第9話

 レックスの死から十日後――慌ただしくも早急に、その葬式は執り行われた。

 屋敷の庭を使い、執り行われた葬儀。

 朝早くからにも関わらず、何人もの人が参列してくれる。

 その中で、シャルロットは毅然と喪主を務め、参列してくれた人たちに声を掛けていく。蓋の閉じられた棺の上に、献花がなされていく。

 それを見るたびに、彼女は辛そうに眉を寄せ――ぐっと堪えるように目を伏せる。

 だが、人が来るたびに、控えめな笑顔で彼女は出迎えていた。

 その仕草を見るたびに――心が、ぎゅっと締め付けられる。

 傍に行って支えてあげたいが、カナにも仕事がある。使用人として、参列客に挨拶と案内をしながら、そっとシャルロットを見守っていく。

「――お嬢様、心配ですね。カナさん」

 ふと、横に並んだマリーが小声で言う。妹分の使用人の言葉に、カナは頷いた。

「それでもお役目を果たされている――ご立派です」

「ん、本当にすごい人……あ、カナさんっ」

 不意に、袖を引っ張ってくる。視線を屋敷の入り口に向けると――花を持った一人の中年が姿を現していた。商工組合の組合長だ。

「ありがと。マリー。少しだけ、ここ任せてもいいかな?」

「はいですっ」

 元気よく頷いてくれた彼女のふわふわな髪を少しだけ撫でると、視線でゲオルグの方を見た。彼は素早く気づき、頷いてくれる。

 今回も、使用人全員がバックアップしてくれる――とても、ありがたい。

 カナはそっと商工組合長に近づくと、彼は少しだけ目を上げ、微笑みを浮かべた。

「ああ……坊主。わざわざ出迎えてくれて、ありがとうな」

「いいえ、ジャン商工長が来たらご案内するように、お嬢様から」

「そうなのか……?」

「故人は亡くなる前、またジャン商工長と酒を酌み交わしたかったと……」

 カナは潜めた声で肩を落として言うと、彼は感極まったようにぐっと目頭を押さえる。

「そんな……っ、レックスの旦那……っ!」

 肩を震わせる彼を案内し、棺の方に向かう。彼は祈りを捧げるように胸を叩き、花をそっと捧げる。閉ざされた蓋を見つめ、震える声で告げる。

「すまねぇ……旦那……俺も死ぬ前に一目会って、酒を酌み交わしたかった……っ」

 ぼろ、ぼろと涙をこぼしながら、低い嗚咽をこぼすジャン商工長。

 その姿を見ると、彼の良心を利用するようで、心が痛んでくる。だけど、この街の今後のことを考えると、ここでやらなければならないのだ。

 意を決すると――そっと、彼の背に手を当て、撫でさすりながら言う。

「お察しします。ジャン商工長」

「ぐっ……すまねぇな、坊主……みっともねえところ見せて……別れは、済んだ……っ」

 男泣きをしながらも、涙に濡れた顔でにかっと笑ってくれるジャン商工長。そっと手でシャルロットの方を指し示し、小さな声で言う。

「お嬢様が、是非ともご挨拶したいと」

「おお……そうだな、俺も挨拶しねえと……っと、失礼」

 後ろにいた参列客のために身体を退け、大柄のジャン商工長はのしのしとシャルロットの方に歩み寄っていく。

 喪服のドレス姿の彼女は、彼を見上げると、そっとドレスの裾を摘まんで一礼する。

「ジャン商工組合長――よく、お越し下さいました」

「おう、お嬢ちゃん……いや、辺境伯様か。親父さんには、いろいろよくしてもらった。だけど、まさか、こんなに急に……」

「ええ……本当に。私も未だに信じられません……」

 その後、しばらくシャルロットとジャン商工長は故人の昔話に花を咲かせる。ジャン商工長はそのたびに嗚咽を漏らし、カナはその背中を撫で擦った。

 やがて、シャルロットは控えめに、小さく切り出す。

「実は――こんな場でひどく恐縮なのですが……商工長、貴方にご相談があるのです」

