第六話 二年生始めました!

 

 魔法学園に到着して二日が経った夕刻。

 授業が学園での生活に必要な荷物は先に送っていたのでその荷解きをしていた。

 Aクラスの学生寮は相変わらず広くて、成績優秀者の私は去年よりも少し広い部屋になった。

 これなら数人集めても広々してそうね。前の部屋だとアリアとソフィアと三人だとちょっと手狭に感じていたもの。


 そうこうして、明日から始まる新学期と入学式の準備をしているとお腹がぐぅ〜と鳴る。


「今日は何食べようかなぁ」


 食堂の夕食はビュッフェ形式で好きな食べ物を選んでいい。

 下位のクラスだと決まった定食しかないので、普段の生活でランクを分けるのは向上意欲を鍛えるには良い制度かも。

 食べる事が好きな私としては絶対にこの生活を維持したいという欲が湧き出る。


「お姉様。ご飯行きましょう!」

「わかったわアリア」


 隣の部屋にいたアリアと一緒に女子棟から食堂へ向かう。

 途中ですれ違った他の女の子から挨拶をされて、貴族らしく優雅に挨拶を返す。


「あら、シルヴィア様よ」

「ご機嫌よう」

「えぇ。ご機嫌よう」


 以前のように私を見て嫌な顔をする人は減ったし、その象徴みたいな連中はクラスからいなくなったので居心地は悪くない。

 一人残されたデーブ・グレゴリーは成績が落ちてBクラスへと降格になっているし、同学年で私に喧嘩を売ろうなんて人は消えたのだろう。


 食堂に入ると、給仕としてお皿を運んでいたソフィアを見つけたので軽く手を振る。

 私とアリアに気づいたソフィアは少し微笑んで一礼をすると厨房の方へと消えていった。


「さて、今日はどこに座ろうかしら」

「デザートに一番近い場所にします?」


 アリアの提案はナイスだけど、少し遅れて賑わっている食堂だと空席が少ない。

 デザートコーナーの前は女性陣が先着順で座るからね。今も空きはない。


 クラブやジャック達は仲のいい子達と。エースも取り巻きの人と食事をしているから混ざりにくいわね。


「おーい、シルヴィアちゃん。こっちおいでよ」

「……アリア。あそこでいい?」

「呼ばれたら断れないですよね」


 暢気に手を振っているのは、私達と一緒に旅をしていた褐色の青年。

 学園で一番話題になっているシンドリアンの皇子だった。


「いや〜。ここのメシは美味いね」

「シン様、行儀が悪いです。食事中はお静かに」


 四人がけの席にはシンドバットと、そのお付きであるモルジャーナさんが座っていた。


「相席失礼するわね」

「ふんっ……」


 冷ややかな目で私達を見るモルジャーナさん。

 どうもこの人に嫌われているみたいね。だけど、主人であるシンドバットはそんなのお構い無しに私達に話しかける。


「ここの理事長さんがさ。どうせなら最上位のクラスで学んでみないか?って言ってくれてマジ助かった。オレっちの実力だと微妙だからさ」

「そんな事無いわよ。シンドバットは筋だって良いし、すぐにAクラスに馴染むと思うわ」


 これはお世辞抜きの内容だ。

 教えた事を理解出来ないくらい固い頭ではないし、後は経験を積めば成長できる。


「シンドバット様は我々シンドリアン皇国の皇子だ。それくらい当たり前だ」

「モルジャーナ。話した通りにこの人らはオレっちの恩人で友達なの。仲良くしろよな」


 主人に諭されると強く言えないのか、低い声で唸るモルジャーナさん。

 なんだが警戒心の強い小型犬みたい。


「モルジャーナさんもAクラスに転入するみたいだけど、実力的にはどうなの?」

「あぁ、オレっちと違って超優秀だから問題なしよ。クラブなんかと良い勝負するって思うぜ」

「シン様の側使い筆頭なのだ。実力はあって当然だ」


 実力を認められたのが嬉しいのか、少しだけ胸を張るモルジャーナさん。

 そういう所がワンコっぽいわね。この国じゃ見慣れないタイプの美人だし、授業が始まれば人気者になりそうね。


「我が祖国の為にも次の試験ではトップを取ってみせます」

「それはちょっと高望みじゃないですぅ?」


 彼女が堂々の首席宣言をすると、私の横に座るアリアが口を挟む。

 唇を尖らせて真っ直ぐモルジャーナさんを見ている。


「なんだと?」

「あなたが地元でどれだけ凄かったか知らないですけど、お姉様に勝つなんて不可能です」


 どうしてか私の擁護に回るアリア。

 別にそこまで自慢しなくても良いんだけど。勝ち負けじゃなくて私の場合はお師匠様に褒められたいから頑張ってるだけで。


「それに。今はわたしが女子で二番目ですから。お姉様に勝つならまずわたしを倒してもらわないと」

