第16話

「申し訳ないのですけれど、あなたを同行させるわけにはいきません」

「え? 何で?」

「そうですか」

「納得しちゃうの!?」

「いえ、納得はしていませんが」


 理解は出来ます。そう言って彼女は小さく溜息を吐いた、が、表情が殆ど変わらないのでどうにも読み辛い。そんなことを思いつつ、エミリーはトルデリーゼに視線を向けた。それで結局どういうことだ、と。


「エミリーさん、この人は執政官、今私達が害そうとしている聖女教会、そのトップの一人よ」

「はい。言うなれば敵ですね」

「何で乗っかるの!?」


 先程から完全にツッコミ役になっているエミリーだが、しかしとりあえず言いたいことは分かったと頷く。聖騎士達を束ねる立場の人間ということは、十中八九魔物に敵対する立場だ。今の二人はカサンドラの援護に向かう身、彼女を連れて行っても障害が増えるだけで何も得をしない。


「まあまあ。確かにここに来やがった聖騎士とここの神官長はあなた達の敵かもしれません。か、ぶっちゃけジゼルの敵もそいつらなので」

「……どういうことでしょうか?」

「あのクソヤローどもはジゼルの許可を得たことにしてここに来ています。事後承諾で来やがりました。許せませんよね。ジゼルは激おこのむかぷんなのですよ」


 表情を特に変えずに淡々と述べているので、本当に怒っているのかいまいち分かりづらい。が、とりあえず嘘を言っているようには見えない。そう結論付けたエミリーは、そういうことならと折れようとした。が、その前にトルデリーゼに止められる。

 今その瞬間はいいかもしれない。だが、その事態が解決したら? 聖騎士達を片付けたその次は? 魔物を討伐すると言い出さない保証はどこにある? 口には出さないが、彼女の視線は間違いなくそのことを指摘していた。開きかけた口を再度閉じたエミリーは、その代わりに空気を吐き出しコクリと頷く。


「ジゼルさん」

「はい。何でしょうか聖女様」

「ジゼルさんにとって、魔物は何? 倒すべき敵? 憎むべき相手? それとも」

「別に何も」

「――は?」


 意を決して出した質問、それに対する答えがあまりにもあまりにもだったため、エミリーの動きが思わず止まる。今この人なんつった、そんなことを思いながら隣を見るが、トルデリーゼもそれを聞いていたようで怪訝な表情でジゼルを見ていた。


「聞こえませんでしたか。それはすいません。ではもう一度」

「いや聞こえてたよ!? ちょっと何言ってるか分かんなかっただけで」

「分かりませんでしたか。では言い方を変えます。ジゼルは別に人とか魔物とかどーでもいいです」

「執政官なのに!?」

「執政官だからです。小娘だからってジゼルを嘗め腐ってるような連中ばかり山程見たので、割とそういう奴らを守る気ゼロゼロです」

「世知辛ぇ……」


 思わず口に出た。エミリーはジゼルをじっと見詰め、そしてうんうんと頷く。そうした後、トルデリーゼに目を向けた。その視線の意味に気付かない彼女ではない。本当にいいのね、とエミリーへ念を押した。


「ねえ、ジゼルさん」

「何でしょう、聖女様」

「……とりあえず聖女様ってのやめてくんない? あたしぶっちゃけ聖女教会にとっちゃ確実に排斥されるタイプの聖女なんで」

「魔物と仲良く、ですか?」

「んーにゃ。あたしは好きな人を大切にするだけの聖女。世界滅んでも好きな人優先」

「世界が滅んだら好きな人も滅ぶと思うのですが、空気を読んで言わないでおきます」

「言ってる言ってる!」


 例えだよ例え、とエミリーは顔を真赤にさせながら手をブンブンとさせる。多分実際は、そう言いつつ好きな人のために世界を守るのも良しとする、そういうタイプだ。世界を守るために好きな人を犠牲にすることだけは絶対にやらないというだけで、それをするくらいなら滅びろ世界というだけで。

 とりあえずそういうわけだから、自分はそちらにとっての聖女ではない。そう再度彼女に述べたが、当のジゼルは、はあそうですかと流すのみ。あまりにも簡単に流されたので言ったエミリーが困惑するほどだ。


「え? いいの?」

「先程も言いましたが、ジゼルはぶっちゃけどうでもいいです。というか、むしろ聖女様の考えの方が好みです。好きな人だけ守る、いいですね、しっくりきます」

「いや、だけじゃないかんね。最優先とか最重要ってだけで、余裕あったら一応そうでない人も守るよ?」

「細かいことは気にしない方がいいです。それで、聖女様でなければ何とお呼びすれば?」

「……名前で、お願いします」


 こんなキャラだったかな、とゲーム内でのジゼルを検索したが、無口系のキャラだったのであまりテキストがなかった。設定資料集では不思議系とかマイペースとか書かれていたのは見たし、それを踏まえた二次創作では無口クールみたいな扱いだったのも覚えている。

