うんですが……」
『ミレオスの町』の冒険者としてもよそ者にいつまでもうろつかれるのは嫌だろう。
案内はするから、手柄はそちらに譲る。
訳すとそういう意味だ。
エードはオリバーをじっと笑顔で見つめる。
だがオリバーにとっては本当にその村は通過点。
実績は欲しいが、村の異常を突き止める事に関してあまり興味がない。
あの場所にはもう人の気配がしなかった。
最悪、すでに壊滅している。
(自分でも意外だったけど、困っている人がいないなら無人化した村に興味がないんだよね……)
困っている誰かがいるなら救いたい。
しかし今回はその『困っている人』の気配がゼロなのだ。
原因究明をしたいという気持ちが起こらないのは、きっとその『1』と『0』の差だろう。
「構わないが……それはこちらの調査依頼にも協力してくれるという事だよね?」
「!」
「調査依頼達成報告は『マグゲルの町』でも出来るし、いいよね?」
「……俺はCランクなんですが……?」
「ではこの依頼を達成出来たらBランクに昇格とする。『マグゲルの町』のギルドマスターに話は通しておこう。どうだ?」
「…………」
思わず睨み上げてしまった。
仮面でどの程度ごまかせたかは分からない。
(厄介だな。というか……次期ギルドマスターとはいえ、それはどうなんだろう。確かにランクやカラー上げの時の試練として、ギルドマスターの依頼は方法の一つ。でも、この依頼は明らかにBランクのものだ。他の町から来た冒険者相手だからって結構な無茶振り……)
無論実績として考えるなら申し分ない。
調査の協力ならば戦闘は含まれないだろう。
それに、楽観的に捉えて前回同様の肩透かしを食らう事もある。
そうなれば楽にBランクに昇格出来るが……。
「はあ……分かりました」
「……お、おい、俺は……」
「スゴウさん、ここでお別れしましょう。俺は調査隊と『マグゲルの町』に行きますので」
「っ……俺も行く!」
「すまないが、これはBランクの依頼だ。彼は昇格試験も兼ねているから別だがね。君は? 見たところCランクブロンズのようだが」
「っ」
とても申し訳がないが、エードの言う通りこの依頼はBランクの冒険者が受ける依頼。
オリバーには難易度が高いが、昇格試験ならば程よいとも言える。
無論、万が一の時使い捨てにちょうどいい、と顔に書いてあるのだか。
「ここまで連れてきてもらっただけで感謝しています。どうか『アルゲの町』をよろしくお願いします。俺が次にあの町に行く時、今よりもきっと栄えていると思いますから」
人が集まるという事は、それだけトラブルも増えるという事。
宿屋で接客を、この町で短い期間でも冒険者をしていたならきっとこの言葉の意味を分かってくれるだろう。
そういう意味を込めて微笑む。
ハッとした、スゴウの表情。
それから少しだけ辛そうにして「分かった」と呟いた。
「すまない。力になれなかった」
「そんな事はありませんよ」
「……次に町に来てくれるのを楽しみにしてる。……泊まる時は、うちの宿に来いよ」
「はい、もちろん」
握手をして、スゴウとはパーティーを解消。
その日はギルドの宿に泊まり、翌朝、ギルドが用意したBランク冒険者のパーティーに入れてもらい町を発った。
『ミレオスの町』のギルドが用意した冒険者は十人。
調査としては妥当だろう。
全員が『探索』魔法、スキルレベル4以上となかなかだ。
パーティーのバランスも上々。
前衛が五人、中衛が二人、後衛が三人。オリバーを含めてれば四人だ。
てっきりボコボコに罵ってくるようなタイプの冒険者ばかりなのかと思えば、皆比較的話しやすい。
リーダーのズロンスはBランクシルバー。
この中では一番カラーが上だった。
「……本当に全然魔物が出ないな」
「はい」
そして三日後。
『ミレオスの町』からここに来るまで、一匹も魔物と遭遇しなかった。
これには調査メンバー全員が顔をしかめる。
当然だろう、小物の魔物さえ出なかったのだ。
こんな事は異常としか言いようがない。
「この辺りで掃討作戦があったとかではないんですよね?」
「ない。あったとしても、ここまで魔物が出ないのはおかしい。お前たちが町から出て戻ってくる約六日間、俺たちがここにたどり着くまでの三日間……ほぼ十日、この街道に魔物が現れていないって事になるだろう? そんなバカな事あるか?」
「「「…………」」」
調査メンバーがいよいよ顔を険しくしていく。
そうだ、ありえない。
魔物が闊歩するこの世界で、魔物が一切現れないなんで異常以外のなんでもないのだ。
