[2] オーデル河への突進

 国民社会主義ナチズムの危機は国防軍にも影響を及ぼしていた。十分に冷酷で思想が堅固な軍指導者を任命して、東部戦線で第三帝国の防衛に当たらせれば全てが好転するだろう。ヒトラーは独り合点していた。

 1月24日、ヒトラーは崩壊したポーランド中部の防衛線を立て直すためにヴァイクセル軍集団を新設して同軍集団司令官にSS帝国指導者ヒムラーを任命した。この決定を聞いたグデーリアンは我が耳を疑った。

 陸軍参謀本部のアイスマン大佐は同日にヴァイクセル軍集団の作戦主任参謀として、同軍集団司令部が置かれたシュナイデミュールに向かうよう命じられた。アイスマンがシュナイデミュールに到着すると、司令部はヒムラーの特別列車「シュタイアーマルク」号の中に設置されていた。ヒムラーに挨拶を済ませ、アイスマンはさっそく防衛作戦の検討に入った。ヒムラーがアイスマンに見せた作戦地図は少なくとも24時間前の戦況を示すものだった。アイスマンは質問した。

「この間隙を埋めて戦線を立て直すために、どういう手を打たれたのですか?」

 ヒムラーはヒトラーの内容空虚な決まり文句をオウム返しにして「即時反撃」や「敵の側面に対する攻撃」と答えた。その答えには基本的な軍事知識も欠如していた。アイスマンは戦闘能力を維持している部隊をどれだけ使えるのかと尋ねたが、ヒムラーは全く把握していなかった。これまで数々の失態をじかに見てきた参謀本部の将校にとってさえ、「ヒトラーの旗本」の無能と無責任ぶりは想像を絶するものだった。

 1月26日、ヒトラーはヴァイクセル軍集団と中央軍集団(1月25日、A軍集団より改称)の作戦地域に変更を加えた。ヴァイクセル軍集団は中央軍集団から第9軍を与えられて、防衛線の南翼はオーデル河畔のグロガウにまで延長した。東から直接ベルリンに向かう接近路を防衛する責任はヒムラーが負うこととされた。

 1月29日、第9軍と第4装甲軍に所属していた敗残兵たちがオーデル河沿いに展開した友軍陣地にたどり着いた。敗残兵たちはただちに防衛線を支えるために戦闘に駆り出されたが、すでに多くの戦区で突破口が開けられてしまっていた。東翼で包囲された部隊は後続のソ連軍に掃討されてしまった。

 1月30日、第1白ロシア正面軍はメゼレッツの要塞地帯を突破してオーデル河を射程圏内に収める線まで進出した。午前7時半、ヴァイクセル軍集団司令部にランツベルク街道が「敵の戦車でいっぱいになった」という報告が届いた。偵察機が慌てて出発した。

 ヒムラーは態勢を立て直すため、ティーガー戦車1個大隊を列車輸送で単独派遣すると言い張った。参謀たちの反対にも聞く耳を持たなかった。その輸送列車がソ連軍の戦車部隊から砲撃を受けた時、ティーガーがまだ列車に固定されたままだった。列車はなんとか退避してキュストリンまで後戻りできたが、大隊は大きな損害を被った。

 1月31日、第5打撃軍は凍結したオーデル河を渡ってキュストリンの真北に小さな橋頭堡を確保した。第1親衛戦車軍も第4親衛戦車旅団(グサコフスキー大佐)が攻撃発起点から400キロのキュストリン付近でオーデル河に達した。予定より2週間も早く作戦目標に達したソ連軍の狙撃師団はオーデル河とゼーロウ高地の間に広がる凍結したオーデル湿原に塹壕を掘り始めた。この事態に狼狽したヴァイクセル軍集団は十分な反撃兵力をかき集めるまでに時間がかかった。

 2月1日、ドイツ空軍機がオーデル河上空に飛来して掘ったばかりの塹壕や対戦車砲陣地に猛爆を浴びせた。薄い氷が張る河面を渡る第8親衛軍は不利な態勢に置かれたが、それでもオーデル湿原全体を一望できる高地―ライトヴァイナー・シュポルンを奪取するため前進した。この時ようやく、ヴァイクセル軍集団に強力な増援兵力が到着した。

 2月2日、第506SS重迫撃砲大隊が橋頭堡の先端に対して3日間昼夜の別なく1万4000発の砲弾を発射した。「クーアマルク」装甲擲弾兵師団もオーデル湿原の防衛線に投入された。

 2月4日、「クーアマルク」装甲擲弾兵師団からⅤ号戦車「パンター」を補充されたばかりの1個大隊がライトヴァイナー・シュポルンを攻撃するよう命じられた。しかしこの反撃は散々な失敗に終わってしまう。雪解けが始まり、丘の泥だらけの斜面で立ち往生してしまったのである。第1白ロシア正面軍の前進も停止した。先鋒部隊が兵站上の限界に達したため、戦力が低下していた。ソ連軍がオーデル河に確保した橋頭堡はこれまでの橋頭堡とは意味合いが異なっていたのである。

 オーデル河の橋頭堡はベルリンまで直線距離で70キロの地点にあったのである。

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