魔女様の日記 『forget-her-not 外典』
宵埜白猫
短編集
第1話 魔女様と少女達とチョコレート
私は今日も、家でのんびりと過ごしていた。
最近はあまり村にも行ってない。というより、行く前にあの子達が押し掛けて来るようになったから行く必要が無いだけなんだけど……。
そんな事を考えてベッドの上でごろごろしていると、いつもと同じ軽快なノックの音が響いて、勢いよくドアが開く。
「魔女様おはようございます!」
「おはようございます」
そう言って飛び込んできたのは明るい茶髪をオレンジのバンダナで結んだ元気の良い少女と、ダークブラウンの髪を後ろで一つにくくった彼女の友人。
この子達が来ると、いつもこの部屋が華やかになったように感じる。
「おはよう。……それより貴女達、こんな何にもないところによく飽きもせずに毎日通えるわね」
「魔女様がいるでしょ?」
私のついた悪態に、元気の良い少女――リリーは当然の事のようにそう言って、可愛らしい笑顔を浮かべた。そんな彼女を友人――レイナはいつものように優しい笑みで見守っている。
もう見慣れた光景だ。そして、私の一番好きな光景だ。
「で? 今日は何の用なの?」
「明日は2月14日、お菓子がいっぱい食べれる日だよ! 村でもみんないろんなお菓子作ってたし、私達もチョコレート作ろ!」
私の質問にリリーは楽しそうに答えた。
お菓子がいっぱい食べれる日……。もとはどこか異国の文化だったかしら。
それより作るってことは、
「材料を持ってきたの?」
「はい、お母さんが用意してくれました。リリーが失敗した時のために多めに持って来てます」
「あっ! ひどいよレイナ! 私そんなに失敗もん!」
レイナが背負っていたバッグを両手に抱えながら言うと、リリーは不満げに唇を尖らせた。
「魔女様と初めて会った時にも転けないって言って転けてたでしょ」
「うぅ。それを言われると言い返せない……」
「ふふ。じゃあまずは、何を持ってきたか見せてくれる?」
「どうぞ。特に珍しい物はないですよ」
レイナから受け取ったバッグの中を見てみると、カカオマスとカカオバター、砂糖に粉ミルクと、チョコレート作りに必要な材料は一通り揃っていた。
私はその材料を机に並べて、立てた人差し指を軽く振る。すると、静かに並んでいた材料達が宙に舞い、くるくると私達の周りを踊り始めた。
すらすらと空を切る私の指に呼応するように、それは面倒な調理工程を無視して混ざりあい、あっという間にハート型のチョコレートが出来上がった。
すっと指を下ろして、机に並ぶチョコを見る。形も色も綺麗に整っていて、カカオの香りが食欲をそそる。
我ながらよくできたと思う。
「どうかしら? よくできてると思わない?」
出来上がったチョコレートを手にとって振り返ると、リリーが頬を膨らませて私を見ていた。
「確かにおいしそうだよ? でも魔法で作っちゃったら意味ないよ! だから今日は魔法使うの禁止!」
どうやらこの子は一緒に作るのを楽しみたいらしい。
「それと、このチョコレートは私がもらっとくから」
「……はい」
いつになく真面目な声で言うリリーに、私は短く返すのがやっとだった。
そんな一幕もあったが、賑やかな私たちのチョコレート作りが始まった。
まずはカカオマスとカカオバターを刻む。慣れない手つきで包丁を使うリリーを見てひやひやしたが、レイナのフォローもあって、なんとか無事に刻み終えた。
次は刻んだカカオマスとカカオバターを湯煎する。……のだけれど。
「ねぇ、火を付けるのは魔法でもいいわよね?」
「それくらいならいいと思いますよ。ね、リリー?」
「……この家、火を起こすための道具ないんだもん」
少し不服そうではあるけれど、どうやらリリーも許してくれるらしい。
ありがとう、レイナ。私は頼もしい少女に心の中でそっと手を合わせた。
「なんでも魔法でできるから、わざわざ用意しておく必要が無いのよ」
一応最低限の食器や調理道具はあるけれど、使う事なんてほとんどない。
「そうかもしれないけど……」
結局魔法を使うことになって残念そうに唸るリリーに後ろ髪を引かれながら、私はパチンと指をならした。
