第34話 知仁武勇
「ねえ、ユウ君。」
押し寄せてくる敵兵の津波を前にして、ニカがそれから視線を外さないまま、緊張した声で話し掛けてきた。
「何だい?」
ユウは努めて優しく返事する。
ただ、視線は彼女と同じく敵兵に向けたままである。
たとえこれがゲームであって、現実では死なないと分かっていても、押し寄せてくる敵の大軍を前にしては、本能的に命の危険を感じてしまう。
ニカもまた、迫り来る恐怖を前に、それを少しでも和らげる為に話し掛けてきたのだろうとユウは予想した。
「あのね、もし私が1位になったらね、その時は・・・頭・・・なでなでしてくれる?」
「もちろんだ・・・え?」
しかし、ニカの言葉は予想の斜め上をいっていた。
「やった!約束だよっ?それじゃ、頑張っていっぱい倒してくるね!」
良い返事をもらえたと判断したニカは、困惑するユウをよそに、先程醸し出していた緊張感の欠片もない軽い足取りで、2、3歩助走した後、ランスを構えて突撃していった。
「何かニカさんイメージ変わったなー・・・。」
彼女の後ろ姿を見送ったユウも緊張の糸が切れて脱力してしまう。
「まあ、楽しんだ者勝ちだしな。」
ニカとのやり取りを思い出し、小さく笑ったユウは、剣と盾を構え直して迎撃態勢を取った。
幸いにも敵には弓兵がおらず、全員が剣を手に攻めてくるようである。
本来なら矢の雨を降らせ、敵の戦力を削ぎ落としてから突撃するものだが、それだとプレイヤー側に厳し過ぎると運営が判断したのだろう。
ユウが現在いる位置はプレイヤー達の真ん中辺り、ニカやアーサーが突っ込んでいった前線より少し後ろである。
その場所で前線のプレイヤーが討ち漏らした敵を相手するつもりであった。
つもりであったのだが・・・
「マジか~・・・。」
目の前に広がる光景にユウの開いた口が塞がらない。
彼が目にしたのは、敵陣のど真ん中を駆け抜けていく黒い一筋の彗星。その正体はニカ。
彼女は凄まじい突進力を以て、兵の中を文字通り突き進む。
敵である『砂漠の兵』は全員布製の防具であり、お世辞にも防御力が高いとはいえず、ニカのランスで身体を貫かれる度に光の粒子となって散っていき、その光はまるで彗星の尾のように彼女の後を追う。
やがて、ニカは敵陣の横断に成功し、軍隊を見事真っ二つに分断させた。
それだけでも驚愕なのだが、分断された左側の敵陣を、アーサーが強襲した際の光景はそれ以上であり、もはや脳の処理が追い付かなかった。
彼は
ー ジュゥウウウウウウ!! ー
彼らが光に飲み込まれた瞬間、何かが焼ける音が鳴り響き、光が通り過ぎた跡には、そこにいたはずの敵兵の姿が消えていた。
5000人近くの味方が一瞬で蒸発した光景を目にした敵兵達だが、その表情に恐怖や動揺といった感情は映らず、トりスタン達の遠距離攻撃に射ぬかれようと、変わらず進軍を続ける。
やがて、ニカやアーサーに追い付いたベルが頭上から魔法攻撃を開始し、クロードや田中@量産型、他のプレイヤーも、遅れを取るまいと左右の敵陣へ斬り込んでいった。
我に帰ったユウも迎撃する予定を変更し、他のプレイヤーに習い、打って出る事にする。
現在『砂漠の兵』は8000人程減ったが、それでも、残りはまだ2万2000近くいる。
制限時間も残り1時間30分程ある。
今からでも挽回は可能であった。
「まずはニカさんと合流しよう。」
彼女は相変わらず敵陣を縦横無尽に駆け抜けているが、光の尾を引いているので見つけやすい。
ユウは光を頼りに敵陣へと突っ込んでいった。
「ハッ!」
ー ヒュンッ ー
「フッ!」
ー ズシャッ! ー
ユウは砂漠の兵のショーテルを避け、お返しに胴体を斬り払う。
『初心者片手剣オーバーコート』の切れ味は健在で、敵兵は上下に分断され消滅した。
息つく間もなく、新たに斬りかかってきた敵の腕を盾で殴り飛ばし、無防備となった身体を斬り裂く。
戦い始めて数十分。肉体的な疲れはないが、精神的に疲労が徐々に蓄積されていく。
砂漠の兵が装備している武器はいずれも『ショーテル』という名の剣であり、刃が半月状に大きく歪曲しているのが特徴である。
この歪曲した刃は盾を持つ相手に有効であり、たとえ盾を構えられても、それを越えて刃が相手の身体に当たるのだ。
つまり、盾を有するユウと相性が悪い武器である。
彼は盾をまともに使用する事ができない戦いを強いられていた。
相手のレベルと防御力が低いのと、ユウの剣が強いのが不幸中の幸いである。
『
アーサーやニカは言わずもがな、その他のプレイヤーにも討伐数は劣っているが、それでも着実に少しずつ討伐数を増やしていった。
慎重に斬り進んでいたユウは、ついに砂丘の上に立つニカの姿を捉える事ができた。
ユウは彼女がいる砂丘を見上げると、今まで以上の速度で駆け上がっていった。
そこに、先程までの慎重さはない。
彼女もユウに気付いたのか、周囲の敵を屠りながら彼へと手を振る。
そして、『それ』は音もなく舞い降りた。
「え?ーー」
ニカの背後に降りたった『それ』は布製防具の上から鎧を纏った男であり、他の砂漠の兵とは一線を画す存在であった。
ニカは完全に反応が遅れてしまっている。
男は流れるような動作でショーテルを薙ぎ、ニカの頭部と胴体を分けようとする。
ー ガキィイイイイイイン! ー
ギリギリのタイミングで間に合ったユウは、男とニカの間に身体を割り込ませ、盾でショーテルの刃を受け止めた。
刃と盾が衝突し火花を散らす。
ショーテルの斬撃に押し負けたユウは、その場から数メートル後退させられた。
「くっ!?ニカさん!距離をとって!」
明らかに格上の相手であると認識したユウは、ニカへ注意を促す。
男は既にニカを意識の外へ追いやっており、その赤く鋭い眼光をユウへと向けていた。
「さあ、お前の知仁武勇を示してみろ。」
鍛えぬかれた戦士の顔をした褐色肌の男、『アラジン』は、高らかに宣戦し、月光の下で美しく輝くショーテルを構えた。
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