NPCの情報屋娘と、状態異常の戦士の恋。

ナユタ

◆NPCの情報屋娘と、状態異常の戦士の恋。◆

 今日もきっかり二十三時に彼はこの世界にやってきました。


 ログアウトする人達とログインする人達がひっきりなしに私に話しかけては、一度きりの会話を最後まで交わすことなくスキップしていきます。


 そんな中で彼だけは他のプレイヤーの方々と違い、スキップ機能も使わずに何度も私の話を訊いてくれるのです。


『こんばんは! 今日はどのクエストをご希望ですか?』


 街の玄関口に程近い場所でプレイヤーさん達にクエストの説明をするだけのNPCである私。酒場にいる他のNPCと違い身体にふくよかさを求められる場所に立っていないせいか、容姿も地味です。


 しかも説明出来るクエストはどれも初期レベルでも越せるような単体採取系クエストか、低レベルモンスターの討伐クエストだけ。さらにそれほど多くの数値を割り振られていないので、会話内容はほぼエンドレスとないない尽くしの私なのです……。


 彼は見たところこのオンラインゲームの中のプレイヤーさんなのですが、半年ほど前にこの世界にやってきてから誰とも組むことなく、毎日私の所へやってきては地味なクエストをこなしていってくれます。


 だいたいのプレイヤーさんがレベル十五を越した位で私の前を素通りして奥のお姉様方に話しかけるようになるのですが……。


 彼の職業は戦士。いつでも独りの孤高を愛するロンリーファイターです。


 いくら毎日ひたすら地味な作業プレイに明け暮れていると言っても、この所持金額と装備だけなら結構レベルの高いパーティーに加えてもらえそうなのに。


 以前採取クエストのアイテムを買い取る時に、うっかり関係のないアイテムを確認しないでダブルクリックしてしまった彼が、私にお花をくれたことがありました。


 普通なら無反応かと思いきや、運営側の気の利いた冗談のお陰で、


『うわぁ、嬉しい! 私、お花大好きなんです! ありがとう!』


 という反応を返せた時は嬉しかったなぁ……。


 あれ以来、彼の気が向いた時には色んな種類のお花をプレゼントしてくれるようになって凄く幸せです。ただの物珍しさからの行動でもばっちこい! です。


 その時のことを思い出してソッとプレイヤー情報を見ながらそんなことを考えてしまいましたが、いけませんね。私はただのNPC。せめて仕事をしっかりこなさなくては! そんな変わり者の彼ですが、彼の行動の中でも特に変わっている所を上げるとすれば――。


『それとも、傷の回復をされていきますか?』


 ログインしたばかりで何の怪我もステータス異常も見当たらないのに、私に「回復魔法をかけて欲しい」と言うのです。まぁ確かに私の唯一胸をはれることと言えば、運営側からの特権で与えられた無料で出来るこの全回復魔法だけなのですが……。


 今日も今日とて彼にそう言われた私は、他のプレイヤーさんには申し訳ないのですが数百倍以上の気持ちを込めて全回復魔法をかけます。


 光の粒子を模したエフェクトが彼を包み込んでありもしない傷を癒そうとしますが、もともと怪我の一つも負っていない彼のステータス値に変化なんてありません。それでも彼がわざわざ他のプレイヤーさん同士で交わすチャット表示で「ありがとう」と返してくれるだけで、私のこの作り物の胸は高鳴ります。


 幸せで、嬉しくて。もう彼の為だけに一日ここに立っていると言っても過言ではありません! ……そういうプログラムだとしても、です。


 彼がいつものように言葉を交わしてクエストを選んでくれるのを待つ間、私はいっそこのまま時間が止まれば良いのにと思います。


 彼がクエストに出かける背中を見送るのはとても寂しいですが――私が彼についてクエストに出かけることなど不可能ですから。


『どうかご無事な姿を見せて下さいね! 私もここからご健闘をお祈りしています!』


 そう言ってから地味な上に少ない表情グラフィックを誤魔化す為に、無理やり笑顔に見えるような大仰な動きを取って彼を送り出します。


 「行ってきます」と彼が答えてくれました。しばらくは消えずに漂う台詞の痕跡を見つめながら、本当はもっと動いたり笑顔を作ったりしてみたくなります。


 ――そんなことが出来っこないのは分かっていても。


 例えば私がNPCでなかったら。それとも運営側のサポートAIだったら。

 彼にプログラミングされた以外の台詞を言いたいです。

 ……彼と、話がしたいのです。



***



 今日も今日とて何の感慨もなく一日を生きた俺は、いつものように缶ビールと安いつまみを片手にオンラインゲームの世界にダイブした。


 はぁ、まったく……例え余命があと一月だとしても、もっとマシな人生はなかったのかよと自分をなじりたくなる。きっかけは半年前に会社で受けた人間ドックだ。確かにそのちょっと前から身体のダルさとか、胃のムカつきはあったけど――。


 病名としては珍しくない。でも若いのが致命的だった。酒はそれまで飲んだことがあまりなかったけど、そんなことは関係なかったらしい。仕事も続けられなくなった。もともとブラック会社だったから、あっさり解雇だ。


