第6話

 謎の錬金術師アルケミストが二刀流に切り替えたことにより、両社の戦いはより苛烈さが増した。


 けれど、どういうわけか。錬金術師もインディスはどちらも傷も付かず、戦いは長引くばかりだった。


 途中で錬金術師アルケミストが生み出したダガーが何回も折れてしまったが、その度に新たなダガーを生み出すため勝負は一向に決着つかなかった。


「…てめぇ本当に駆け出しの錬金術師か?こんだけ折れても武器を生み出すとはな…」


「何が言いたいのだ?ダークエルフ?」


 相変わらずのすました態度だ。


 信じられないことだが、どうやらまだこの錬金術師は本気を出してないように感じられた。


「ふん、どういう方法でステータスを偽造したのか知らないけどよ…わかった、聞いてやるよ。てめぇ何者だ?」


「ただの錬金術師だが?」


「ふん、そういえば納得すると思ったのかよ?錬金術師の分際で戦士の真似事。挙句に無尽蔵に生み出されるありふれた武器。冒険者最強職と言われる忍者であるこのインディス様に対するなかなかの侮辱だぜ。しかもだ。てめぇ、まだ本気出してねぇんだな」


 インディスはそう静かに怒りを見せると、魔力を放出させて手裏剣を構えた。


「本気を出さねぇと言うなら、出させてやるよ!このインディス様の奥義をもってな!」


 言葉を荒げながら、インディスの目に怒りの炎が溢れていた。


 それでも錬金術師は澄ました態度を崩さなかった。


「そうか、では私は止めはしない。いずれは越えねばいけない相手だ。君たちのボスであるステルベンに伝えろ。お前の天下は終わりだ、と」


 明らかさまな挑発だ。


 ただ、サキは両者の戦いをただ見守っていた。


 その時だった。


 ソウマはあまりの二人の壮絶な戦いに圧倒されていたのか、思わずがさっと動いてしまった。


「誰だ!?」


ーー!?まずい、気づかれた!


 ソウマはそれを察すると、素早くその場から逃げた。


「冒険者!?」


「そのようだな、どうやら、先ほどから我々を見物していたようだな」


 驚くサキに対し、錬金術師はそこまで驚いた素振りを見せなかった。


「・・・ちっ!ああ、くそっ!次から次へとハプニングかよ!この勝負預けた!」


 インディスはそう言うと近くの木の枝に飛び乗ると、ソウマを追いかけ始めた。


◇◆

 ソウマは全力でその場から逃げた。


 インディスの実力は知っている。もし、自分と戦いになれば、明らかにあちらが優勢だが何とか夜明けまで戦うことができるだろう。


 自身の感情と相まり雑な戦いになるかもしれないが、それでも彼女の実力はわかっていたため、向こうも疲弊していることもあり、そう考えた。


 問題はあの謎のコンビだ。


 異世界から来た少女は未知数の実力者であるが、あの男は確実にまずいだろう。


 勝負になれば、エリックと同じように冒険者生命を絶たれるかもしれない。


ーーエリックはほんの二週間前に“白”級の冒険者によって、四肢を完全に破壊され、心も砕かれた。正体を隠しているあの冒険者が追ってきたら不味い。


 だが、追いつかれるのも時間の問題だった。


 彼を追っていたインディスが上空から強襲を仕掛けてきたのだ。


「!?」


 咄嗟にソウマはかわした。


 インディスは立ち上がり、ソウマの方を見ると唾を吐いてこう言った。


「・・・誰かと思えばニーベルリングの坊ちゃんじゃねぇかよ。久しぶりじゃねぇか」


「・・・インディス!!」


 ソウマはインディスの姿を認めると、腰の村正を引き抜き構えた。


 インディスはその姿を見ると、鼻で笑い手裏剣を構えた。


「はっ、貴族の坊ちゃんが。いっちょ前にこの私と殺りあおうっていうのか?上等じゃねぇかよ」


 インディスはそう言うと、思い切りソウマに切りかかった。


 最初の何合かは太刀打ちできたソウマであったが、相手は歴戦の冒険者だ。


 次第に防戦一方になり、自慢の村正の弾き飛ばされてしまったのだ。


ーーしまった!


