アンバランスド

炎の女王から手紙を受け取ったイファは、また国境の小屋にやって来ました。

今回はアダンが先に到着して待っています。

「こんにちは、アダン。」

「ごきげんよう、イファ。」

挨拶を交わし、手紙を手渡し、きょうはそれだけでお別れです。

アダンは足が速いというのと、湖の国の中心である湖の底は比較的国境に近いとのことで、特に何もせずとも手紙は湖の王まで無事に届けられるということでした。

なんだか少し寂しいような気持ちを抱えて、イファは帰路につきます。


炎の山に戻ったイファは、無事に手紙を渡したことを炎の女王に報告します。

その報告の最中、玉座に座った炎の女王に明らかに何かが起こったように見えました。


まず、何かに気づいた様子。

次に、期待に満ちたような表情。

続いて、何が起きたのか分からないといった顔。

最後に、全身を怒りに震わせて炎の女王は玉座から立ち上がりました。


「女王!いったいどうしたのですか!?」

イファの問いかけに、炎の女王は燃える髪を振り乱しながら叫びまわります。

「誰も……誰も居なかった!」

「私の手紙は誰にも読まれず、水の中に消えていった!」

手紙に潜ませた炎の女王の目は、しかし水の中で泡と煙になっていく手紙だけしか映すことはなく、誰も居ない暗い水の中を沈んで行って、やがてその目も消えてなくなっていたのです。


「嘲笑っていたのか!私を!必死に返事を書き続ける私を!手紙を心待ちにしていた私の気持ちを!!!」

手当たり次第に炎と怨嗟を撒き散らし、赤く美しかった女王の炎はみるみるうちに黒く染まっていきました。

そして、全身が完全に黒く染まりきると、慟哭はピタリと止まり、恐ろしいほど冷酷な目だけが黒い影の中に浮き上がっているように見えるのでした。

そして、イファは炎の国全体が女王の怒りに飲み込まれ、黒く染まっているのを目にします。


「湖の国に進軍する。」

黒い炎の女王はそう宣言すると、自ら先頭に立って炎の山を降りていきます。

炎の国の軍隊も、その後に続いていきます。みんな一様に女王と同じ目をしておりました。


「女王!思い直しください!そんなことをしたら…・・・消えて、消えてしまします!」

イファが懇願するも、既にその声は炎の女王には届いてはいないようです。

山を降り、森を抜け、ついに女王は国境を踏み越えます。

その瞬間、大地は悲鳴をあげ、大量の黒い煙と白い蒸気がとてつもない勢いで空に巻き上げられていきました。

それでも女王の歩みは止まらず、自らの身を削りながら湖の国の大地、いや国そのものを削り取り、消滅させていきます。


と、歩みを進める女王の目の前に5本の水柱が立ちます。

そこに立ちふさがったのは湖の国の住人、アダンでした。

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