第16話 背が低い男の気持ち

「純朗は?」

 

 試着室で購入した服に着替えさせて貰い、店の外に出ると弟の姿が見当たらなかった。


「ちょっと友達がいたから。わたしと一緒のとこは見られたくないって、行っちゃった」

 そう説明しながらも、恋々子の顔はにやけていた。


「もしかして、あいつの好きなやつか?」

 そこから、晴朗太は推測する。


「さぁ、どうかな」

 言いつつも、仕草からして間違いないだろう。

 

 嬉しいこと、楽しいことがあると恋々子はじっとしていられない。幼児みたいに、頭か身体を揺らしてしまう。

 更に言えば視線が釘付けになるので、何処にいるかもすぐわかった。


「あん、ちょぉっ! バレたら拗ねちゃうから、そんな不用意に近づかない!」


「おまえなぁ……」

 口とは裏腹に、恋々子は兄を壁にして接近していた。 

 とはいえワンフロア下なので、バレる心配はないだろう。見下ろすのは容易いが、見上げるのは面倒である。


「へー、あのコか。なんか意外だな」

「そう?」

「あぁ。あいつが、自分より背の高い相手を選ぶとはな。しかも、なんか強そうだ」

 

 遠目からわかるほど、身長差がある。またおでこを出して、少女は勝ち気な顔を覗かせていた。


「あのコ、生徒会長に立候補するんだってさ」

「へー。真面目というかモノ好きというか」

 

 神香原は中高一貫なので、高校生とも関わる時がある。

 更に高等部には生徒会が二つあり、その内の一つには一芸入試組――奇人変人の類も多かった。


「じゃぁ、純朗も生徒会に?」

「そう。だからオシャレを頑張ってるの」

「……なんで、そこでオシャレになんだ?」

「可愛い以外、褒められたことがないからだってさ」

「はぁ? あいつ、可愛いって言われて喜んでたのか?」

「ううん、純くんは嫌がってる。でも、他に人より秀でたモノがないから、仕方ないって思っているみたい」

 

 姉と比べると勉強はできるが、兄に比肩できるほどではない。


「……そう言えば、あいつなんで部活辞めたんだ?」

「中学でバスケを始めたコに、あっさり負けたからって言ってたかな」

「あぁ、なる」

「そこで腐らずに頑張っていれば、自信に繋がったんだろうけど」

 

 部活動に入っていない。勉強も並み。

 となれば、生徒会に入るのは中々に難しい。

 エスカレート式に大学まで進めるからか、生徒会は人気であった。


「それでオシャレか」

「うん。なんでもいいから、あのコの隣に立って恥ずかしくない自分でいたいんだって」

「男なら、自分が生徒会長になるくらいの気概は見せて欲しいが」

「兄ちゃんにそんなこと言う資格はないでしょ?」


「悪い。そう、だな」

 晴朗太は素直に謝罪する。


「というか、兄ちゃんのほうが気持ちわかるんじゃない? 背が低いって、女子と男子で意味合いが違うんでしょ?」

「あぁ、全然違うな」

 

 男の身長は、女子でいうバストサイズに匹敵すると晴朗とは思っている。一六五未満はAカップ、一七〇未満はBカップ。


「わたしには意味わかんないんだけど、純くんは自分が好意を伝えることで、あのコを傷つけるんじゃないかって思ってるみたいなの」

「あいつくらい、顔が良ければ大丈夫だろ」

「ふーん。つまり、兄ちゃんにはその気持ちがわかるんだ」

「まぁ、な」

 

 現にそう思っているからこそ、晴朗太はオシャレを頑張ろうと決めた。

 今の冴えない自分が好意を伝えたところで、迷惑にしかならないと。


「偉いな、純朗のやつ」

 

 同じ背の低い男として、晴朗太は感心する。

 自分より背の高い――いや、優れた相手に恋をするなんて。

 それでいて卑屈にならず、並んでも恥ずかしくないよう努力している。

 とはいえ、兄として腹が立つこともあった。

 

(なんで、そこで勉強を頑張らないんだよ。それだったら、俺が教えてやったのに)

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