第29話 襲撃
「ねぇ、カナンデラ。遅刻の理由はいいからさ、其の小箱を早く開けてみようよ」
「ラナンタータ、カナンデラは家に帰ってからこっそり楽しみたいんだよ」
「いやいや、いいさ、開けてみよう」
「爆弾じゃないよね」
「何を言うんだ、ラナンタータ。シャンタンが俺様を爆破するわけがないだろ」
「どかな」
リボンをほどきカサカサ音をたてて包装紙を外し小箱を開けた。銃弾が25発、弾頭を上に詰められている。取り出してみた。スミス&ウエッソンに充填する22LR彈が金色に鈍く光る。
「え、カナンデラ、これはどういう意味……」
「さあ、身を守れという意味かな。実際に襲撃されたじゃないか」
カナンデラは縛り上げた男たちのひとりの猿ぐつわを外した。
「お前ら、セラ・カポネの手下だな」
窓ガラスが割れた。天井に弾丸がめり込む。
ツェルシュは可笑しくなった。いつもは横柄なシャンタン会長が悩める顔つきで「あれで良かったのか」と訊いてくる。
「銃弾くらいなら愛嬌ですよ。代理人を立てて釈放されたのが雑魚だったなら、何が起きるかわからない状況です。警察は其処を狙っているかも」
「警察のことが何故わかるんだ」
「女がいますから」
「警察内部にか……恐れ入ったな。バカ女なのか……」
シャンタンは頭を振った。いけない妄想が過ったからだ。
「相当な喰わせ者です。此方を情報操作しようと企んでいるようですから」
「成る程。恐ろしい女だ。マフィアをコントロールだなんて」
「恐ろしいのは背後の者です。アントローサ警部か……もっと……いえ、確定できないのです」
ツェルシュの脳裏に婦人警官とは思えないセクシーな美女の裸体が浮かぶ。
『モーダルはまだ勾留されているわ。セラ・カポネは警察を襲撃しかねない勢いで怒りまくっているそうよ。あなたがモーダル逮捕に力を貸したのでしょう。押収したキャデラックが穴だらけだったわ』
ベッドで夜勤明けの彼女の髪の毛を撫でながら、ふと、何かが起きる予感がした。
「会長。セラ・カポネはあのアントローサ警部と取り引きする道具を欲しがるでしょうね。娘とか……」
「まさか。此処から目と鼻の先なのに」
「ええ、まさか此のガラシュリッヒ・シュロスの通りでドンパチするほど頭が悪いとは思いたくありませんが、念のために、あの程度の銃弾贈るくらいは……愛嬌ですよ。会長がスミス&ウエッソンをプレゼントしたのでしたら銃弾の補充も必要かと」
「プ、プレゼントって……」
奪われたとは言えない。カナンデラに取り上げられて、勝手に持ち帰られたのだ。
「しかし、スミス&ウエッソンは至近距離なら殺傷能力に問題ないですが、口径が小さいので、まあ、女子供でも使いやすいですよね。ザカリー探偵のようなハードボイルド系の男の持つ銃としては少し軟弱な気がしないでもないです。アメリカ軍のあの機関銃とか、似合うでしょうね」
「トミーガンと言うやつか、この前アメリカから輸入したやつ」
「そうです。トンプソン・マシンガンです」
何故、会長をけしかける。いや、ザカリー探偵は強力なサポーターだ。会長傘下の組の関わる事件を、既に幾つも解決してくれた。会長は指一本動かさず、名を汚さず、手下の命も損なわなかった。
「会長。あれは、ザカリー探偵も見たことない代物ですよ。アメリカは禁酒法騒ぎでマシンガン撃ち合っているらしいです。もし、セラ・カポネがマシンガンぶっ放したら探偵事務所は吹き飛びます」
「直ぐに出せるか」
「はい。隣の開かずの部屋です。持って来させましょうか」
やっぱり俺は会長をけしかけている。良いのか、危ない橋を渡らせても……セラ・カポネを叩き潰す良い案があれば……
ツェルシュが受話器に手を伸ばすと同時にベルが鳴った。
「会長室だ。何……ザカリー探偵事務所が銃撃戦。わかった。応援に行け。ぁ……会長、いいですね」
ツェルシュはシャンタンを見る。シャンタンは顔色を失って頷く。
「あ……あれを持たせろ」
「機関銃を装備して行け。会長のシマで好き勝手をさせるな。但し、此方に死人が出る前に相手を殺すんじゃないぞ」
受話器を置いたツェルシュは会長に微笑む。
「お坊ちゃん、大丈夫です。シマはきっちり守ります」
ガラシュリッヒ前会長に頼まれたのだ。
『息子を頼む。あの子は年いってから出来た子だ。可愛いひとり息子だ。可愛いが、軟弱で何を考えているのやら……お前なら色んな面であの子をサポートしてくれるだろう。頼まれてくれるな、色んな意味で……』
色んな面とか色んな意味とか……
まさか、ですよね……
ザカリー探偵事務所を守らなければ……
俺に杯が回ってくるとか……
ツェルシュは微笑みを顔に張り付けたまま、気が遠くなる感覚に抵抗した。
「ツェルシュ、俺様も行ってみる。車を出せ」
「行けません。警察が来たらヤバいです」
「ツェルシュゥゥ……」
会長おおお……女の子みたいな顔つきしてますよおおお……車っ、夕べ銃撃戦で修理に出した代車ですが……おおお、丁度良かった。代車はキャデラックだ。
窓ガラスが全壊した。部屋中に散乱したガラスで足の踏み場もない。縛り上げた男たちを廊下に出す。
「お前らには人質の価値は無いのか」
カナンデラの言葉に男たちが呆然となる。
「パパキノシタ時代は終わったな。お前ら、シャンタンの部下になれ。その方が実入りが良さそうだぜ。あの若いボンボンは遣り手だ」
実は座っているだけのお飾りだ。ツェルシュが会計士になって業績が断トツにアップしたことが、シャンタンを守る盾になっているだけの話。
「ねぇ、カナン。あいつら、何時まで天井に穴を空け続けるのかな。覗いて見る」
「ラナンタータ、僕が見てみるよ」
「ラルポアは駄目。そこら辺の女に悪いから」
お前にじゃないのか、ラナンタータ……とカナンデラが苦笑いする。
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