VSサラマンダー【後編】


「まずいな」


 レッドカラーは人間を見ると積極的に襲いかかる好戦的な『危険生物』。

 特に爬虫類っぽいのは逃げても執拗に追いかけてくる。

 つまり、オリバーたちはこのまま町に逃げ帰るという事は出来ないのだ。

 ついてこられる可能性が極めて高い。

 いや、それ以前に──。


「オリバー! いけるか!!」

「やってみせます!」


 あの『吐火炎』はまずい。

 通常よりも大きなサラマンダー。

 それはこの土地と相性がからだろう。

 オリバーはサラマンダーと戦うのが初めてだが、あれがこの場所と馴染んで巨大化しているのは分かる。

 ロイドとサリーザを背中にし、剣を突き出す。


「ウォール・バリア!」


 これだけでは足りない。

 同じ魔法を、重ねがけする。


(もっと……もっと壁を強くしないと……! あれはヤバい!)


 周辺の気温まで変化して、蒸し暑い。

 圧倒的なまでの熱。


「ごおおおおおおおおおおあ!」


 サラマンダーの『吐火炎』がつい放たれる。

 それなりに離れた場所に逃れたが、炎は広範囲に広がりオリバーたちのいる場所まで瞬く間に襲いかかってきた。

 だが、オリバーが重ねがけしたバリアのおかげで炎は届かない。

 安堵しかけた、その時。


「っ!」

「オリバー!」

「すみません、仮面が……熱で、熱くて……!」

「分かった、外す!」

「えっ」

「え? えええっ!」

「うそ!」


 バリアでも熱までは完全に防げない。

 仮面が熱くなり慌てて外す。

 しかしそれだけではなく、オリバーの剣が溶け始める。

 先端が間違いなく歪んで丸みを帯び始めた。

 呼吸もしづらく、酸素が一気に奪われたのを感じる。

 地面が溶け、赤くジクジクと煮えたぎるような光景……マグマだ。

 これは、ヤバすぎる。


「ちょぉっ! 嘘だろ! 魔法も物理もそもそも近づくのも無理とか、こんなのもうAランクレベルじゃねぇかあのサラマンダー!」

「応援……は、間に合わないわよね……」

「この場で、俺たちでなんとかするしか、ありませんよね……」

「どおやってえぇ! オリバー! そんな事言うって事はなにか策でもあんのかよ!」

「…………」

「黙んのおおぉ!?」

「いや、あの、あるにはあるんですけど……時間がいるんですよね……」


 ずしん、と前方から煮えたぎるマグマの上を歩き始めるサラマンダーの姿。

 サーっと血の気が引くオリバーたち。

 あそこを、歩く。

 赤く光った目は、オリバーたちを完全にロックオン……標的と定めていた。


「……やるしかないわね。オリバー、その策を教えて」

「……環境を逆手に取ります」

「環境を逆手に取る?」

「炎は酸素を燃やすんです。感じて分かる通り、この辺り一帯空気が薄くなりましたよね?」

「言われてみると息苦しいような?」

「なので、あいつを『結界』の中に閉じ込めます。空気を使い果たせば、炎はおろかあいつ自身が酸欠で死にます」

「「!」」


 結界は『聖属性』……聖霊が用いる魔法にもっとも近い属性の魔法と言われている。

 当然、どれほど魔法の才能があり、鍛錬を積んだ者であっても安易に扱える魔法ではないのだ。

『聖属性』魔法は基本的に『結界』というバリアよりも強固な『壁』を作ったり、瘴気浄化くらいしか出来ないが、その特別さから聖霊信仰では神聖なものだと言われている。

 無論、それしか出来ない事から聖霊信仰に否定的な現政権は『聖属性』にも否定的。

 バカにすらしている。

 だが、今はまさにその使い所というやつだろう。


「お前、聖属性魔法使えるのか!?」

「実は使った事はないんです」

「「え!」」

「でも、聖属性魔法は聖霊を信仰していればみんな使えるんだそうですよ」

「「マジで!?」」

「……だから、俺は聖霊を信じます。祖父や母が信じているから……。保証は出来ないのが申し訳ないですが、他に方法も……」

「「……」」


 ──ない。

 二人の表情は真剣だ。

 理解している、この状況を……他に考えは、ない。


「分かった、俺も聖霊様を信じるぜ」

「あら、私は元々信じてるわよ?」

「ありがとうございます」


 祖父曰く、『聖霊を信仰する者に与えられる』らしい。

 そもそもあまり使う機会もないので、いつしか使い方も忘れ去られた……そうだ。


「聖霊を信じるならお二人にも使えると思いますが、今はその使い方を説明している時間がありませんので……そのー、厳しいと思うのですが、時間稼ぎをお願いしてもいいでしょうか!」

「ちっ、簡単に言いやがる……。まあ、やるけどよ!」

「ええ、選択肢はないしね! それで、どのくらい待てばいいの!」

「三十秒!」

「「了解!」」


 マグマが跳ねる。

 一歩下がり、目を閉じて集中した。


(!)