 ギリギリ間違ってないか、と思いつつも、カサンドラの時と同じ轍を踏まないよう英美里の記録は参考に留めることにした。ゲーム内では聖女に肯定的でこちらの味方であったからというだけでは無条件で信用はしない。あくまで参考だ、参考にしつつ、さっきまでの会話とこのやり取りで出した結論は結局同じ。


「ではエミリー様」

「様もやめて」

「エミリーさん。何でしょうか」

「ようやく話進んだ……。あたしの仲間になる気はない?」

「いいですよ。ではこれからよろしくお願いします」

「あっさり過ぎんだろ!?」

「好きな人を守る、が気に入りました。そしてジゼルはあなた達が結構好きです。だから問題ありません」

「お、おう……」

「私も入れられているのね。手間が省けていいけれど」






 紆余曲折あったが、とりあえずジゼルがエミリー達側に加わったことでメンバーは三人となり、目的地へ向かいながらある程度の情報共有を行っていた。とりあえずこれから向かう場所、である。やってきた人数の関係や、恐らく大人数の前で断罪を行いたいという目論見を考えれば、謁見室ではなく謁見の間の方に集まっているはずだ。その辺りでてんやわんやしている護衛騎士に確認も取ったので間違いはない。

 そして、神官長の狙いは間違いなくカサンドラ。聖騎士の要請の理由が王太子に親しいものが魔物であるのであぶり出しをしたいというのであったことからも明らかだ。


「しかし、王太子の婚約者殿が魔物、ですか」

「何か文句が?」

「いいえ。ジゼルは祝福しますよ。いいじゃないですか、ラブラブなのは結構なことです」

「いいんだ……」

「実際に会ってはいないので、その辺りは後からですが。それより問題なのは」


 カサンドラに繋がっている、あるいは全く別の魔物の刺客。後者は前回の討伐で限りなく低いと分かっているので、現状の心配は前者。この状況を使い、魔物の刺客が何かをしてこないかどうかだ。


「ジゼルさんの話を聞く限り、ぶっちゃけ神官長の暴走は魔物スパイと関係なさそうなんだよなぁ……」


 ううむと頭を掻く。それに対し、そんなことはないと反論したのはトルデリーゼだ。暴走しやすいということは、意図的に起こすのも簡単であるということなのだから。そう言いながら、ジゼルを見た。


「そうですよね、ジゼル執政官」

「その可能性もありますね。後堅苦しいのでもっとフレンドリーにしてください。そもそもジゼルの方が年下です」

「え? ジゼルさん何歳?」

「十六ですが何か?」

「マジかよ!? あ、じゃあトルデリーゼさんがこの場で最年長じゃん」


 英美里の魂は十九だがエミリーのボディーは十七歳相当なので、齢十九のトルデリーゼが一番年上だ。尚、クリストハルトとカサンドラも同い年である。

 閑話休題。


「んで、神官長の暴走は魔物がそそのかしたからかもしんないってことは」

「そう仮定した場合。恐らく目的は聖女と用済みの裏切り者を同時に始末することね。ついでに殿下や王国に爪痕を残せれば万々歳といったところかしら」

「よくばりセットですね」

「いいえ。そうは言ったけれど、まさか向こうも全てうまくいくとは思っていないはずよ。第一目標は用済みの始末でしょう」

「カサンドラ様ぶっ殺すために、ってこと?」

「ええ。そして、それを聖女にやらせるつもりでしょうね」


 魔物側がエミリーとカサンドラの仲が良かったことは恐らく把握済み。それを踏まえ、聖女に友人を裏切り者として殺害させることで心に傷を付けようという腹積もりだ。


「……ん? じゃあひょっとしてカサンドラ様が最近避けてたのって」

「いえ、それは普通にこの間の討伐でのあれこれで落ち込んだだけね。あの娘肝心なところ抜けているから」

「ドジっ娘なのですね。ジゼルは俄然興味が湧いてきました」


 ほほう、とやる気なさげな無表情の割に目を光らせてこちらを見る辺り、ジゼルはただ単に顔に出にくいだけなのだろう。そんなどうでもいいことを確認しつつ、エミリーはトルデリーゼの言っていた魔物の作戦をもう一度反芻する。