「おお、なんでも言ってくれぃ……お嬢ちゃんのためなら、ひと肌もふた肌も脱ぐぜ」

「頼もしいです……実は、今回、父上の急逝で辺境伯の財政が傾きつつあるのです。できれば――商工の皆様には、少しご負担いただきたいのです……」

「それは……まぁ、俺としても少しぐらい銭は出せるが」

 ぐっと涙を腕でごしごしと擦り――彼の顔が切り替わる。

 少しだけ困惑しながらも、真面目な顔になり、顎を撫でながら低い声で言う。

「ただ、こればかりは商工組合と相談して決めなきゃならねえことだ」

「お願いします……ジャン商工長の人徳ならば、きっと……」

「みんなからその、募金、みたいな形で金を集めることはできるとは思うんだがな……さすがに、増税となると……」

 ううん、と首を傾げてしまう。少しだけ、旗色が悪そうだ。

 シャルロットは肩を落とし、残念そうにそうですか、と小さくつぶやく。そして、聞こえるか聞こえないか、というくらいの声でささやく。


「ノーム農協組合長は、快く即決して下さいましたが……残念です」


「……なんだって? 今、なんといったか? お嬢ちゃん」

 不意に声が鋭さを帯びる。見ると、ジャン商工長は目を鋭く吊り上げている。シャルロットは袖で顔を隠すようにし、いやいやと首を振った。

「気にしないで下さい。こちらの話です……」

「ノームは、金を出す、つったのか?」

「ええ……それは、父上の御恩をこれだけで返せるとは思えないが、是非とも農民たちの力を集結させ、支払わせてほしい、と……っ」

 嗚咽が交じったように声を詰まらせるシャルロット。カナはその背を擦るようにし、ジャン商工長の方を見つめて頭を下げる。

「申し訳ございません。主に代わり、謝罪します。ご無理を申し上げて――」

「……いや、無理じゃねえ。悪かった、俺も覚悟が足りなかった」

 そう告げたジャン商工長はぐっと唇を引き結んでいた。まだ涙が残る目元を強引に擦り上げ、ぐっと背後を振り返り――そこにある棺を見つめる。

 そして、ぐっと頷き、シャルロットを振り返った。

「酒を交わす約束すら果たせなかった不忠者だが……俺も、覚悟を決める。俺が、責任を以て商工組合のみんなを説得するぜ。お嬢ちゃん」

「よろ、しいのですか……?」

 シャルロットは恐る恐る顔を上げる。ジャン商工長はにこっと笑い、励ますように頷いた。

「ああ、俺だって人望がないわけじゃねえ、任せてくれ」

「ああっ、なんとお礼を言ったらいいか……っ」

 言葉を詰まらせ、顔を伏せさせてしまうシャルロット。カナはその身体を支えると、ジャン商工長は口角を吊り上げ、力強く頷く。

「葬列のことも――若い奴が後で来る。俺たち、商工を頼りな。亡き旦那の恩返しのために、全力を尽くしてやるぜ」

 そう言いながら背を向けた彼は、ひらひらと手を振りながら立ち去っていく。

 そのハードボイルドな後ろ姿を見つめ――カナはそっとシャルロットに耳打ちする。

「行かれました。シャル様」

「……本当に?」

「はい、ご立派でした」

 その言葉と共に、はああぁ、とシャルロットが吐息をつく。カナの身体に顔を隠すようにしながら顔を上げた彼女は――ほっと一安心したように、緩んだ顔をしていた。

 嗚咽を漏らしていた気配を見せず、ただ、緊張が抜けたように息を吐き出す。

 その肩をそっと叩き、カナは安心づけるように言う。

「彼は、義理堅い性格をしています。きっと、しっかり商工組合を説得してくれますよ」

「よかったわ……騙すようで、少し心が痛んだけど」

 二人は視線を合わせ、ひっそりと笑い合った。


「作戦は、大成功ですね」

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