第四十三話 スピナーベイトのモンスター
暫くは代わり映えのしない螺旋階段を下りるだけだったが、ある程度進むと下方がゆっくりと明るくなってきた。その明かりを目指して下っていくと、岩の切れ目が見えた。
「うわ……」
思わず声が出てしまうような光景。それはかなりの高さからの俯瞰の光景だった。岩の切れ目はスピナーベイトの天井で、僕達は真上からダンジョンを見下ろしていた。
「高いねーこれは……」
ふわりと階段から離れた姉さんが空中からダンジョンの全景を眺める。ソッと手摺から身を乗り出し、あとどれだけ階段が続くか確認し、後悔した。
「まるで塔だ……」
ぐるぐると続く階段はあと何段あるかも考えたくないくらいの高さだった。これを行ったり来たりするのかと思うとゾッとした。
「ほら、下りないと後が支えてる」
「ちょ、押さないで、本当に」
ぐいぐいと背中を指で押すカディ。転んだらただじゃ済まない。こんな高さから落ちたら確実に死ぬだろう。何かもっと効率の良い方法はないのだろうか。
「私が抱っこして下りるとか……!」
「いや怖いってそれ……」
想像したら背中が冷えた。足が地面に付いてないのは流石にちょっと……。
「私ならこの高さから落ちても問題ないから背中に乗るとか」
「何で二人共階段から飛び出そうとするの?」
足を宙に放り出す以外の提案をしてほしいが、そういう僕は何も思いつかないので大人しく階段を下りるしかなさそうだ。
諦めて1段1段下りることにした僕は無言で、無心で下りる。そして黙って下りれば10分程度で地面へと降り立つことが出来た。多分登りは倍以上掛かると思うが、今は考えないようにしよう。
「さて……」
地上に下りた感想としては、視界は悪くない。ダンジョン特有の不思議な明かりのお陰である程度は見渡せる。が、この螺旋階段の中心からは行き止まりの壁までは見えなかった。
とりあえず周りには誰も居ない。探宮者もモンスターも、奥の方へと散らばっているみたいだ。
「多分だけど探宮者が奥へ行って、モンスターと戦うとそっちに引っ張られるのかもね」
音に反応して……ということか。万が一ということも想定しておく必要がありそうだ。
「じゃあまずは……歩こうか」
こうもだだっ広いと目的もクソもない。一先ずは移動して、それから考えるとしよう。
誰からともなく歩き出し、適当に進む。本当に壁も何もないから目印が階段しかない。時々振り返ってみるが、自分が真っ直ぐ進めているか、自信がない。
「む……」
先頭を歩くカディの足が止まる。モンスターのようだ。パイド・パイパーを構え、先端に魔力を流し込む。紫色に輝くカディの魔石を起点に魔法陣を展開させ、黒い炎を用意した。
「来るよ!」
姉さんの声と共に奥から走ってきたのは岩のような肌を持つトカゲだった。ゴツゴツとした肌はとてもじゃないが刃は通らないだろう。体も重いのか、規則的に動く4本の足が奏でる足音は岩と岩をぶつけたような重低音だ。短く太い尻尾も、あれで叩かれたら一溜りもないだろう。
今まで通りにはいかないような、そんなモンスターだ。
「ゴシャア!」
「ふんっっ!!」
まずはカディの振り下ろされた拳が頭を粉砕する。砕けた岩のような肌が散らばり、モンスターは絶命し、魔石となって地面へ転がった。
あっという間の出来事だった。姉さんは無言で下りてくるし、準備した黒炎は水を掛けられた焚火のような音と共に鎮火した。
「よし」
「いやよしじゃないが」
「あのさぁ……」
魔石を拾ってガッツポーズをするカディに僕と姉さんがぶーぶーと文句を垂れる。
「何だ、不満そうだな」
「不満そうじゃなくて不満ですけど」
「出鼻挫くのやめてもらっていいですか?」
「分かった分かった、そう詰め寄るなって!」
僕は杖の先端でカディのお腹をグリグリと押し、姉さんはカディの頬を指先で何度も突いた。観念したカディは両手を挙げて降参のポーズをとる。
「これじゃあ意味ないでしょ。頼むよ?」
「分かったってば。手加減するよ」
再度カディにお願いをして、探索を再開した。
それから何度か、例の岩トカゲに襲撃された。カディの手抜きのお陰でちゃんと戦闘出来たが、どうやら魔法攻撃に弱いらしい。岩相手に黒炎はどうだろうかとぶつけてみたところ、悲鳴を上げながら地面を転がっていた。爬虫類だけど熱いのは苦手のようだ。
それとトカゲ以外のモンスターも現れた。上からいきなり大きなコウモリが襲ってきた。それに関してはカディが鷲掴みにして僕達に見せてくれた。
「よく見ろリューシ。此奴の爪」
「ん……気持ち悪い色だね」
