第34話 やっぱり世界一可愛い
ジョスリンは艶やかに微笑んでウインクした。
「此処から警察は近いです。ジョスリンさん、乗ってください。警察に連絡しなくちゃ」
時は1922年。まだスマホのない時代。ホーム電話すら一般に普及していない時代だ。ラルポアは助手席に女マフィア・ジョスリンを乗せて警察に向かった。
「ラナンタータ。私はアルビノを初めて見たけど、可愛いわね」
「言われ慣れている。でも、白いだけ。ただの錯視だと思う」
「ふふ、可愛いわよ。キスしようか」
「お前も其処までか、カナンデラ。トップを目指せ。ミノタウロスの頭を取る英雄になれ」
「叔父さん。叔父さんが牛の頭を取る英雄だと思って、俺は尻尾を振って付いてきたんだ」
ギリシャ神話ミノス島の帰還不能の地下迷路に、ミノタウロスという人牛がいた。ミノタウロスは人身御供を捧げさせる。ひとりの英雄に知恵者アリアドネが赤い糸を使うように教え、英雄はミノタウロスを倒して赤い糸を伝って帰還できた。男女の運命を繋ぐ赤い糸の伝説は此の神話が元になっている。
アントローサのブースからラルポアとラナンタータが見えた。
「お父さん、カナンデラ……」
「おお、ラナンタータ。どうした。何故、マダム・ジョスリンと……」
ラナンタータはアントローサに駆け寄って小さな子供のように抱きついた。
「どうした、何があった」
ラナンタータの肩を抱くアントローサ警部に、ラルポアが説明した。
「マフィアの車に追われたんです。其処をジョスリンさんが助けてくださって」
「ヴァルラケラピスかと思った……」
ラナンタータの声が掠れる。緊張が解れた途端に怖さが襲ってくる。素直な十四才の顔になる。
何でアルビノに生まれたんだろう。二才の記憶は、見知らぬ女に抱き上げられて、ラルポアが見知らぬ男に蹴り飛ばされて、ラルポアと引き離されて驚いた途端に何処かに連れ去られる不安。泣き叫んだけれど、離してくれなかった。あの日から、アルビノは狙われるとわかった。見た目が人と違うだけなのに、色素が薄いだけなのに、何故、命を狙われなければならないのか……
「今回はヴァルラケラピスじゃないぜ、ラナンタータ。おいらがちょっとばかり働き過ぎちゃってさ」
カナンデラが明るく笑った。
「ちょっとばかり……何をしたの、カナンデラ」
父親の胴体を抱き締めたまま、ラナンタータはカナンデラを振り向く。ジョスリンが答えた。
「ふふ、グァルヴファイレスって言う組事務所に単身で殴り込みをね」
「ま、ま、皆さん、お掛けください」
カナンデラがソファーを勧める。ジョスリンとラルポアが三人掛けに座り、ラナンタータは父親と隣同士の一人用に腰掛けた。
「私の手下が犯人を見張っているの。早く逮捕に向かってほしいわ」
「俺が行く。何処だ」
「此処から教会に向かう直線道路。グァルヴファアレスの息子よ」
カナンデラはブースを離れてブルンチャスに言った。
「親父さん、手柄が向こうからやって来た。」
目が覚めた。
何だか古い記憶の欠片を準えた気分だ。
夢の中でビルが一つ吹っ飛んだ。
現実にあったことだ。
しかし、あれもこれも乗り越えてシャンタンの寝顔を眺めている。
二年前に、ジョスリンは殺人罪で刑務所行きになった。強姦未遂だったはずだが、相手のリーダー格の男の刑が短かったので刑務所を出て再びジョスリン相手に何かの問題を起こしたのか、ジョスリンは語らなかったが、最初に殺されたのは其のリーダー格の男と他に二人。
各々の男根を鄭切って二時間放置後、雪深い山の麓であの強姦未遂事件に関わったグァルヴファイレスのメンバー十八人を次々にガソリンで焼き殺した。
『男はね、落ちん子ぶら下げているから男って訳じゃないのよ。下らん使い方しかできんような奴には要らん代物さ。社会のゴミ屑が』
ジョスリンには情状酌量の余地はなく、笑って死刑判決を受けた。新聞に掃除屋ジョスリンと書き立てられたジョスリン事件は、カナンデラの胸に痛みを残した。
どうにか出来なかっただろうか……
一言でも相談してほしかった。
ラナンタータはショックを受けていたなぁ。
初めて憧れた女性だったみたいだからなぁ……
ラナンタータの乗るイスパノスイザを、ジョスリン組のフォードが二台毎日登下校時に警護した。止めるように言ってもジョスリンは聞かない。アントローサ警部はマフィアとの関係を囁かれたが、娘の警護に警察官を割くことはなかった。
いい女だったが、惚れられなくて良かった。
俺様、女は苦手。特に落ちん子鄭切って焼き殺すような恐ろしいタイプは……
「やっぱりシャンタンが世界一可愛い……」
耳元で囁いて直ぐに寝落ちした。微かな鼾が暫く続いて静かになる。シャンタンは目を開けて天井のあちらこちらを見た。
やっぱりってどういう意味.…
どういう時に使う言葉だっけ……
世界一可愛いとは聞き飽きているよ、カナンデラ。
でも、やっぱりって、誰かと比べてのやっぱりなの……
嫌だ、誰かいる訳……
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