 それが無性に腹立たしくて、医者が止めるのも訊かずに飲み始めた。


 今は無駄な治療はせずに病院で受ける痛み止めで誤魔化しながら在宅――治らなくても治療中っていうのか? まぁ、言えるのは悲しむような家族がいなくて良かった、だ。


 どうしようもない。こればっかりは。ただ、俺に運がなかっただけで。


 そう思いながらゲームの中の“健康な俺”を走らせる。


 目指すのはいつも街の入り口付近に立っているNPCの情報屋の女の子だ。


 どうせ死ぬまでの暇潰しなのだからパーティーを組んでネットの友人を作るつもりもなかった俺は、彼女から単発のクエストを受けてそれをこなすソロプレイをしている。別に楽しくてやっているわけではないからそれで充分なんだよな……。


 とはいえ、毎回ちょっとした自虐ネタの為に彼女に全回復魔法をかけてもらうことにしている。今日も画面の中で彼女が魔法をかけてくれると、自キャラの周りに光るエフェクトが発生した。


 下らないことをしているとは理解している。だからNPCとはいえ、毎度付き合わせてしまう彼女には礼を言うことに決めていた。


 街の奥にいるNPCより性能が良くないのか、彼女はいつも大袈裟にはしゃいでくれる。その“元気一杯”という表現が俺は嫌いじゃない。


 以前採取クエストの時に茂みを探っていたら、なんとただの風景だと思っていた花が採れた。それで少し愉快になった俺は、買取の時に冗談で彼女にそれを渡してみたのだが……。


 予想通り、このオンラインゲームの運営側は遊び心があるのかちゃんと彼女が反応を返してくれた。最近では俺のように下らないことをする奴が増えたのか、たまに違う反応を返してくることまである。


 このオンラインゲームは最近配信されたばかりだが、そういった遊び心のある運営側の評判も良くてプレイ人口もなかなかのものだ。


 俺はふとカスタマイズセンターのページを開いて、あるメールを運営側に送ってみた。


 まぁ、こんなのはただの悪のりか冗談だと流されるだろうけど、急にやってみたくなったのだから仕方がない。メールの送信を済ませた俺は、今日もクエストのついでに彼女に送る花を探すことにした。



***



 彼が急にここへ来なくなってから、今日で半年が経ちました。


 私に話しかけるプレイヤーさん達は相変わらず、最後まで言葉を交わすことなくスキップ機能を使用します。


 でもそんなことは私も同じ。彼ともう言葉を交わすことが出来ないなら、私はただのNPCで構いません。というかですね、もう皆さん奥のお姉様方に話しかけてくれませんか? 


 きっと誰も話しかけなくなれば、運営側もここに立たせておくのが無駄と分かって私のことをデリートすると思うんです。


 彼がいないんです。

 彼が来ないんです。

 そんな世界に立ち続けるくらいなら、いっそ消されてしまいたい。


 スキップされるログを見送りながらぼんやりしていた私の目に、ふと向こうから見知った姿の戦士が近付いてきます。でもここで喜んでは早計です。だってこの半年間で同じ装備をした別プレイヤーさんを数人お見かけしましたから。


 ―――きっと、今回だってそうなんです。


 彼のような姿で近付いてきて、私との会話をスキップしちゃうようなプレイヤーさんなんです!


 そう考えた私はNPCらしくクエスト説明をしようと居住まいを正したのですが――。


 目の前に立ったその戦士は、私と同じNPCでした。

 

 でも、

 でも、ですね。


 スッと差し出された赤い花を見た時、私のNPCのカンが告げました。


 私は恐る恐る手を伸ばして、ソッと彼の身体に触れて……運営側のキャラクター管理情報に接続します。プレイヤー名は、間違いなく何度も覗いた彼のもの。


 扱いはNPCの――“街の入口付近に立つ情報屋の娘の恋人”と記載されています。


『この花を受け取って、これから言う台詞に“はい”と答えてくれると嬉しいんだが……』


 そう言うと、彼は私の手を取って目の前で片膝をつきました。突然街の入口付近で赤い花を持ったNPCのとる奇行に、周囲のプレイヤーさん達が何事かと立ち止まります。


 もちろん私も何事が起こっているのかなんて理解できません。彼がここにいること以外は、何も――どうでも良い。


『どうか、お願いだ。俺と結婚して下さい』


 一瞬これがバグなら、このまま世界がフリーズすれば良いのにと思いましたが……片膝をついたまま微動だにしない彼と違って周囲のプレイヤーさん達は大騒ぎです。


 「運営側のゲリライベントだ」とか、「何かのキャンペーンの告知とかじゃないの?」といったログが飛び交いますが、私にはもう彼しか見えません。


『返事を訊かせてくれないか?』


 そう、彼が言うのです。

 え? 私の答えですか?

 そんなの決まりきっているじゃないですか。


『私、ずっとここで、貴方を待っていました』


 運営側さんのちょっとひねりを利かせた台詞に周囲のプレイヤーさん達が一斉に「おめでとう!」「NPCに先越された!」「スクショ撮っとこうよ!」と大騒ぎですが――。


 私としてはストレートに『貴方が好きです!』くらい言わせて欲しかったんですけど!


 でもそれも……こうして彼に抱きしめられるギミックでその不満も帳消しにしてあげますね?


 抱きしめられた腕の中で、彼のNPCとしてのキャラクター管理情報の項目が“街の入口付近に立つ情報屋の夫”に書き換えられます。


 これでもうこれから私と彼が離れ離れになることはありません。


 この世界が終わる時まで、私達は――。


『『永遠の愛を、誓います』』


 誓いの言葉のその後は――不粋なことは聞かないで、ね?

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