カウンセリング
「抱っこしてる?」
初めてのカウンセリングで最初に言われた言葉だ。
三男が不登校となって1週間ほどした頃、先生にもどうしようもないと悟った私は専門家に相談しようと思った。
かと言っても、どこに行けば良いのか分からない私は担任の先生に
「どこかに相談したいのですが…とりあえずいつも診てもらう小児科のお医者様でいいですかね」
と聞いた。先生は少し考えながら
「そう…ですね。それでいいかと…」
と返事をした。
とりあえず子どもが生まれてからずっとお世話になっていた小児科のクリニックに電話をした。
「子どもが学校に行けなくて…そういう相談でも受診していいのでしょうか」
「相談ですね。いいですよ。来てください」
電話の向こうの看護師か受付の女性は慣れたように返答した。
先生は60代後半ぐらいの男性で、子ども好きな笑顔を持ちながら、時に昔ながらのお医者様らしく母親に向かって厳しい言葉を投げかける事もある先生だった。
「学校、行けないか…そうか…」
先生は三男と軽く会話をして、翌日の休診日の午後に再び来院するように私に言った。
最近引退したが、親子の色々な問題に取り組んできた相談員を紹介するという。
翌日、私と三男がクリニックに行くと先生の奥さんが感染症を疑う子どもを診察する診察室に私と三男を案内した。
患者用の椅子に座ると奥さんが1人の老婦人を連れてきた。クリニックの先生よりもさらに10歳は年配に見えた。
お互いに挨拶をし向かい合わせに座ると、その相談員は数秒間、私と三男をみた後で言ったのだ。
「お母さん、最近抱っこしてる?」
私は、なんと答えていいのか分からず、
「は…はぁ…」
と曖昧に返事をして少しばかり頭を傾けた。
確かに、まだ次男に手のかかるうちに生まれた三男にはゆっくりと相手をした記憶はあまりない。しかし、かといって愛情を注がなかったつもりもない。良くも悪くも末っ子というのはいつまで経っても可愛く感じるのだ。
私の返答を相談員は、どのようにとらえたのか、抱っこの大切さを話しを始めた。
実は、その内容を詳しくは覚えていないのだが、とにかく抱っこをしなさい。抱っこをする事で子どもはエネルギーを充電するのだから…そう言われた事は覚えている。
私は今ひとつ納得しないままに、それでも経験豊かな相談員の言う事なのだから…これからはスキンシップを大切にしようと思い帰ったのだった。スキンシップさえ増やせば、また学校に行けるのだと信じて。
その日から私は時々座って三男を呼び寄せ、膝の上に乗せて
「エネルギー、チャージ!」
と言ってハグをした。
三男は、それなりに喜んでいた。私も何となくホッとする時間ではあったが、心の奥でどこか芝居じみているような違和感を持ち続けていた。
結果的にこの抱っこというスキンシップに効果があったのかは分からない。この抱っこを続ける事で目に見えて三男が変わったわけでも学校に行くようになったわけでもなかったから。
1カ月ほど経ったころ、クリニックの先生から電話があった。私の手が空いておらず、夫が出たのだが
「三男くん、学校行ってますか?」
という質問に、夫は
「あ、はい行ってます」
と答えていた。
三男は完全に不登校でなくなったわけでもなかったのだが、私はもう、それをクリニックとあの相談員に相談する気にならなかったので、そのまま夫の返事を訂正する事も、夫に代わって電話に出る事もしようと思わなかった。
私は後になって少しだけ思った。
あの時、もっときちんと調べて児童精神科を専門とする医師に診てもらっていたら、もう少し苦労する時間は少なかったのではないか…
そしてどこに相談したら良いのか適切な答えを出来ない先生がいるというのは問題なのではないかと…
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