 使った事はないが、使い方は祖父に聞いた事があった。

 しかし、どうやら使えそうである。

 聖属性魔法の難しいところは、魔力を一度全属性に変換して複合するところ。

 それを集めて、あのサイズのサラマンダーが入る大きさの『箱』を生成するイメージ。

 サラマンダーは全長五メートルクラス。

 そして、完全な密封状態にする。


(もっと大きく。もっと強く。もっと完全に、外と切り離せるように……)


 白い箱が頭の中で仕上がっていく。

 それに伴い、魔力以外のなにかを吸われていくような感覚を覚えた。

 生命力などではなく、精神力のようなものを。


「ロイドさん、サリーザさん! ……!?」


 叫ぶと、二人はサリーザの長い杖に跨って空を飛んでいた。

 突っ込みたい気持ちをグッと堪えて、サラマンダーを見る。

 二人を追いかけて、首を擡げているところだ。

 再び『吐火炎』を使うつもりだろう。

 絶対に使わせるわけにはいかない!


「──……」


 そして、また不可思議な感覚。

 言葉が生まれる。


「クォレドゥーレン・ファレス!」

「!?」


 サラマンダーを白い箱が包み込む。

 一切の隙間ない箱の出現に、サラマンダーは一瞬驚いたように目を開いた。

 異常を感じているようだが、炎で燃やせばいいとでも思ったのだろう。

 ついに、その溜め込んでいた炎を吐き出した。


「────!!!」

「うわ!」

「す、すごい……」


 オリバー自身も信じられないものを見た気がする。

 箱に炎が充満し、サラマンダーは見えなくなった。

 空からサリーザたちがオリバーの横に降りてくる。

 成り行きを見守ると……サラマンダーは……生きていた。


「マジか……! 化物め!」

「待って! 様子がおかしいわ」


 ごふ、ごふ、と炎を吐き続けている。

 また溜め込もうと首を上げ、喉を赤くしてから吐き出した。

 繰り返し、繰り返し、ガス欠のように小さな炎しか出せなくなるとサラマンダーの体がジクジクとマグマが溢れるように燃え始める。


「……なんだ、ありゃ……」

「自分の許容温度を超えたんだわ……」

「はい……」


 ついには炎も吐き出せなくなった。

 酸素が尽きたのだ。

 熱だけが篭り、高まり、炎が消え、サラマンダーは燃えるのではなく溶けて、息絶えた。


「……素材が取れなかったのは残念。……かしら?」

「いやいや……」

「け、結界を解除します」


 手のひらをすっと向けると、白い箱は消えた。

 まさに『結界』……。


「ものすげーな……バカにしてた奴もいたけど、『ハイ・バリア』でもぶっ壊されてたぜ、あれ」

「ええ……これが聖霊の力にもっとも近いといわれる聖属性魔法なのね……」

「…………」

「オリバー? どうした? 大丈夫か?」


 頭を抱えて、しゃがみ込む。

 これは、なかなかにきつい。


「大丈夫、です。まだやらなきゃいけない事があるし……それに、ちゃんと使えた事にホッとしました……」

「あ、ああ、そういやぶっつけ本番なんだっけ?」

「ふふふ、オリバーなら出来て当然よぉ。日頃の行いがいいんだもの」


 ロイドが唇を尖らせる。

 サリーザがオリバーを褒めるので拗ねているのだ。

 手のひらを地面に当てて、集中する……しようとする。

 だがダメだ。

 注意力散漫……集中力がまるで続かない。

 こんな事は初めてで、オリバーは戸惑う。


「なんだろう、集中出来ない……」

「聖属性魔法の弊害か?」

「そうかもしれません……。この辺りを『探索分析』したかったんですけど……」

「マジックポーション飲むか?」

「いただきます」


 魔力も底を尽きかけていたので助かる。

 こくこく、と飲み干すと、半分ほどが回復した。


「……あれ?」

「どうした?」

「総合レベルが上がりました」

「マジか。……お? 俺も上がった」

「え? ……あ、私も。やっぱりサラマンダーはかなりいい経験値になるのね。……けどまあ、こんなもの、って感じ」

「だな」

「…………」


【オリバー・ルークトーズ】

 総合レベル:313

 物理攻撃レベル:39

 物理防御力レベル:32

 魔法レベル:61

 魔法防御力レベル:52

 俊敏レベル:29

 総合運レベル:100


(破格……だな)