短く音が響いて、石の調理台に置かれた鍋の下に小さく火が灯り、中の水を温めていく。
「じゃあ、これは貴女達にお願いしてもいいかしら?」
「うん!」
「任せてください!」
作業を任されたのが嬉しかったのか、リリーも機嫌を直してくれたようだ。
私は用意した器にカカオマスとカカオバターをそれぞれ入れて、二人に渡した。
「見て見て、魔女様! 溶けてきたよ!」
「あ、私の方も溶けてきました」
湯煎を始めてからしばらくして、器の中を見ていた二人の目がきらきらと輝く。
「ふふ、じゃあそれが溶けきったら一つにまとめて混ぜましょうか」
「はーい!」
リリーは楽しそうに、レイナは丁寧に器の中身を混ぜてむらなく溶かしていく。それが綺麗に溶けたところで、レイナの器の中身をゆっくりとリリーの器に移してよく混ぜる。
「わっ! 一気につやつやになった!」
「ほんとだ、綺麗に混ざってるね」
きゃっきゃっと楽しそうにしている二人を見ながら、私は粉ミルクと砂糖を振るって甘味を付ける。
それを軽く混ぜ、数回水温を調節して、器を鍋から引き上げた。
「あとは型に入れて冷やすだけ?」
「そうね。もう少しで完成よ」
「そういえば、どうして料理しないのに調理道具だけは揃ってるんですか?」
「今はしてないだけで、これでも昔はよくしてたのよ」
昔――あの時はほとんど魚ばかりだったけれど……。
「じゃあ今度私達にも作ってよ」
「ええ、気が向いたらね」
無邪気に笑うリリーに、思わず頬が緩んだ。
「ほら、早く型に入れるわよ」
それぞれにチョコレートを型に入れ、最後は魔法を使ってゆっくり冷やして固める。
「できた!」
「時間はかかっちゃったけど、楽しかったです」
「たまにはこういうのも悪くないわね」
この子達とおしゃべりしながらの料理は、あっという間に感じてしまうほどに楽しかった。本当に私の手料理を食べさせてあげるのもいいかもしれない。
そんな事を考えて何気なく窓を見ると、空が西日で赤く染まっていた。
「もうこんな時間なのね……」
「あっという間でしたね」
そう言って頷くレイナの隣で、リリーがテーブルを向いたまま「まだ帰りたくないな~」と溢した。
さっきまでが賑やかだった分、終わりが近づくと余計に寂しく感じる。
「私も名残惜しいけど、今日はここまでね。遅くなる前に帰りなさい」
「はい。……リリーも準備できた?」
「うん! もう大丈夫だよ」
レイナが持ってきたカバンを背負って、リリーは何かを手に振り返った。
そして彼女はそれを、私に差し出した。
「魔女様! 1日早いけど、これあげる!」
「リリーと私からです。……魔女様にも手伝ってもらっちゃいましたけど」
彼女の手には私と一緒に作ったチョコレート。
よく見るとそのチョコレートには、いつの間にか別のチョコで文字が書かれている。
『まじょさまだいすき』
いつ書いたのか聞こうと二人を見ると、彼女達は頬を赤く染めて横を向いていた。
だから――
「ありがとう、二人とも。……気をつけて帰るのよ」
二人がくれたチョコを胸の前で大事に抱えて、私は二人に感謝を伝えた。
いつかは私も、伝えられるかしら。私も貴女達のこと……。
いいえ、今考える必要も無いわね。私達には、これからも時間があるんだから。
「うん! ゆっくり食べてね」
「魔女様、今日は付き合ってくれてありがとうございました」
花が咲いたような笑顔を残して二人は家を後にする。
帰路についた彼女達を見送って、私はドアを閉めた。
ベッドに転がって二人にもらったチョコレートを眺めていると、突然ドアが開いて、私は慌ててチョコを後ろに隠す。
「どうかした? 何か忘れ物でも――」
動揺したせいで少し早口になってしまう。
しかし少しだけ開けたドアから顔を出した少女――リリーは気にしたそぶりも見せずに、
「来年も、一緒にチョコレート作ろうね!」
それだけを言って、今度こそ足音が遠のいていった。
「そうね。来年も再来年もその先も、また三人で作りましょう。」
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