第3話
ステルベンを止めたのは、『黒銀の鉾』とは真逆の戒律を持つ冒険者たちであった。
戒律と言うのは、テセルナード大陸に存在する一種の
この戒律は全部で3種類にあり、『善』、『悪』、そしてどちらにも付かない『中立』の冒険者に分かれている。
『善』の戒律の者は所謂理想主義者の集まりと言われており、典型的な正義の代行者と言うべき者であろう。
彼らは困っている人がいれば、それを理由も見返りなしに助け、また敵意がない者には決して自ら攻撃をしかけたりしないのだ。
ただ、頭が頑固な者達も多いのも特徴であり、独りよがりとも言えるぐらい自己のルールに厳しい者もいるのも特徴であり、それで嫌うものも少なくはない。
彼らとは反対に『悪』の戒律の者たちは利己主義者の集まりと言われ、この戒律の属するものたちは己の利益しか求めない。
ただ、『悪』だからと言って率先して略奪や殺人等の人道に反することはしないし、あくまで彼らは己の利益のみを追及する存在であり、自らと敵対する者には容赦がない。
また、悪事を行うときもそれが『悪事』であると自覚しているのも特徴である。
反対に『善』の戒律の者たちは例え人々に自分たちの価値観を押し付けて、それを強要することが良いことだと感じている者もいるのだ。
例えると『善』の者が『悪事』を行えば、それは彼らにとっては良いことであるため、『悪事』に対して自覚がないため、はっきり言って『悪』の者よりもその性質が悪いのだ。
言い換えれば、『悪』の方が自分に正直であり、『善』は独りよがりでもあるため、必ずしも『悪』の戒律のほうが悪いとは言えないのだ。
また、戦闘面の実力も『悪』が『善』よりも上回ることが多いため、彼らのみが装備できる物も『善』のもより強力なためか、冒険者の半数ぐらいはこの『悪』の冒険者で締められている。
当然、この二つの戒律は極めて相容れない存在であり、同じパーティを組むことはない。
もし同じパーティを組むとすれば、迷宮内で何かトラブルがあった際、呉越同舟と言わんばかりに共闘して強敵に立ち向かう時ぐらいであろう。
とにかく、まず彼らが仲良くすることはない。
そのどちらとも同じパーティを組めるのは、『中立』の戒律を持つものだ。
彼らは状況を見極める現実主義者とも言えるし、どっち付かずの日和見主義者でもある。
彼らは目的が合致したり、行き先が一緒であれば、どんな者でもパーティを組むし、利益があろうがなかろうがどんなパーティに入れるのが特徴でもある。
だから、彼らの大半はもっといい条件のパーティがあれば、そっちへ移ってしまうし、己の命の危険を感じればすぐにでも逃げ出してもしまうこともある。
さらに『中立』の者の中には目的のためには手段を選ばず、その目的のためならばどんなことでもする者もいる曲者集団なのだ。
ソウマはこの中立の戒律に属する。
だから、彼は基本『善』のパーティに入っているが、ある目的のために悪の戒律のパーティに身を置いたこともある。
しかも、本人の弁では「悪のパーティの方が見つけたお宝を独り占めできるから、そっちの方がやりやすい。『善』は山分けならいいけど、それを全額寄付するのはやめてほしい」とのことである。
ソウマの弁にあるように『善』と『悪』の者は価値観の違いから相容れないのだ。
すなわち、ステルベンの『黒銀の鉾』とこの『善』のパーティは極めて考えの違いから絶対に少なくてもこの世界では相容れないのだ。
「何だと聞いてるんだ。小娘」
当然、『善』の物を嫌うステルベンは自らに諫言をしてきた『善』のパーティのリーダー格の少女に低い声で威圧をした。
正直、話しかけられるだけで嫌気が差すのだ。
「それはこちらの言葉です。冒険者ステルベン。アイワーン最大の冒険者集団の『黒銀の鉾』のリーダーが聞いてこれでは聞いて呆れます」
ソウマの場所では人ごみの中に入るせいか、この少女の姿は見えなかった。
だけど、その声の主は不思議なことにどこか懐かしさを覚えた。
その甘くて脳がとろけるような声に何故か彼は聞き覚えがあった。
ーーなんだろう?この声?
