第17話
邑はクラスのリーダー格で信頼が厚い。カーストの頂点にいるのは間違いなく彼女だろう。邑の発言は一際大きな声で、浴びていた視線の強度が増した気がした。
当然、わざとである。暇を持て余すようにからかってくるところは悠雀に似ているところがあった。
「初日から席替えしたんだな」
邑の茶化しは捨て置き、祥介が聞く。邑は当然と言った顔で柚葉の前の席についた。柚葉の隣が祥介の席なので見事に三人が固まったようだった。内心でほっとする。この二人以外は上手くやっていける自信がない。
「ただでさえメンツ変わらないんだから、それくらいいいでしょ。本当はくじ引きじゃなくて好きな人同士でもいいんだけど」
「ダメなのか?」
そっちの方がみんな幸せになる気がするが。
「わかってないねぇ」
やれやれと邑はため息をついた代わりに柚葉が答えた。
「それって揉めやすいんだよ、水面下でね。特に女子は」
大方、綺麗になったブレザーを渡され祥介はお礼を言って受け取る。
確かに女子は複数のグループで固まっていることが多いのでそのあたりが理由だろうか。柚葉の声はここでは話しにくいというような小さいものだったので祥介は曖昧に頷いてみせた。
邑のいうことには一理ある。
清賴学園にクラス替えという制度はなく、中学、高校から六年間は同じメンバーで過ごすことが決まっているからだ。編入者の祥介は別だが、ここにいるクラスメイトたちはすでに四年一緒にいるわけで、席替えというリフレッシュは必要不可欠なのだろう。
とはいえ、いやだからこそ、三十人以上の人間がいる一つの部屋で、ちゃんとかみ合うこともあれば、擦れて火が出ることもあるのかもしれない。
人同士の摩擦は起こり得て当然。だからこそ面白いよね。
いつか前振りもなく悠雀が言っていたことを思い出した。一般的な人付き合いの百分の一に満たない祥介の人生では、その苦労や葛藤はなんとなくしか理解は出来なかった。
「しっかし、祥介はコミュ力ゼロよね。席わかんないならその辺の奴に聞けばいいのに立ち尽くしちゃってみっともない」
見てたなら助けろと内心で悪態をつくが、正論なので祥介は黙るしかなかった。
生まれて初めての学校には未だに慣れることができない。気軽に話しかけるというのが緊張して上手くいかないのである。
柚葉がすかさずフォローを入れてくれた。
「でも、こんな出来上がった場所に入ることになったら誰だって不安になるよ。緊張するのも当たり前。もっとこっちが歩み寄ってあげないと」
そう言ってくれるがそんなこんなでもう二年が経っている。こればっかりはもう自分の溶け込めなさに落ち込むしかなかった。
邑は悪い笑みで祥介と柚葉を交互に見てから言った。
「私は真澄さんから気に掛けてくれって頼まれてたクチだけど、柚はそれとは関係なしに祥介に話しかけにいったもんね。あんたがあんなに積極的だとは思わなかったよ」
「さ、最初は別にそういうんじゃなくて」
柚葉は誰が見ても明らかな顔で狼狽する。
「へー、最初は違ったんだぁ。え? じゃあ今は? 今はどう思ってるの?」
「もうっ、もうっ!」
顔を真っ赤にして柚葉はポカポカと邑を殴り始めた。
まるで邑は柚葉が祥介に気があるような言い方をするが、さすがにそれはないだろう。柚葉は誰にでも分け隔て無く優しさを与えられるタイプだ。ある意味、罪な女なのかもしれないがそこは勘違いする男子も悪い。
それがわからないほど祥介は自分の洞察力を過小評価していなかった。
そう思いながらぼんやりと二人のやりとりを見つめていると、邑と目が合った。邑は祥介をドン引きする目を向けてきた。さすがに不愉快だったので反抗する。
「なんだよ」
「いや、いま酷く的外れなこと考えてそうだなと思って」
「なんだそりゃ」
邑はまるで祥介の思考を読んだように顔を引き攣らせるとため息をついて柚葉の頭を撫で始めていた。
なんのことかさっぱりわからない。祥介はどうでもいいかと考えて、別の思考に耽ることにする。いま考えることと言えば、やはりあの彼女のことだろう。
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