第44話

『──戦車隊、前へパンツァー・フォー!』




『『『──JAヤー!』』』




『──砲撃、準備!』




 まさにその時、魔導大陸特設陸軍機甲師団の主力駆逐戦車、『ヤークト・パンター』10台が扇状に展開し、何と事もあろうに、自軍の最高司令部の建物へと、71口径88ミリの主砲を向けていたのだ。


 すでにほとんどが瓦礫と化している正面玄関から、おもむろに現れる、小さな人影。


 ──その瞬間。




『撃て──‼』




 無慈悲に下される、怒号のような命令。


 一斉に放たれる、雨あられのごとき砲弾。


 司令部前の広大な広場に響き渡る、轟音。


 正面玄関を覆い尽くす、黒々とした爆煙。




『……やったか?』




『『『──隊長、それって、絶対言っては駄目な、「やっていない」フラグ!!!』』』




 つい、余計な一言を漏らしてしまう、現場指揮官殿であったが、効果てきめん。


 爆煙が晴れた後には、元の位置から寸分も移動した形跡の見られない、外見上はあくまでも可憐なる全裸の幼女が、人形そのものの無表情でたたずんでいた。




 ──初雪のような純白の長い髪の毛に縁取られた、端整な小顔の中で鈍く煌めいている、鮮血のごとき深紅の瞳。




『……戦車砲を、十数発も同時に喰らっておいて、かすり傷一つないのはともかくとして、その場をまったく動いていないとは、どういうことなんだ? あんな小さな身体のくせに、どういう比重の物質で構成されているんだよ⁉』


 もはやそれ以上は発する言葉も無く、ただただ呆然と、ほんの目と鼻の先に存在する、『怪物』を見惚けるばかりとなる、戦車兵たち。


 ──それも、当然であった。


 第二次世界大戦中における『最高戦車』である、ソビエト赤軍の『T−34』を徹底的に研究して生み出された、ドイツ国防軍の大傑作、Ⅴ号戦車『パンター』を、「まだまだ、破壊力が足りない!」という現場の声に応えて、更に攻撃性と実用性が高い、自走砲形式の装甲戦闘車両に魔改造したのが、この『ヤークト・パンター』なのである。


 砲塔を一体化して完全に傾斜した前面部を最大の特長とする、異様なまでに防御力を高めることによって、被弾することを恐れる必要が無くなり、戦場においては常に猪突猛進に徹して敵戦車を屠っていく、文字通りの『駆逐戦車』の決定版。


 戦争末期における主力の、ノーマル『パンター』やⅥ号戦車『ティーガー』の影に隠れ気味で、イマイチ知名度は低いが、その実用性と破壊力と防御力の高さは、現場で大好評となり、それに対して敵にとっては、自軍の戦車砲をすべて弾き飛ばしながら突進していくるその姿は、悪夢以外の何物でも無かったと言う。


 そんな、戦車大国ドイツが誇る、最強中の最強の戦車の全力攻撃が、あっさりと無効化されたのである、その衝撃のほどは、いかばかりか。


 ──しかし、幼女ターゲットのほうは、歴戦の勇者たちに落胆するいとますらも、与えようとはしなかった。




「……大日本帝国海軍所属駆逐艦、ゆうぐも型19番艦『きよしも』、主砲127ミリ連装砲、発射準備」




 あたかも花の蕾のごとき、愛らしい唇から紡がれる、凶悪極まりないつぶやき声。


 それと同時に、何と彼女の右腕が、まるで空間をねじ曲げるかのようにして、変貌し始めた。




 そう、あたかも人間サイズにミニチュア化したような、軍艦の砲門に。




「──発射!」




 その、もはや戦闘とも言えない、あまりに一方的な蹂躙劇は、戦車十数台分のスクラップを生み出すまで、続けられたのであった。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……ここは?」


 その時、私こと、聖レーン転生教団直営魔法令嬢育成学園初等部教師にして、魔導大陸特設防衛軍作戦部長である、ミサト=アカギは、あたかも野戦病院そのものの、怒号と悲鳴と嗚咽が鳴り響く、広大なテントの中のベッドの一つに、自分が包帯だらけの姿で横たわっていることに気がついた。




「──まだ、動いちゃ駄目よ、傷は深いわ」


 唐突にかけられた声に振り向けば、そこには散々見飽きた『悪友』が、特設空軍次官としての制服を豊満な肢体にまとって、珍しくも悲痛な表情を浮かべながら、こちらを見下ろしていた。


「……ミルク? 私一体、どうしちゃったの? 何でこんなところで寝ているの?」


目標ターゲット──すなわち、量産型『人魚姫セイレーン』と、野戦砲撃部隊との、ガチの砲撃戦に運悪く、あなたがいた作戦司令室が巻き込まれるとともに、軍司令部の建物自体が半壊してしまったのよ」


「し、司令部が、半壊って⁉」


 その言葉を受けて、弾かれるようにして周囲を見渡せば、作戦司令室の部下たちを始めとして、よく見知った顔が大勢、私と同様に傷だらけの有り様となって、ベッドの上に伏せっていた。


