第二章 さらに金策
第1話
ローゼハイム家の使用人たちは、日が昇る前に起き出している。
まだ薄暗い食堂。一番に早起きしたゲオルグが火を入れたが、まだ少し寒い食堂の中で、きちんと身なりを整えた使用人たちが並ぶ。
そこで、執事長のゲオルグによる朝礼で――今日の仕事が始まるのだ。
「さて、おはようございます。今日もいつも通り、頑張っていきましょうか」
ゲオルグは整えられた顎鬚を撫で、にこりと微笑んで面々を見渡す。
「さて、業務の再確認ですが、まあ、いつも通りですね。マリーは基本的な掃除、サーシャは食事とお嬢様のお付きを。私は執務を行い、カナくんは臨機応変にお手伝いを」
「かしこまりました」
全員が一礼を返す。カナだけアバウトな指示なのは、いつものことだ。
カナの仕事は手の回らないところを手伝い、業務を円滑にすること。全体を見なければならないので、少し大変だが、慣れると簡単である。
「ちなみに、今日、どこを優先で手伝った方がよろしいですか?」
「ふむ、私の方は書類の方は落ち着いていますし」
「お掃除も、大丈夫ですっ」
「仕込みも昨日してもらったわね。あ、じゃあ、カナくん」
サーシャが何か思いついたように、ぽん、と手を打つ。
「お嬢様のお付き、お願いしてもいいかな? カナくんだったら、お任せできるし」
「お嬢様が、よろしければお引き受けしますけど」
お付き、という言い方をするが、実際は身の回りのお世話である。シャルロットは自分で着替えもするが、他の家ではそれも手伝うらしい。
それを男性が引き受けるのは、どうかと思うが、サーシャは大丈夫と微笑む。
「お嬢様には、私から言っておくから。お願いするわね」
「では、カナくん、お嬢様がお目覚めになるまで、郵便物の仕分けを手伝っていただけますか?」
「かしこまりました。ゲオルグ様」
「はい、お願いしますね――では、皆さん、お仕事に取り掛かりましょう」
ぱん、とゲオルグが手を叩く。それを合図に、使用人たちは礼をして仕事に取り掛かり始めた。
「今日は、カナがついていてくれるのね。ありがたいわ」
朝食を済ませ、シャルロットと共に執務室へ向かうと、彼女は上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、机に向かう。カナは椅子を引きながら首を傾げる。
「何か、ご用件でもありましたか? お嬢様」
「ううん、そういうわけじゃないけど……カナと長く一緒にいられるし。それに、いろいろお話もできるじゃない」
少しだけ頬を染め、シャルロットがそんなことを言うので、カナはまごついてしまう。だが、それに彼女は気づかず、よし、と気合いを込める。
「それじゃあ、仕事を始めましょうか。それで、落ち着いたら一緒にお話し……内政のこと、考えていきましょう?」
「……ああ、内政のことでしたか」
「なに? カナ。なんだか声が沈んでいるけど」
「いえ、気のせいですよ。それより、こちら、今日届いた郵便物です」
カナはよいしょ、と一抱えほどある郵便物の山をシャルロットの机に置くと、彼女はわずかに顔を引きつらせた。
「――え、これ、全部私宛?」
「はい、そうです。恐らく、辺境伯就任に対する返礼状がほとんどでしょうが、お嬢様宛でしたので開けていません。お目通しお願いできますか?」
「う……みんな律儀ねぇ、そんな手紙返さなくてもいいのに……」
「まあ、貴族たちは面子が命なので。あと、ゲオルグ様が、舞踏会の招待状のリストもあげられていましたので、そちらのお目通しもお願いします。それから、今日の書類の決裁の方になりますね」
「むうぅ……それじゃ、カナとなかなかお話しできないじゃない……っ」
「お嬢様が、お勉強熱心なのは伝わりますが……仕事をしてからでないと、僕も困りますので……ご了承ください」
「ううん、カナが悪いわけじゃないのだけど……早く、お話ししたかったな」
「……では、早く終わらせましょう。お嬢様」
「そうね、開封作業を手伝ってくれる?」
「かしこまりました」
それから、シャルロットとカナは二手に分かれて作業を始める。
カナがペーパーナイフでさくさくと手紙を切り、シャルロットがそれに目を通していく。返事が必要なものと不必要なものに仕分けてもらい、返事が必要なものはすぐにその場で書いてもらう。
その間に、カナはてきぱきと不必要な手紙をさらに仕分け、大事に保管すべきものだけピックアップし、その他は別の箱に保管――これも後で、宛先別に分類し、これは一年間だけ倉庫に保存するのである。
その作業をカナは進めていくと、ふと、シャルロットが声を上げる。
「あら、貴方宛の手紙が混ざっているわよ」
「あれ、全部丁寧に仕分けたはずですが……申し訳ございません」
「ううん、私宛の封筒の中に入っていたの。ナカトミ辺境伯からだから――私への返礼状と一緒に、貴方へのお手紙も同封したのね」
ナカトミ辺境伯の領地は、ウェルネス王国の東方にある。
西方のローゼハイム領とは真反対だが、同じ辺境伯である上に、辺境伯のルカ・ナカトミとシャルロットの年が近いため、それなりに親しく文通を重ねていた。
(でも、ナカトミ辺境伯から、僕に手紙……?)
