第21話 天涯孤独


「毒殺だとして、殺される理由は何だ」 


いつもの窓辺に佇むのに飽きたのか、ラナンタータが珍しくソファーに腰かけた。


「犯人の動機かぁ」


眠たそうな声が出る。カナンデラは大きな口を開けて欠伸した。


「違うよ、所長。被害者が殺されそうな理由だって」


ふいにラルポアが立ち上がる。


「ラナンタータ、被害者がどうだからって殺されて良い理由にはならないよね。あ、ラルポア、珈琲よりもお茶が良いな」


夕べ、アントローサ警部に呼ばれて久しぶりにキーツに会った。珍しいお茶を自慢げに出してきたので、カナンデラは今朝、早速購入した。


「いいから、どんな人物だ」


「うん、そうだなぁ。ラナンタータが喜びそうな人物だよ。小さなアパルトマンで暮らしていたが、劇場で脚本を書いていたんだ。名前はオイラワ・チャブロワ。離れて暮らす孫の為にバースデーの祝いのレストラン予約を入れていた」


ラルポアはストーブの銅のケトルから、各々のカップに湯を注ぐ。


「成る程、お祖父ちゃんが孫のバースデーを前に自殺なんて、ほぼあり得ない」


「だろう。だから他殺の線でアントローサ警部も指紋鑑定しているわけだ。あのね、其れでね、ラナンタータお嬢様のお父上はおいらたちにも手伝えと仰せでしたが、外部手伝い制度が金銭的な点で充実していないからお断りさせていただいちゃった。あはは、お前ら、やるかい、指紋鑑定」


「やだ、カナンデラ。褒めてあげるよ。ちゃんと断れてエライ、エライ。で、コロシの理由は何」


「失せ物があったらしい。中国古美術だってさ」


お茶のトレーを手に持ったラルポアが、にこりと微笑む。


「中国古美術……ロンホァチャイナの……」


ケインズ・ファミーユの一階のボナペティで夕食をした夜、ラナンタータは厨房から脱出した。其の時にラナンタータを庇ったチャイナドレスの女・龍花の店を、ラルポアとラナンタータはこっそり見に行ったことがある。


「そうだ。昔の相棒の話では、龍花に絵皿を預けた女がいて、其の女の名前がアンドレア・チャブロワ。夕べはまだ本人確認はできていないということだったのさ」


ラルポアはカナンデラの前に花の咲いたカップを出した。


「ふうん……死人のアパルトマンから古美術が無くなって、お孫さんが古美術店に絵皿を預けたってことか。家族に聞けば良いじゃないか。絵皿とお孫さんのことは」


「ラナンタータ」


お茶を差し出してラルポアが口を挟む。


「其れは警察がちゃんとやっているよ」


「わぁ、綺麗。素敵なお茶だね、ラルポア。ねぇ、カナンデラ、此れはどうしたの」


「わははは、どうだ、気に入ったか。此れはなぁ、夕べ警察に遊びに行って、昔の相棒に教えて貰ったのさ。朝一番に買ってきた。残念なことにオーナーは留守だったが……」


シャンタンに持っていくお土産も準備してある。シルクのドレスシャツと粋な図柄のトランクスのお礼に、心ばかりの品だが、シャンタンの喜ぶ顔も可愛いだろうと期待している。


早く夜が来ないかな……


ラルポアがテーブルに置いた小皿の松の実ゴーフルを前歯で齧りながら


「じゃあ、今回の事件は首を突っ込むまでもないね」


とラナンタータが不満気に言う。傍に座ったラルポアは


「そうだね。指紋鑑定の手伝いも断ったって言うし、暇だね……3人で美術館にでも行ってみようか」


何気なく提案した。


「うん、良いね。暇だし……とっても美味しいお茶。とっても綺麗で、心が豊かになる。イットガールにも持っていくんでしよ、カナン」


ラナンタータの声が華やぐ。 


いつもは人の出入りが多い場所には連れていってもらえないもんね。ラルポアったら、カニバリズム教団ヴァルラケラピスの目を恐れ過ぎ……


其のラルポアが提案したのだ。ラナンタータは飛び上がって喜びたい処だったが、澄まして微笑んだ。

笑顔の下手くそなラナンタータの、片方の頬が痙攣しているみたいに吊り上がるのは、微笑んでいるつもりだ。


「ラナンタータ、カナンデラと一緒じゃなきゃ……」


と言いかけてラルポアは言葉を切る。ラナンタータは笑っているらしい。


「何で一緒じゃなきゃ駄目なの。カナンは愛しいイットガールにお茶を持って行きたいのに……ね、カナン」


「え……おいら、イットガールなんていないけど……」


マイノリティはアルビノのラナンタータだけではない。1920年代、レ・ザネ・フォール(狂乱の時代)と謳われてはいるが、カナンデラもLGBTが犯罪者並みに扱われる此の時代に自らの性癖を隠して生きているマイノリティのひとりだ。隠し通してシャンタンを守らなければならない。時代を開くための犠牲は最小限に押さえたい。

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