「作戦失敗確定じゃん」

「そうね」

「エミリーさんはカサンドラ嬢を害する気ナシナシですからね」


 少なくとも目標の完全達成は不可能。向こうが作戦時に指示を出せる状態でなければ、このまま突っ込んでいって終わりだ。そんな楽観的な考えまで浮かんでくる。

 が、それを打ち消したのはジゼルだ。確かに相手の作戦はそうだったかもしれないが、そうでない場合もきちんと想定しなければならない。そんなことを言いながら人差し指をクルクルとさせた。


「例えば、というかこれはジゼルの経験則ですが。神官連中の聖女信仰で頭パンパンの連中は、間違いなく魔物を殺すのに全力です」

「聖女様がやらないならばこちらで、とカサンドラを始末しにかかるということね」

「はい。そして多分、そのために何か準備してる可能性もアリアリです」


 《星見の手鏡》辺りだろうか、とジゼルは続けた。それを聞いたエミリーが目を見開く。それを使うということは、と小さく呟く。


「おや、流石は聖女様ですね。効果を知っているのですか」

「あー、うん。聖女の記録あるから。ってそうじゃなくて、急がなきゃ!」

「ちょ、ちょっとエミリーさん。どうしたのよ」


 足に力を込め、一刻も早く謁見の間へと向かおうとするエミリーをトルデリーゼが呼び止めた。その声を聞いて振り向いた彼女は、しかし足を早めるのはやめずに声を出す。

 《剣聖の乙女アルカンシェル》での《星見の手鏡》は特殊消費アイテム。教国で手に入る数量限定アイテムであり、その効果は魔物の正体看破と弱体化。魔物戦で使用すると強烈なデバフがかかるが、最初から魔物状態の相手との戦闘中では効果が落ちるという若干のフレーバーアイテムであった。その説明文には過去の聖女の力を封じ込めた手鏡であると書かれている。そして資料集によると、その封じ込められた力というのが、カサンドラのイベントで聖女が使ったそれと同じであるとなっていて。


「ドラ様が危ない!」


 聖女がいなくとも、ゲーム内のイベントを発生させられる恐れのあるアイテムだ。勿論あのシナリオと同じになることはないかもしれない。だが、その可能性もゼロではないし、なによりその場に自分がいなければ止めるものも止められない。

 その言葉でトルデリーゼもスピードを上げる。エミリーが慌てるということは、先程口にした彼女の中にある聖女の記録に関係する。そのことを導き出し、彼女の言葉があながち嘘ではないと判断したのだ。

 そしてもう一人も、そういうことならと自身の杖を取り出した。


「うぇえ!?」

「どうしました?」

「それ、メリュジーヌ……!?」

「こっちもご存知ですか。はい、ジゼルの愛用武器、双操杖のメリュジーヌです」


 片方の先端には幅広の両刃がついた戦斧、もう片方の先端にはモーニングスターのような棘付き鉄球。どこをどう見ても『杖』ではない。が、これも特殊カテゴリ《双操杖》の一つだ。勿論マスタリーは斧系と鈍器が適用される。普通に考えれば魔法使い系が装備するものではないのだが、ことジゼル・ラ・トゥールに至っては別だ。神官なので支援魔法は一通り使えるものの、彼女の特化属性は打撃、俗に言う殴りプリーストという輩なのである。これを手に入れたプレイヤーは喜々としてジゼルに装備し、自身にダブルバフを掛けてひたすら殴るという脳筋プレイに暫し興じる。


「では、急ぎましょう。《スピードアップ》」

「へ? うぉぉぉ!?」

「ジゼルさん、少しやり過ぎでは?」

「二倍かけました。シュバッと着くにはこれが一番です」


 そう言いながら速度強化された足でジゼルは風のようにすっ飛んでいったエミリーを追いかける。あっという間に引き離されたトルデリーゼは、まったくもうと小さく溜息を吐きながら同じように足に力を込めた。軽くなった体はすぐさま最高速に達し、高速で走る二人に迫るように駆けていく。そんな三人は王宮を吹き抜ける謎の風としてその後少しだけ噂になったとかならなかったとか。

 ともあれ、最初のグダグダを差っ引いても、事態がそこまで動く前に謁見の間へと辿り着けたはずだ。そんなことを思いつつ、エミリーは閉じられていたその扉を。


「あれ? 開かない」

「邪魔者は締め出すってことかしら。でも、聖女はここにいるのにそれも変ね」

「おおかた神官長達が自分に酔って暴走しているのでしょう。時間もありません、無理矢理入ります」

「りょーかい」

「……そうね。手段は選んでられないわ」


 ジゼルがメリュジーヌの戦斧部分を振りかぶり、エミリーも聖剣を取り出し肩に担ぐ。そしてトルデリーゼは扉を呪文で硬さを下げ。


『ぶっ壊す!』


 盛大な破壊音と共に、謁見の間の大扉は木っ端微塵にされた。

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