「被害を受けたのは、ここだけではないわ。『彼女たち』を収容していた軍の施設は、軒並み壊滅状態に陥っているそうよ」


「量産型が、示し合わせて、脱走を図ったとでも言うの⁉」


「脱走? まさか! これは立派に、『反撃』でしょう? すでに特設陸軍は、機能停止に追い込まれているわ」


「それこそ、『まさか』よ! たとえ『ショゴス』で形成されているとはいえ、たかが量産型が大挙して反抗しようが、武器一つおびていないのだから、各個撃破するくらい容易いはずでしょうが⁉」




「彼女たちはすでに、量産型人魚姫セイレーンなんていう、生やさしいものじゃないわ。まさにこれぞ、『真の軍艦擬人化美少女』とも呼び得る、恐るべき存在よ!」




「し、、軍艦擬人化美少女、ですって⁉」


 また何か問題を引き起こしそうな、『危険ワード』が出て来たな、おい⁉


「……残念ながら、既存の人気『軍艦擬人化美少女』ゲームは、どれもこれもヒロインたちが、真に秘めたる力を、十分に発揮しているとは言えないわ。軍艦を可愛い女の子にする最大のメリットは、別にプレイヤーに美少女キャラとの、ちょっとエッチな戯れ合いをさせることなんかでは無く、何よりも、『少女が軍艦の力を有していること』なのよ!」


「へ? そんなことくらい、どのゲームだって、ちゃんと実現しているじゃない?」


「いいえ、全然ダメダメよ! 既存のゲームはすべて、『可愛い女の子』であることと、『軍艦』であることとが、完全に分離していて、彼女たちの本当の魅力を、全然引き出せてないわ。その最大の原因が、戦闘においてはほとんどすべて『集団戦』で行われていて、しかも肝心の対戦相手が、『艦む○』たちとほぼ同等の力を持っていることなの!」


 ……こ、こいつ、ついに面倒くさくなって、ストレートに『艦む○』と言いやがった⁉


「いや、『艦隊』とタイトルに付けるくらいだから、集団戦なのは当然だし、敵と実力が伯仲しているからこそ、戦争ゲームとして、楽しめるんじゃないの?」


「ゲーム自体はそうかも知れないけど、それでは、『艦む○』の本当の実力が、いつまでたっても発揮できないのよ!」


「『艦む○』個人の、実力、って?」




「想像してご覧なさい、突如異世界の軍隊がぎんに攻め込んできて大暴れして、それに対して自衛隊戦車部隊が応戦に出動して、大乱戦を繰り広げることになったんだけど、たまたま買い物に来ていて巻き込まれてしまった、一見何の変哲もない幼く小さな女の子に、実は旧帝国海軍の駆逐艦の攻撃力と防御力とが秘められていて、いつまでも争い続ける自衛隊と異世界軍に業を煮やして、本気で戦闘に加わろうとした場合を!」




「く、駆逐艦が、陸上の戦闘に、乱入するですってえ⁉」


「だって、軍艦擬人化美少女と言うことは、『足』があるわけでしょう? 普通に銀座を歩き回っていて、そこで軍艦の力を発揮して、戦車と闘うはめになってしまうことだって、けしてあり得ない話じゃないじゃん? ──つうか、むしろそれこそが『軍艦を少女にした』、最大のメリットとは思わない? つまり、軍艦擬人化美少女の『真価』が発揮できるのは、ゲームにおけるデフォルトの海上での集団戦ではなく、むしろ陸上の都市部における、単独の『ゲリラ戦』のほうなのよ」


 ──確かに!


 軍艦を銀座に持ってくること自体が不可能だし、もし実現したとしても、その桁外れの大きさと重量とにより、自律活動なんてできやしないのだから、単なる『大きな的』に過ぎず、やられ放題となることだろう。


 しかし、それが小さな女の子になったとしたら、当然自由自在に動き回れるし、しかも『的』としても小さ過ぎるので、途端に攻撃が受けにくくなるに違いない。




「──さて、ここで問題です。戦車と駆逐艦とでは、攻撃力及び防御力双方において、どちらが優秀でしょうか?」




「そ、そりゃあ、駆逐艦でしょう? 最初から、比較にならないじゃない! ──つうか、何で小さな女の子に、駆逐艦そのものの、攻撃力と防御力があるわけなのよ⁉」


「……ミサト、恐ろしい子。たった一言で、軍艦擬人化美少女ゲームを、全否定しやがった……ッ」


「そういった、『メタ』的なことを言っているんじゃないわよ! そもそも物理的に、あんな小さな女の子に、駆逐艦の攻撃力と防御力があること自体が、不自然でしょうが? 質量的にも、ロケット砲とか戦車砲の集中砲火を受けた場合には、傷つかないのはともかくとして、その場から吹っ飛ばされないと、おかしいんじゃないの⁉」




「ああ、それは、彼女の構成要素──つまりは、物理量の最小単位である『量子』レベルで、すべての情報が、人間の少女から駆逐艦へと、書き換えられているからよ」




 ………………………………は?

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