 魔力レベルなどもう国お抱えの魔法使いレベルだ。

 無論、やはりシュウヤの足元にも及ばないが。


「オリバー? ステータスなんか変なのか?」

「あ、いえ、まさかこんなに上がると思わなくて」

「確かにな……俺もステータス上がったの五年ぶりだ」

「私もそのくらい。これなら一気にAランク冒険者の試験まで受けられるんじゃない?」

「おお! いわれてみれば!」

「……ランク試験!」


 そういえば忘れていた。

 二人はすでにBランクシルバー。

 実績も実勢経験も豊富なので、サリーザの言う通り試験を受ければ二人は一気にAランクにまで上がれるかもしれない。

 オリバーは依頼量不足だが、実戦経験はここに来るまでにそれなりに積んだ。

 Cランクブロンズから、Cランクゴールドぐらいまでなら上げられるだろう。


「お前どうせ厄呪魔具の件で『ミレオスの町』行くんだろう? その時にランク上げ試験も申請するといい」

「そうですね、シルバーくらいには、なっておきたいかも……」


 そうすれば受けられる依頼の幅も広がる。

 なんとなく『ミレオスの町』のイメージが悪いので、ゴールドに上げるのは次の町でいいと思う。


「『ミレオスの町』でランク上げやるなら一緒に受けようぜ」

「ランク違いますよね?」

「内容は違うだろうが、試験の申請は一緒に出来るだろう?」

「……そうですね」


 まったく面倒見のいい男である。

 オリバーがその心遣いに微笑むと、一瞬ほわ、と微笑まれ、その後ハッとしたように顔を振るう。

 それから咳き込んで、「えーと、なんかやるんだっけ?」と促す。


「? あ、そうだ……『探索分析』をします」

「さっきも言っていたけど、それはなに?」

「新しく作った魔法です」

「「え? は? あ、新しく?」」

「はい、覚えている魔法を同時発動させ、組み合わせて複合魔法として作成出来ないか試してみたんです。なんか出来るみたいで……」

「「…………」」


 二人の顔。

 それを見ればオリバーの言い出した事がいかに常識外れなのかは、一目瞭然。

 しかし、やって出来ない事はないはずなのだ。

『聖霊石』から学ぶ魔法は鍛錬すれば進化する。

 一度学べば使いたいと思った魔法の詠唱が自然に浮かぶ。

 そして、詠唱は実は省略出来る。


(まあ、なにを使ったか仲間に分かるように魔法名は叫ぶ方がいいと学んだけれど……その浮かぶ詠唱を頭の中でかけ合わせて、上手く構築すれば……)


 手のひらをまだ熱い大地に近づけた。

『探索』『分析』を同時に使う事で、オリバーの予想は立証される。


(やっぱり……。よし、これなら──!)


 立ち上がると、ロイドたちがまだジクジクする地面の方へと歩いていく。

 え、っと案じたがどうやらサリーザが地面を水で冷やしていて平気らしい。

 どうしたのだろうと近づくと、二人は地面からなにかを拾うと満面の笑顔になってオリバーに手を振った。


「やったぞ、オリバー! やっぱり『聖霊石』だ!」

「え!」

「サラマンダーの起こしたマグマから生まれたみたい! これはアレよ!」

「まさか!」

「「そう!」」


 アレ。そう、アレである。

 オリバーも噂でしか聞いた事のない、『聖霊石』を見つけた者の特権。


「早く早く!」

「よし、いっせーの、で! な!」

「えええぇ、お、俺もいいんですか!?」

「当たり前じゃない! 三人で倒したんだもの! 素材が取れなくてがっかりしたけど、『聖霊石』が採れたなら十分すぎるくらいよね!」

「わぁ、俺初めてです!」


 ワクワクしながら三人で採れたての『聖霊石』に触れる。

 頭の中に──新たな魔法の言葉が浮かんだ。


「……すごいわ、私、攻撃魔法」

「俺は身体強化魔法だった」

「俺は炎系のサポート魔法みたいです。……間違いなく三つ、ですか……」

「ええ、核が三つあるしね。Aランクの『聖霊石』……銀貨五枚枚は貰えるわよ!」

「よっしゃあ!」


 そう、『聖霊石』から与えられる恩恵……魔法の習得である。

『聖霊石』は国が管理するため、見つけたら国に提出しなければならない。

 希少と判断されれば金銭などで買い取りもされるが、冒険者などは発見したら提出前にこっそりと『聖霊石』から魔法を習得するのが『特権』として一般的。

 もちろん、国は認めていない。

 しかし、黙認はされている。

 いわゆるグレーな事、であった。

 言わねばバレない、というやつだ。

 そして『聖霊石』にもランクがある。

 石の中央にある色の濃い丸い核が一つならば一般的な『Cランク』の『聖霊石』。魔法は一つ。生活魔法が主だ。

 核が二つ。『Bランク』の『聖霊石』。魔法は二種類覚えられる。主に生活魔法やサポート系、治癒系、身体強化魔法。

 そして今回のような核が三つある『聖霊石』は、『Aランク』。身体強化魔法や、攻撃魔法、サポート系、治癒系に至るまで触れてみなければどんな魔法か分からない。

 一つ言えるのは、どの魔法もレアである事。

 主に冒険者がお金を出して覚えたいと思う魔法ばかりである。

『Aランク』の『聖霊石』は確実に買い取りとなるので、発見した冒険者はこっそりと習得をするのだ。


「それにしてもオリバーが覚えた魔法……あなた意外とサポート系が向いているのね?」

「みたいですね……」

「どんなサポート魔法なんだ?」

「んー、体力回復と異常状態回復、身体強化を同時に行えるみたいです」

「「うわぁ……」」


 なぜかすごい顔で見下ろされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る