第45話 遊園地②
「花奈さん、この常識のないキィキィ声のお猿さんって君の知り合い?」
大和は俯く花奈に、努めて優しい声で話し掛けた。
緊張と怒りで声が震えそうになるが、何とか抑え込む。
「結崎君・・・!?」
大和の暴言と突然名前で呼ばれた事に驚いた花奈は、俯いていた顔をはね上げて彼の方を向く。
彼女の目は潤みを帯びており、目元には涙が溜まっていた。
それを見た大和はもっと早く声をかければ良かったという後悔を
できるのなら殴り飛ばしたい。
しかし、理性が働き身体が行動する事を拒む。そもそも、大和は今まで人を殴った事がない為、相手を傷付ける事に躊躇いがあった。
それに下手に拗れても面倒なので、この場からさっさと離れる事が得策だと判断した。
「知り合いの訳ないか。じゃあ花奈違いかな。まあ、お猿さんだから人間の区別ができないし仕方ないね。」
人違いっぽいし、もう行こうか。
大和は精一杯の皮肉を言い放ち、花奈の手を取って離脱しようとする。
「何だとコラ!おい、逃げようとすんなよ!」
「地味男のくせにムカつく!」
もちろん2人が黙って見過ごすはずもなく、大和の言葉に反応して激昂し、行く手を遮るように立ちはだかった。
「へえ、人間の言葉が分かる賢いお猿さんでしたか。すごいすごい。」
「ああ!?殺すぞ!」
更に大和は2人を煽る。
ヒートアップした彼らの目にはもはや大和しか映らず、汚い罵声を浴びせ、男性の方に至っては今にも掴みかかってきそうであった。
その声が大きい為、周囲を歩いている人達が何事かと振り向く。
(今だ!)
「誰か助けて下さい!知らない人に脅されています!殺されます!」
タイミングを見計らい、大和はできる限りの大声で周囲に助けを求めた。
声に応じて周囲の視線は強くなり、近くのアトラクションにいた遊園地のスタッフは、こちらを見ながら無線で何かを話していた。
大和の大声でようやく我にかえった彼らは、周囲を見渡し、自分達が置かれている状況をようやく把握した。
「チッ、ハメやがって。次に
「卑怯だし、ちょーダサ。」
2人は捨て台詞を吐いて、周囲からの突き刺さる視線から逃げるように、早足で去って行く。
大和達も周囲の人々に迷惑をかけた事を詫び、一礼してから落ち着ける場所へと移動した。
フードコートに着いて休憩しているうちに、心が落ち着いた大和は、花奈を気遣う。
「西織さん大丈夫?落ち着いた?」
「うん。もう大丈夫だよ。迷惑かけてごめんね。」
花奈の方も落ち着いてきたようで、申し訳なさそうに謝った。
「迷惑だなんて思ってないよ。それに、ああいう奴らは嫌いだから、意趣返しできて少しスッキリしたし。
ただ、本当はもっとスマートに相手をギャフンとさせたかったけど・・・やっぱり格好つかなかったな。」
周りを巻き込むあのやり方で精一杯だったよ。
大和は苦笑しながら、声が裏返りそうだっただの、足がガクガク震えただの、その時の心情を面白おかしく吐露する。
「ふふっ。」
そこでようやく花奈の表情が崩れ、笑顔が戻った。
「結崎君はそう言うけど、とても格好良かったよ。助けてくれてありがとう。」
彼女は大和に感謝を伝え、柔らかく微笑む。
「あとね、結崎君には知って欲しいんだけどね。」
「うん?」
花奈は先程の女性とのいざこざに大和を巻き込んでしまった故の責任感から、彼女との因縁を打ち明けた。
