[0][3] = "カレンダーコンポーネント異常終了事件{4}"
「え、わかったんですか? 嘘でしょう」
エンジニアの視線が一斉に私に注がれる。どの目も私の言葉を全く信じていない様子だった。
「再現させてみましょう」
私は時刻として08:59:60を与えるようにコードを編集すると、擬似的に監視プロセスを起動した。そのままデータ取得完了後の処理を流すと、プロセスは途中で終了してしまった。
コンソール画面を叩いてログを表示させる。
「ファイルを見てみると今回と同じようなログが出ます。何も記録されないまま突然システムが落ちたように見えるログが」
「確かにそれはそうですが……」
彼の顔を見ると、まだわかっていないようだった。
「実際にそういうデータが発生する訳じゃないですから」
「起こりますよ。この七月一日は」
「それは……どういう?」
「
「閏秒?」
私はデバイスを開いて、情報通信研究機構のページを表示した。
「ちょうど今年の七月一日が閏秒の調整日になっています」
「なんですか? その閏秒っていうのは」
「今、世界で使われている協定世界時は完全に地球の自転と一致してるわけではないんです。なので、定期的に調整が必要になるんですよ。ある特定の一日を一秒だけ長くすることによって」
「その調整が今年行われたっていうことですか?」
「ええ七月一日か十二月一日を基準に一秒だけ長い日が発生することがあります」
そう言うと、私を囲んでいたエンジニア同士が顔を見合わせている。誰もこのことを知らなかったらしい。何人かはデバイスを開いて、私の言葉を確認しているようだった。
「知らなかった……。でも、それが発生するとどうなるんですか?」
「要するにさっきと同じことが起こるんですよ。調整時には一秒を一日の中で少しずつ溶かしていく方法や同じ秒を二回繰り返す方法、そして協定世界時の23:59:60、つまり日本時間でいうと08:59:60を追加する方法がありますが、このサーバーは最後の方法で設定されているようですね」
コンソールを叩いて、画面上でその設定を表示してみせる。
「対策としては設定を変えるか、ログ出力のコードで60秒を許容するように直すかのどちらかですね。そもそもログ出力でシステムが落ちるのは致命的なので少なくともそこは直した方が良さそうです。再現環境をつくってテストするのもお忘れなく」
彼がメモを取り終わったのを見て、私は電源を落とし、ケーブルとモニターを片付けていった。
時計を見るとオフィスに入ってから十分程度しか経っていなかった。
(ALISAじゃなくてよかった)
全ての端末をデバイスパックに詰めると、私は立ち上がり、
「解決でよろしいでしょうか」
と訊いた。
「え、ええ……もちろん。失礼な話……バグ修正をお願いしたらこんな若い女性をよこしてきたから、騙されたのかと思ったんです。でも、まさかこんな早くわかるなんて」
私は小さく頭を下げてなにも言わなかった。偏見に満ちた言葉だったが、彼に悪意があるわけではない。
「報告書は明日送信致しますので、ご確認いただいたら来月末までに振込の方をお願いします。ご利用ありがとうございました」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なんでしょう」
「あの、なんというか私達このバグの調査に二週間以上かけていて……」
こんなにすぐに解かれてしまっては立つ瀬がない、と彼は小さな声で言った。この仕事をやっているとよくある話だった。もちろんこういうときのための備えはある。
「では明日一次報告として、『今後数ヶ月の間に再現する恐れは極めて低い』という報告だけ挙げさせていただきます。それで二週間後に最終報告をあげさせていただくという形でも大丈夫です」
そういうと、彼らの顔に明るさが戻った。しようもない話だが、これも私達の仕事のうちだった。
オフィスを出ると、まだ空に明るさが残っていた。
今日はもう帰ろう。
それで明日御園を辞めさせるように意見しよう。
私はそう誓った。
だが――そんな私の目論見は建物を出た一分後にもろくも崩れ去ることになった。
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