少しだけ眉を寄せながら、シャルロットから手紙を受け取り――ああ、と頷く。
「ステラさんから、でしたか」
ステラは、同じ孤児院の出身の、いわばお姉さんみたいな人だった。
孤児院に世話になったのは、短い間だったが、よく面倒を見てくれた。その後、カナがレックスに引き取られた後も、文通は続けていた。
(そういえば、王都から辺境伯に配置替えになって以来の手紙か)
ステラは元々、王都で働く騎士だったが、ナカトミ辺境伯のところで仕えるようになったと、前の手紙で書いてあった。目を細めながら、その手紙を開く。
懐かしい文字が、目に飛び込んでくる。それを読んでいると――ふと、じとっとした目つきに気づき、視線を上げる。
「――あ、すみません、シャルロットお嬢様。何か、ご用件でも……」
「いいえ、なんでもないわ。カナはラブレターを読んでいればいいのよ」
シャルロットはカナを睨みながら、不機嫌そうにルカ・ナカトミからの手紙に目を通していく。カナは苦笑いを浮かべて手紙を閉じる。
「別にラブレターではないですよ……ちょっとこの前の手紙で、いろいろ聞いていたのです。ステラ・ヴァイス中騎士に」
「騎士に? 何の質問を?」
「内政について――お金を得るのに、何か案がないかな、と」
今、ステラ・ヴァイスはルカ・ナカトミ辺境伯の側近だ。いろいろと苦労を綴っていたので、もしかしたら意見をくれるかも、とダメ元で聞いてみたのだ。
それを聞くと、少しだけ申し訳なさそうにシャルロットは目を伏せさせた。
「――ごめんなさい、貴方なりにいろいろ考えてくれたのね」
「いえ、気にしないで下さい。お嬢様……特に、あちらも妙案はないようでしたし」
ステラも、あまり内政について詳しくないらしい。申し訳なさが、文章から滲み出ていた。シャルロットは手紙を脇に置きながら、ため息をこぼす。
「そうよねぇ、税収を増やすのも、なかなか難しいし――他に、臨時で税収を増やすこともできないのよね?」
「ええ、法律で禁止されています」
ウェルネスの国税法で、平時の税収は住民税、職業税、関税だけと定められている。それ以外で税収を得るには、戦時対応でしかなくなるのだ。
戦時対応を行うには、王都に申請が必要である。
(ま、ハルバート帝国が攻め込んでこない限り、その申請は通らないのだけど)
シャルロットは手を休め、拗ねたように唇を尖らせる。
「それにしても――なんで法律が、私たちを縛っているのかしら。法律って、民に制約を課すものじゃないの? これをしたらいけない、こうしなさい、みたいな感じで」
「ううん……それは、実は見当違いでして……」
頬を少し掻く。その概念は分からなくもない。何から説明しようか、少しだけ悩む。
「多分、それは昔の法律の概念なんです。お嬢様――というか、新しいというか、古いというか……ううん……」
「要領を得ないわね……じゃあ、折角だから」
目をきらきらと輝かせるシャルロット。仕方ない、とカナはため息をついて微笑んだ。
「では、シャル様――内政のお勉強をしましょうか」
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