大和の予想通り、先程の女性は花奈の高校時代の同級生であり、花奈が孤立する原因となった者であった。
高校2年時、先程の女性『三浦』と花奈は同じクラスであり、当時から気が強い彼女は学年全体の女子のボス的存在であった。
一方の花奈は、高校で奮起したものの元が引っ込み思案な事もあり、気が強く高圧的な三浦に対して苦手意識を持っていた。
それでも、花奈の丁寧な気配りにより、三浦と絶妙な距離を保つ事ができ、平穏な日々を送る事ができていた。
そんなある日、花奈は1人の男子から告白を受けた。
違うクラスであった為、花奈は彼をよく知らなかったが、彼の方はずっと花奈の事を見ていたらしい。
花奈は告白を断った。異性との交際に憧れはあったものの、まだよく分からなく、相手の事も知らないので臆したのだ。
そこまではどこにでもある青春の1ページなのだが、問題が1つあった。
当時の花奈は知らなかったが、告白してきた男子は三浦の片思い相手だったのだ。
片思い相手が告白したという情報はすぐに三浦の耳へと届き、嫉妬に駆られた彼女は花奈に嫌がらせを行い、最終的に孤立へと追いやったのである。
高校で一念発起せずに暗いまま過ごせば良かったんだけどね、どうしても自分を変えたかったんだ。
事の顛末を伝えた後、花奈は自嘲気味に呟いた。
そんな彼女の言葉を大和は優しく、そして力強く肯定する。
「そうか。悲しい事もあったけど凄く頑張ったんだね。それに、自分を変えようとする強い心も持ってるし俺は西織さんを尊敬するよ。」
「結崎君・・・。」
「さあ、この話題はそろそろ終わりにして、またアトラクションに乗りまくろう。
遊園地は楽しい思い出を作る場所なんだし、笑顔で帰らないとね。」
大和は手を叩いて話題を切り替える。
照れ隠しもあったが、何よりも花奈に笑顔でいて欲しかったからである。
初めての2人での遊園地、つまり初デートと言っても過言ではない。
本来であればお互いに良い思い出となるはずなのに、それをあんな奴らに掻き乱されて、嫌な思い出にさせられる事は我慢ならなかった。
「うん。いっぱい、楽しまないとね。」
大和の意図を察して、花奈も自分のほっぺたを軽くペシペシ叩いて気持ちを切り替える。
こうして2人は再びアトラクションへと繰り出した。
「いっぱい乗ったね。」
「ふふっ。たのしかったねえ。」
閉園時間になるまで遊び尽くした2人は遊園地を後にする。
「買い物エリアには行けなかったな。」
「今日は遊園地に全振りだったからね。そっちのエリアも広いし1日かかりそうだなあ。」
「西織さんさえ良ければまた来たいな。」
「っ!?も、もちろん良いよ!全然良いよっ!えへへへへ〜。」
花奈の過剰な喜びようを眺めながら、大和は心の中で安堵する。
数々のアトラクションを堪能した今、花奈の暗い雰囲気はスッキリさっぱり消え去ったようである。
満面の笑みを浮かべる彼女を見て、大和も幸せな気持ちになり、充実感で心が満たされた。
しかし、気分良く駅へと向かう2人の前に影が立ちはだかる。
「遅いんだよ、クソ野郎。」
姿を現したのは、遊園地で絡んできた三浦と、つっ君と呼ばれていた男性であった。
遊園地で見下していた大和達に恥をかかされた逆恨みから、帰りを狙い襲撃しようと待ち構えていたのだ。
2人はイライラと恨みを込めた目で大和達を睨みつける。
電車じゃなくて車で来てたらどうしてたんだろう?もしかしてあれからずっと待ってた?
