第4話
リチャードに見せた死亡認定書は――結論から言えば、偽造だ。
だが、騙されたと訴えたところで、それは効力を発揮しないだろう。何故なら、欠陥のある死亡認定書だったからだ。
「テオドール様のスペルはTheodoor……こっちの偽物は敢えて、Theodoolと書いてもらいました――まあ、これはゲオルグ様の入れ知恵ですが、騙されましたね」
応接の間の片づけをし、残っていたその書類をサーシャは大事そうに持ち上げて言う。カナは机の拭き掃除をしながら、はい、と答えた。
「これなら、この文書は公式なものではなくなりますからね。早とちりをした、リチャード様の責任になります」
「最初に情報を開示して、信頼を勝ち得たカナくんのファインプレーだよ。よく頑張ったね。カナくん」
よしよし、と頭を撫でてくれるサーシャ。カナはくすぐったく思いながら、少し苦笑いを浮かべる。
「もう子供じゃないんですけど? サーシャさん」
「ふふ、いつまでたってもカナくんは私の弟分ですよ。昔みたいに、サーシャお姉ちゃん、って呼んでくれないのかな?」
「さ、さすがに恥ずかしいですって……っ」
からかわれて恥ずかしくなってしまう。カナは首を振って手を払い除けると、彼女はくすくすと笑いながら、目を細めた。
「そっか、そっか、それは仕方ないね」
「……それより、早く仕上げて、次の仕事をしますよ。サーシャさん」
「そうだね、分かった」
カナとサーシャは手分けして片づけを進めていく――そうしながら、やっとカナにも成功の実感が湧いてきて、ほっと一安心することとなった。
「――なるほど、よくやってくれたわ。カナ」
その数日後、無事に爵位の更新を終えて戻ってきたシャルロットは執務室で、満足げに一つ頷いた。同席したゲオルグもうむ、と一つ頷いてくれる。
「よくやってくれました。カナくん。さすが、人を騙させたら天下一ですね」
「騙すって……まあ、今回は騙しましたが」
こほん、と咳払いを一つ。カナは雰囲気を切り換えるように、ゲオルグを見る。
「ひとまず、当面の資金は出来ましたけど……これからの方針は、どうするべきなのでしょうか。ゲオルグ様」
「そうね、ゲオルグ、貴方の意見を聞かせて」
シャルロットとカナの質問に、ゲオルグは一つ頷いて告げる。
「まず、正式にシャルロット様は、辺境伯に叙されました。となれば、次は葬儀に加えて、叙任したことを対外的にアピールする、舞踏会を開かなければなりません」
「そっか……ばたばたしていたけど……父上、まだ埋葬もしていないものね」
今、レックスの遺体はテオドール医師が保管している。腐敗を遅らせてくれてはいるが、早めに埋葬をした方がいいだろう。
憂鬱そうにシャルロットはため息をこぼす。ゲオルグも辛そうに少し眉を寄せた。
「お辛いことはお察ししますが、領民にも大々的に知らせなければなりません。まだ、このことは民も知らないでしょう」
「ええ、まだ父上がぴんぴんしていると思っているでしょうからね」
「これは街の重役と連絡を取り合う必要があります――これはシャルロット様と、私で対応するべき案件です。問題は、やはり――」
「お金、ですか?」
カナが訊ねると、ゲオルグは頷いた。シャルロットは吐息をつき、執務机から帳簿を取り出しながら、ゲオルグに訊ねる。
「ゲオルグ、葬式と舞踏会の費用は?」
「葬式が金貨三〇枚。舞踏会は、金貨が八〇枚あれば、十分でしょうな」
「ううん、財政のことを考えると、捻出できるのは、金貨三〇枚分くらいね……もちろん、あの叔父がくれた金貨分も含めてよ?」
「さすがに、支出が多すぎましたな……さて、頭が痛いことです」
はぁ、と三人がため息をつく。だが、すぐにゲオルグが顔を上げ、真っ直ぐにカナを見つめる。その目が綻んでいることに気づき、カナは引きつり笑いを浮かべた。
「げ、ゲオルグ様? まさか、また金策に走れ、とか――」
「おや、よく分かりましたね」
「なんで僕がそんなことをしないといけないんですか……っ!」
「考えてみてください。この屋敷で知恵が回るのは、私かキミぐらいですよ。サーシャは買い物中に悪い商人に引っかけられそうになりますし、マリーは脳筋です」
「さりげなく、こきおろしますね、ウチのメイドたちを……」
何気に、ゲオルグは鬼畜である。
「とにかく――私も金策は考えてみますが、こういうときにあっと驚くような発想を生んでくれるのは、カナくんだと信じています」
にっこりと笑い、ゲオルグは真っ直ぐに目を見つめて重ねて言う。
「キミならできます。大丈夫です」
「うん、カナならきっとできるわ。いろんな本を読んでいて、物知りだもの」
シャルロットまでそう言ってくる。主から言われてしまえば、拝命するしかない。
「――分かり、ました。けど、あまり期待しないで下さいね?」
「ええ、頼んだわ。さて……ひとまずは、お葬式ね。二人とも、よろしく頼むわ」
「御意に」
新しい主人の下命に、二人の執事は恭しく頭を垂れた。
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