「はっ、少しは腕は上がったのか?てめぇに恨みはねぇが、これで終わりだ!」


ーー!クソッ、やっぱり実力差が大きかったのだ。


 それは当然だろう。一般的なそこそこな冒険者である“紅”級であるソウマに対して、インディスは一般冒険者最高峰と言える“銀”級だ。


 実力差は明白だ。


 彼は慌てて呪文を唱えようとしたがもう遅い。


 手裏剣が彼を心臓を貫こうとした瞬間だった。


「そこで何をしているのですか」


 突如として、何者かがそれを制止した。


「ちっ…次から次へと…、今度は誰だ!?」


 インディスも次から次へとやってくる招かざる客に苛立っているのだろう。


 長期にわたる探索に苛立っているのか、彼女の怒りの矛先は暗闇から謎の声に向けられた。


 そうしている間にも彼女がそちらに気が取られている隙にソウマは地面を蹴って移動し、先程弾き飛ばされた村正を素早く回収した。


「そうイライラせずとも出てくるわい、ダークエルフよ」


 そう言うと、暗闇から4人の人物が姿を現した。


 インディスの天敵である『善』の冒険者たちだ。


 エルフのエゼルミアにドワーフのウォンダル、ドラゴニュートのアレックス。そして、聖女として国より派遣されたルビアの4人だ。


 昼間、インディスが所属するギルド『黒銀の鉾』とトラブルがあったパーティだ。


「ルビア!?なんでここに!?」


 ソウマはルビアの姿を見ると、かなり驚いた。


 ルビアは彼を見ると小さく「後でね」と静かに怒気が感じられる声で言うと、付き人であるアレックスがこう言った。


「貴殿らはここで何をしているか?冒険者同士の戦闘は禁じられているはずでは?」


 その言葉にソウマが「げっ」と感じた。


 相手はいくら顔見知りとは言え、融通が利かない『善』のパーティ。しかも、国選だ。


 その言葉にインディスはにやりと笑い、


「あんたらが昼間うちのボスと少し揉めた噂の聖女様ってやつか。うちの連中から聞いたぜ。私たち『黒銀の鉾』が国のために迷宮探索から協力しろって、うちのボスが手紙をもらったとな」


ーー!?なんだその話は!?


 ソウマはその話を聞くと、また驚いた。


 正々堂々を好む彼ら『善』のパーティが己の利益のみを追求する『悪』のパーティに協力を要請するとは考えられなかったからだ。


 その言葉にアレックスは毅然としてこう返した。


「我々としても迷宮探索のためにはその最先端を行く貴殿らの協力を必要不可欠だ。なるべく、この国をより良い国するためにな」


 その言葉にインディスは噴き出して大笑いした。


「ハハハハハ!!こいつはお笑いだぜ!!私たち『黒銀の鉾』に協力するだぁ!?舐めるのも大概にしろ、素人共!いいか、ここは私たちが見つけた稼ぎ場所だ!てめぇらの勝手な都合で撤退するわけには行かねぇんだよ!!国や世界のためだ!?笑わせるな!!ここでてめぇらを消しちまえば、下らねぇ女神の考えも終わりってわけだろう!」


「待て!インディス!」


 そう言うと、インディスはルビア達に飛び掛かった。


「そうか、ならば仕方あるまい!」


 そう言うとアレックスは剣を引き抜き、インディスの攻撃をかわした。


「やるじゃねぇか!」


 インディスは引き続き猛攻を続けた。


 彼らの階級こそは同じであったが、毎日のように魔物を殺戮しているインディスの方が上手であった。


「・・・手強い!」


「加勢するぞ、アレックス」


 アレックスが不利と見るや、ドワーフのウォンダルも斧を手に取り、インディスとの戦いに加勢した。


「一人でも、二人でも一緒だろうがぁ!」


 歴戦の冒険者であるインディスは二人の攻撃をいともせず互角の戦いが繰り広げられた。


 ソウマはしばらく呆然と見ていたが、すぐにはっとなった。


 流石のインディスでも二人がかりでは無理だ。


 ましては相手は常人よりも力が優れているニ種族だ。


 力の弱いダークエルフでは長時間の戦いは無理であったか、手の痺れから武器を落としてしまった。


「ちっ!?」


 インディスは後方に引き下がろうとしたとき、氷の礫が彼女のほうへと飛んできた。


 エゼルミアの呪文だろう。


「ファイアボール!」


 しかし、それを炎の呪文が弾き落とした。


 これはソウマの呪文だ。


「!?貴方はルビアのお友達の昼間の冒険者さん?一体なんのつもりかしら?」


 エゼルミアの銀鈴のようなおっとりした声が彼に向けられた。


 ソウマは緊張感からなのか、目を開き真剣な顔立ちだ。


 彼は手にした村正を手にしたまま、真剣な声でこう言った。


「・・・すまないが両者ともここはいったん戦いを止めにしないか?」


 ソウマは短い時間でそう言うのが精一杯だった。


「何と?この者は我らを亡き者にしようとしているが、それはどういうつもりであろうか?」


 アレックスはその言葉にそう返した。


 ソウマはその言葉に一瞬怯んだが、こう返した。


「元とは言え、これはオレが招いた問題だ。だけど、ここは昔の付き合いに免じて見逃してやれないか?頼む、ルビア」


 その言葉にルビアは頷いてこう答えた。


「わかりました。しかし、その者がこちらに攻撃を加えようするならばそれは守れません」


 ソウマはその言葉を聞くと、インディスの方を向いた。


「いいよな、インディス」


 その言葉にインディスは唾を吐いてこう返した。


「ちっ、綺麗事ばかりこいつらは気に入られらねぇが、こっちも5人相手に勝負する気にならねぇ。頭も冷えたし、ここは引かしてもらう。ただよぉ…」


 インディスは落ちた手裏剣を回収すると、ソウマの方を向いてこう言った。


「ニーベルリング、いやソウマ。うちにてめぇ戻る気はあるのか?」


 その言葉にソウマは首を振って即答した。


「ない」


「そうか、じゃああばよ。もう二度と会いたくねぇな」


 そう言うと、インディスは忍者らしく常闇へと去っていた。

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