「いいだろう。その鼻をへし折ってやる」


 顔を近づけてバチバチと火花を散らす二人。

 私とシンドバットは目を合わせて苦笑した。


「ほらアリア。料理を取りに行くわよ」

「モルジャーナ。この肉のおかわり取ってきてくんない?」


 どうやら私達に新しいライバルが誕生したようだ。

 シンドバットは水の属性だったけど、モルジャーナさんは何属性なのだろうか。

 まぁ、黒いモヤが見えないから闇属性では無いのは確かね。


 その後も食事をしながら談笑をしていたけど、シンドバットとモルジャーナさんはお師匠様やエース達が心配するような悪い人には見えなかった。

 何かあるのではと疑われているのはタイミングが悪かっただけなのかもしれない。













 翌日。魔法学園中央にあるコンサート会場くらいの大きな講義堂にて。

 新入生ではなく在校生になったので、去年よりも壇上が遠くなった事以外は特に変わらない。

 相変わらずの長いお話が続いている。

 新入生達はそわそわしながら慣れない制服の感触を確かめていて、私はそれを微笑ましく見ていた。


「本当だったらクラブもあそこに座っていたのよね」

「そうだね」


 姉弟なので名前順に座るとクラブが隣にやって来る。

 原作ゲームだと冷酷な怒らせるとヤベー奴だったのに、今ではただの顔が怖い人。……顔は私と同じで血筋よね。

 髪の毛で片方の目が隠れているから、短くしておでこを出したら?と言ったら恥ずかしいから嫌だって言われたのは残念だったわ。


「えー、それでは今年からいくつか変わった事があるからの。それを説明しようか」


 来賓の挨拶や新入生代表の言葉が終わると理事長が壇上に立って説明を始めた。

 話の内容は昨年の魔法学園襲撃事件について。

 関わっていた職員の処分と入れ替わり、お師匠様が理事代理になったお知らせもあった。


 そして、今後同じような事件が発生した時のために戦闘訓練を強化するというのだ。

 先生達が毒で無力化された後にテロリスト達に立ち向かったのはジャック率いる一部の生徒達だった。

 だから最低限自分の身を守れるように護身の意味で戦う術を教えるらしい。


「そして最後に、今年度二年生に転入した海の向こうから遥々やって来たシンドリアン皇国の皇子からの挨拶じゃ」


 そう言って理事長が壇上から降りた代わりにシンドバットとモルジャーナさん。それから二人と同じような格好をした数人が登場した。


「えー、紹介のあったシンドバット・シンドリアンです。えー、この度は遠い異国の地で……」


 しどろもどろになりながら話すシンドバットなんだけど、思いっきり手元を見ている。

 去年のエースは話の内容を暗記していたけど、シンドバットは苦手みたい。

 生徒達の席からもチラホラと笑い声が出ている。


 その声が聞こえたのか、モルジャーナさんの目つきが悪くなるけど、効果はイマイチ。


「メンドい。もう台本いらなくね?」


 とうとうシンドバットは持っていたカンペを制服のポケットに直してしまった。


「つーわけで、これから楽しく学んで学園生活をエンジョイしたいと思うんでヨロシク。あと、怖い話とかワクワクするような不思議な話も好きだから知ってたら教えてね〜。そしてこれが本題」


 ゆるいノリで話し出したシンドバットは別のポケットから何かの紙を取り出してみんなに見えるように広げた。


「オレっちは花嫁募集中でーす。興味ある人はお見合い受け付けてるんで、どしどし応募してね。つーか、逆にカワイ子ちゃん見つけたらナンパするからそのつもりで〜」


 大きく『恋人求む!』と書かれた紙を見せびらかすその姿に男性陣からは笑いが。

 女子からは黄色い歓声が上がる。

 見た目はイケメンだもんね。しかもこの国じゃ珍しい容姿で皇子様だからね。


「シン様!」


 おちゃらけた態度のシンドバットはモルジャーナさんから引き摺り下ろされる形で壇上を後にするのだった。


「ふふっ。やっぱり面白いわよね彼」

「なんでかこっちを見ていたような……まさか……」


 隣のクラブに話しかけたら一人で何かをブツブツと呟き始めた。

 どうかしたのかしら?


 不穏な話もあったけれど、最後には笑える形で新学期の始まりを迎える事が出来た。

 後輩達もやって来て、また賑やかな学園生活が始まると私はワクワクした。




 だから私は見落としてしまったのだ。

 理事長やシンドバットの話の途中から、ずっと私を見つめていた人影に。








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