コウモリの足の爪は明るい緑色をしていた。暗闇に紛れるには合わない蛍光色だ。
「これがバラガの言っていた毒だ。ほら、牙も緑色だ」
「うわぁ……」
引っ掛かれるだけじゃなく、噛まれるのも駄目らしい。音もなく上から襲ってくるから厄介だ。
此奴に関してはカディの感知能力が助かった。シャドウフォックスは耳と目が良いとのことで、コウモリの動きをいち早く察知して教えてくれた。いずれはカディに頼らずとも感知出来るようになりたいが、まだまだ先は長そうだ。
□ □ □ □
「あ、壁だ」
暫く歩くと壁が見えてきた。振り向けばギリギリ階段が見える距離だ。なるほど、此処はちょうど中間の地点のようだ。
「どうする? とりあえず壁まで行ってみるか?」
「そうだね。距離感とか見ておいた方がいいと思うし」
カディと姉さんが相談しているのを聞きながら、周囲の確認をする。
すると遠くの方で何かがチカッと光るのが見えた。
「あれ何だろう」
指を差すと二人が相談をやめて僕の傍へとやってくる。光は何度か繰り返すが、一定の周期ではない。連続で光ったり、光らなかったり……ジッと目を凝らしてもはっきりとは見えない。
「あれは火花だな。誰かが岩トカゲと戦ってるんだ」
「なるほど……剣で戦ってるのか」
僕達はあまり剣を使わないから気付くのが遅れてしまった。確かに剣であの岩のような肌を叩けば火花も散るだろう。しかし大したダメージは入らないはずだ。だってあの硬さだ。カディの拳くらい硬くないと意味がない。
「加勢……した方がいいかな」
「魔法を使う様子も見られない。このままじゃジリ貧だな」
「よし、行こう!」
いち早く決断した姉さんがビュンと空を滑っていく。遅れてカディが走り出し、その後を慌てて追い掛けた。普段なら完全に置いていかれるが、レームングの身体強化の効果のお陰で何とか離されることなく走れた。
だんだん戦いの様子が見えてくる。どうやらカディの見解が正解だったようだ。若い男が剣でイワトカゲを叩いているのが見えた。
「くっ、この……!」
「アストン……!」
ん? 聞いたことのある声と名前だな……。
「今助けるよ!」
「誰だ!?」
「あ……オルハ!」
「あれー!? アストン君にエルンちゃんだ!」
やっぱり。戦っていたのはアストンさんにエルンさんだった。現場に追いつくと、其処には岩トカゲが6体も居る。これじゃあ苦戦するのも仕方ない。アストンさんは剣。エルンさんは弓。武器の相性も悪いし数も多い。
「お久しぶりです。加勢します」
「すまん、頼む!」
挨拶もそこそこに、パイド・パイパーを構える。先端に闇色の炎を宿し、振り抜く。黒炎の散弾だ。威力は分散されるが、多数相手には牽制になる。火が苦手な岩トカゲなら尚更だ。
そして出来た隙を突いてカディが拳を叩き込む。今は緊急事態と判断したのだろう。気を遣うことなく戦っている。
「すげぇ姉ちゃんだな!?」
アストンさんが驚くのも無理はない。あの女性はかつて《太陽喰らい》と呼ばれたモンスターなのだから。多分、これでも本当は制限してくれているのだろう。だってカディが本気の本気で戦ったらダンジョンがタダじゃ済まないはずだ。
そんなカディの奮戦のお陰で6体の岩トカゲは漏れなく叩き潰された。僕や姉さんも戦う気満々だったのだが、出る幕ではなかったようだ。けれどそれでアストンさん達が無事なら何も問題はない。
「無事で良かったです」
「格好悪いところ見られちまったな……」
「……でも助かった。ありがとう」
照れ臭そうに頭を掻くアストンさんと、感謝の握手を求めるエルンさん。良かった、二人共元気そうだった。
「会えて嬉しいです」
「……ん」
ギュッと手を握り返し、アストンさんとも再会の握手を交わした。
「元気そうだな」
「アストンさんも」
「二人も美人侍らせてよぉ……変わっちまったな、リューシ……」
「いや、ちょっとやめてください。誤解です」
慌てて訂正するも、アストンさんはニヤニヤと笑って聞いてくれない。さてはくだらない事考えてるな?
しかし此処で再会出来たのは嬉しい。二人共どうしてるかはずっと気になっていたことだ。
「……リューシ、コウモリ共が近付いてくる。一旦移動しよう」
「わかったよ。アストンさん、エルンさんも、行きましょう」
「おぅ! 一旦出よーぜ!」
エルンさんも無言で頷く。大所帯となってしまったが、まずはスピナーベイトから脱出するとしよう。
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