「以前湿地帯に現れたというAランクの魔物は結局見つかったんですか?」
「……いや、結局発見出来なかった。……坊主の予想通り、あの村に逃げ込んでたとなると……」
「今回もやはり村から人を感知出来ないのか?」
副リーダーのジョスが話しかけてくる。
『探索』は寝ている時以外常用していた。
今も使っている状態だ。
レベルマックス……『探索』魔法はスキルレベルがカウンターストップしたため、オリバーの『探索』範囲は今や一キロにも及ぶ。
新たに覚えた『探索』魔法の進化系『探知』も併用しているが、やはり『マツイの村』から人の気配はしない。
ただ、新たに覚えたこの『探知』には複数の反応を感知した。
「はい。人の気配は……。でも、新しく覚えた魔法『探知』には別な反応を捉えました」
「うわ、コイツ『探索』の上位魔法スキル会得してる。なあ、お前これが終わったらうちのパーティーに入らないか?」
「お断りします」
「茶化すな。……で、その反応ってのは……」
「アンデット系の魔物……『
「っ!」
「! マジかよ……」
『リッチ』……前世ゲームなどでは定番モンスターの一種だろう。
ゾンビやミイラなどのアンデット系の中では上位種に位置する。
一般的に高い魔力を持った魔法使いが死後、アンデットと化した魔物と言われているが、実際は魔法使いが死んだあとゴースト系の魔物が乗り移り融合して進化したものだ。
(リッチは基本Bランクオレンジ。……とはいえ素体になった魔法使いの総合レベルによっては、Aランククラスの強さになる。反応は一体だけだけど……)
目を閉じて、集中する。
覚えたての『探知』の精度はせいぜい五メートル。
ここから村までの距離は数十メートルだ。
リッチの反応が大きくてここからでも探知可能だっただけで、村に入ればより正確な位置も掴めるはず。
「ここからの『探知』では村の中まで詳しくは……」
「リッチは間違いないのか?」
「はい。反応が大きい。……大きい分、明確な位置まで分かりません……多分村の中心部だと思います。ここから半径五メートル以内に隠れた魔物の反応はないです」
「ふむ……」
「すげぇ……『探知』すげぇ……」
「あの若さで使えるのもすげぇ……」
「うちのパーティーに欲しい……」
等々、聞こえてくる言葉は無視。
ズロンスが腕を組んで考え込む。
その結果──……。
「村の中まで進むぞ。坊主、リッチを探知したら一を教えてくれ」
「分かりました。『探知』と『鑑定』『分析』を併用してリッチのステータスを調べてみます」
「え、待って、そんな事出来るの……?」
「出来るか分かりませんけどやれそうな気がするのでやってみます」
「え、本当にすごい……よろしくお願いします……」
数秒前までキリリとしていたズロンスが、フニャ抜けてしまうほどに破格の『魔法同時使用』スキル。
複合して使うのはもう少し同時使用に慣れてからでないと難しい。
(……多分これだろうな……。称号【努力家++】……)
この++……タップするとそれぞれ[魔法同時使用][魔法複合使用]が表示される。
つまりこのプラスとは、称号付随スキルなのだ。
努力家の称号自体は努力すれば誰でも得られる。
無論並みの努力ではなく、本当に努力した者のみ会得出来る。
こうして形になって現れてくれたのはとても喜ばしい。
(問題は【世界一の美少年+++】のプラスだよ……)
げっそりと、確認した【世界一の美少年+++】のプラスの中身を思い返す。
+[カリスマ]効果:
+[威圧]開放条件未達成。
+[聖霊の寵愛]効果:聖魔法威力アップ。
(カリスマヤッバイ……)
見た時は頭を抱えた。
他の二つはいい。
威圧に関しては今後覚えれるようだし、それは戦闘でも使えそうだ。
だが、[カリスマ]だけは本当にヤバい。
なにがヤバイって、付随スキルの効果が全部ヤバい。
中でも最終進化系[求心力]は信奉者を集める効果がある。
確かに人を導く立場であるギルドマスターに、ある程度の指導力は必要だろう。
だが求心力は違う。なにかが絶対に違う。それじゃない。
出来れば永遠に条件を満たしたくないスキルである。
まさか欲しくないスキルが存在するとは、夢にも思わなかった。
おっさん神よ、これはやりすぎだ。
(いや、今は調査に集中しよう)
首を振って考えを切り替える。
そう、今は考えない。
考えても仕方ない。
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