様々な疑問が脳裏に浮かんだが、全てを引っ
「本当に知能はお猿さんですね。」
「ああ!?ふざけやがって!殺す!!」
「つっ君もうアイツらやっちゃってよ!」
大和の言葉を引き金に、怒りが限界にまで達したつっ君は、怒号と共に彼へと殴りかかった。
「っ!」
大和は突然襲いかかってきたつっ君に驚き身を固くした・・・のではなく、自然と迎撃体勢をとっていた。
つっ君の大振りな右ストレートをかわした大和は、彼に肉薄した状態で右手をまるで剣を持っているかのように握り締め、右下から斜め上に勢いよく振り上げる。
その動作に躊躇いはない。大和もまた昼間の出来事を思い出し、彼らに対して怒りが限界に達していたのだ。
見えない剣はつっ君の身体をすり抜け、握った拳が鋭く顎下を打った。
「うぐっ!?」
急所の1つである顎に攻撃を当てられたつっ君は仰け反り、呻きながら2、3歩後ずさる。
追撃とばかりに足をかけて転倒させた大和は、彼の頭部目掛けて足を勢いよく振り降ろした。
ー ダンッ! ー
仰向けに倒れて呆然としているつっ君の顔の数センチ横の地面を大和の足は踏み付けていた。
彼らに対して怒っている大和であるが、積極的に害したい訳ではない。
また、反撃中も怒りに呑まれる事はなく常に冷静であった。
「自分から突っかかってきて為す術なく返り討ちにされるなんて、最高にダサいですよ。」
大和は未だに呆然と倒れているつっ君を見下ろすと、その心にもトドメを刺す。
「もう花奈さんには関わらないで下さい。」
傍でへたりこんでいる三浦にも釘を刺し、2人を残して大和は花奈を連れて駅へと向かった。
「今日はドタバタした1日だったね。」
「そうだね。でも、たくさん遊べたし、最終的に過去に決着もつけられたし良かったよ。」
電車の中、大和達は今日の出来事の話で盛り上がる。
「これも結崎君のおかげだよ。ありがとう。」
「俺はしたい事をしただけだから気にしないで。」
「それでもだよ。ありがとう。お礼はまたするね。」
「お礼もいらないよ。友達なんだし。」
「友達かあ。じゃあさ、結崎君も困った事があったら言ってね。力になるから。」
「ああ、もちろん。頼りにしているよ。」
色々話しているうちに、気付けば電車は大学の最寄り駅近くまできていた。
「もうそろそろで着くね。結崎君は今日PAOにログインするの?」
「今日は疲れたし、また明日かな。」
「それじゃあさ、明日は一緒にプレイしようよ。」
「分かった。良いよ。」
「やった!じゃあログインするタイミングはまた連絡するねっ。」
明日の約束を取り付け喜ぶ花奈達を乗せた電車は、タイミング良く2人が降りる駅に着いた。
「あ、あのね!」
別れ際、花奈は大和を呼び止める。大和が彼女の方を見ると、顔をほんのりと染めて緊張した面持ちであった。
「どうしたんだい?」
何かあるとみた大和は優しく訊ねる。するとその優しさに後押しされた花奈は意を決して今日抱いた願いを口にした。
「三浦さん達に絡まれた時、私の事を名前で呼んでくれたよね?
もちろん、みんなの気を引いて私から意識を外す為だった事は知ってるよ。それでもね、やっぱり嬉しかったんだ。名前で呼んでもらえた事が。特別な友達みたいで。
だからね、嫌じゃなかったらまた私の事を名前で呼んで欲しいの。・・・駄目かな?」
彼女の精一杯の願いを聞いた大和は思案する。否、思案するまでもなく決めていた。
異性を仲が良いとはいえ、名前で呼ぶのは気恥しさがある。
逆にいえばそれだけだ。
そして、それは彼女の名前呼びを拒否する理由になどならない。
「分かったよ、花奈さん。」
「あっ、あ、ありがとう!」
照れ笑いながらの名前呼びであったが、花奈の表情は喜びに満ち溢れていた。
犬であれば全力で尻尾を降っていたに違いない。
更に2、3言、言葉を交わした2人はそれぞれ帰路につく。
「それじゃ、またね、花奈さん。」
「うん。またね、おやすみ、や、大和君。」
しばらくの間、大和の顔は赤く染まった。
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