第23話 一万円の記念写真
某写真スタジオにて。
(まさかこの年になって、兄妹弟で写真を撮る羽目になるとは……)
晴朗太は心の中で項垂れる。
写真自体はどうでもいいのだが、請求される額を思うとやはり腑に落ちなかった。
(一人一万近くは高すぎる……)
そんな風に思っている最中にも、スタッフ――メイクアーティストの方々は忙しなく動いていた。
もっとも、晴朗太は奇麗な女性二人に囲まれて、身動きすら取れない。
一人が髪、もう一人がメイクを担当しており、見る見るうちに見栄えが整っていく。
(……いかん。変なことを考えるな)
スタッフの方々は真剣に取り組んでいるのか、色々と無防備だった。とはいえ、目の前に大きな鏡があるので不躾に見ることはできない。
身体と身体が接触する度に、晴朗太は硬直するもどうにか真顔を保つ。
(しかし、口紅まで塗られるとは……)
本日はフルメイク。
だが、遠目からではそのようには見えない。
あくまで、ナチュラルな仕上がりとなっていた。
(つか、イケメンもこんな風にメイクしていると考えたら、勝ち目なんてねぇよな)
見目麗しい芸能人たちを思い浮かべ、晴朗太は敗北感に打ちひしがれる。
以前はビジュアル系以外メイクなんてしていないと思い込んでいたが、今は違う。
目立たない――健康的で、奇麗な顔に見せるメイクもあると知ってしまっている。
ヘアセットもそう。自分がやると整髪料でべたべたになるのに、プロだとナチュラルに変幻自在である。
(でも、再現は無理だな)
ドライヤーのかけ方――手間のかかりようを考慮すると、難しいだろう。
(でも、ヘアアイロンくらい買うか。使いこなせるかどうかは不明だが、できることはやってみよう)
少なくとも、バレてはいけないオシャレになら投資する価値はあると、晴朗太は思うようになっていた。
案の定、真っ先に晴朗太の準備が整い、ほとんど大差なく純朗も終了。
「遅いな」
「だね」
やはり女子は時間がかかるのか、兄弟は二十分近く恋々子を待つ羽目になった。
「お待たせー」
それでも文句が言えなかったのは、プロの手で整えられた妹は身内贔屓なしに奇麗だったからである。
「それでは撮影に移りましょう」
スタッフに誘導され、撮影場所へと移動する。
(うぉっ、テレビで見る奴だ)
一眼レフカメラに三脚、照明、レフ板などなど。
「きょろきょろしない」
いつもならあり得ない注意を受け、晴朗太は冷静さを取り戻す。
「わかったよ」
そうして、撮影が始まった。
「お撮りしますねー」
まずは自然体で。
その後、色々とポーズを求められるもこれが辛い。
(……恥ずかしい)
友人間でも、あまり写真なんて撮って来なかった。両親に撮られることがあっても、真顔で済ませていた。
そのツケというべきか、晴朗太のポージングはとにかくぎこちなかった。
「兄ちゃん、もっと笑おうよ」
十枚撮ったところで、確認作業。
全員で写りを確認するなり、恋々子が注意する。
「笑えって言われてもなぁ……」
晴朗太は嫌な理由を誤魔化すも、
「どうせ、歯並びが悪いのが気になるんでしょ?」
恋々子は見抜いていた。
「悪いかよ?」
「あのね、コンプレックスを隠した姿を評価するのは本人だけって知ってる?」
スタッフもいる中で注意され、晴朗太はとにかく居た堪れない。
「他人が評価するのは、コンプレックスに成り得るのに隠そうともしないオープンな態度。とにかく、楽しそうに笑っている姿なの」
「それって藍生先輩が――」
純朗が口を挟むも、
「一方、コンプレックスを隠そうとする姿は醜くて付け入る隙になる。まぁ、完璧な人なら可愛く映るんだけどね」
恋々子は勢いで無視した。
「なるほど」
そして、晴朗太は素直に感心していた。
(確かにいたな。俺よりチビでブサイクなのに、人気者だったやつ。あと、デブスなのにモテていた女)
思い返してみると、彼らには卑屈差がなかった。コンプレックスの塊のような容姿なのに、堂々と振舞っていた。
「それでは、再開しましょうか?」
そうして、長い長い撮影が始まる。
ポージングに満面の笑顔なんて、あり得ないと思いながらも晴朗太はどうにか応えてみせた。
この際、自分のことはどうでもよく――ただ、妹が満足する仕上がりを求めて頑張った。
果たして、仕上がった写真は――
「うん! ばっちし」
満足のいく出来栄えのようだ。
「なんか恥ずかしいね」
純朗は中学生らしい反応。
だが、晴朗太も同意だった。
自分たちがモデルのように振舞い、奇麗な背景に映っている姿はなんとなく気恥ずかしい。
「これならお母さんたちも呼んで、家族写真にすれば良かったかも」
恋々子はご満悦の様子。
(それはそれで恥ずかしいが……もしそうしていれば、俺が金を払う必要もなかったか)
そんな現金なことを思いながら、何十枚と撮った写真のデータが全て入ったディスクと引き換えに、晴朗太は万札を三枚も支払うのであった。
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