ソウマはその声の不思議に覚えつつも、その一連の流れを黙って見ていた。
「てめぇらみてぇな新米がステルベン様にに喧嘩を売るとはな…。身の程をわきまえているのか?顔は可愛いけど、生意気な嬢ちゃんだな…」
まだギルド会館に来たばかりのたかが二十歳も満たない少女に生意気な口ぶりに相当頭が来たのだろう。
ステルベンは少し身構えると、それを察したのか、彼女と同じパーティと思わしき竜神の男が立ち塞がった。
「何だ?三下」
竜人の男はステルベンの威圧にもちっとも怯まず、低い声でこう言った。
「控えよ、ステルベン。己の利己的な都合で動く貴様らゴロツキとは我らは使命の重みが違う。これを見たたえ」
そう言うと、竜人は一枚の羊毛氏を取り出すと、それをステルベンに見せた。
「我らは女神アヴァンドラの神託の下、さらにはこの国を統治なされているアイワーン王の名の下に迷宮攻略をを任された。これより我らと争うと言うのであれば、女神アヴァンドラ、もといアイワーン国に背く反逆者とみなすことであろう」
「ちっ、所詮お飾りの王様風情が…まぁいい。俺も変に争う気はねぇしな…。後で返してやるよ」
ステルベンはそう舌打ちすると、
「野郎共ここは一旦引くぞ。それから…あばよ、ニーベルリングの小僧」
とそれだけ言って、彼はその場を後にした。
すると、その場の緊張感が解けたのか、
「はあああああぁぁぁ~。いやぁ~、怖かった…」
気の抜けたような甘ったるい声の主が先程の緊張感から解放された気の緩みからだろうか、大きな溜息をつきながら、ペタンとその場に座った。
「はい、お疲れ様。ルビア」
それをねぎらうように落ち着いた柔らかな女性がその甘い声の主を労った。
「全くじゃな」
それに同調するようにしゃがれた老人の声がした。
「そうですわよね、ルビアちゃんかっこよかったわよ」
「私可愛いの方が嬉しいかな。女の子だし。それよりもエゼルミアさん、さっきあいつ『ニーベルリング』って言わなかった?」
「?ええ、その人がどうかしたの?」
ルビアと呼ばれた少女は仲間のエゼルミアと言う女性にそう尋ねた。
「・・・もしかして」
彼女はその場から立ち上がると、「ちょっとすみません」と言いながら、人ごみを掻き分けながらソウマの方へよってきた。
ソウマは不思議とその声の主に懐かしさと頭をガツンと殴られるような何ともいえない感覚に捕らわれた。
何となくだが、彼にはその声を聞いたことがないはずであった。
だけど、確かに聞いたことがあった。
その声は子供の頃に聞いたことがあった気がした。
だが、ソウマはその声の主が来るのを待つしかなかった。
やがて、その少女は彼の前に姿を現した。
最初はソウマはその人物が誰だかわからなかった。
もちろん、ルビアと名の少女も知らなかった。
だけど、彼はその少女はフードの下には美少女がいるのでは思った。
あくまで直感であるが。
その少女は目深く被っていた白いフードを外すとその素顔見せた。
その顔を見た瞬間、記憶の内側がザザッとノイズのようなものと同時に美しい子供の頃の記憶が流れてきた。
ソウマはこの少女の幼い頃の姿を知っていた。
「君・・・は・・・もしや…」
ソウマの驚き満ちた表情にその少女はパッと明るい顔をすると、笑顔でこう名乗った。
「そう、私!ニー君お久しぶり!」
ふっと、ソウマの頭に昔の記憶がよぎった。
確かにこの少女なのだ。
その昔、ほんの昔仲良かった少女だ。
ソウマはかなり驚いたが、その場で笑ってみせた。
「これはびっくり!久しぶり!元気にしてたかい?というか、名前始めて知ったよ」
それを聞くとかつて名前を知らなかった少女は顔隠して笑いを堪えると、それに耐え切れずに少し笑いながら、
「お久しぶりです!ルビアと言います!」
と悪戯っぽく笑いながらそう始めて名乗った。
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