第70話 これにて一件落着ですわね!

 

「今更お前が来たところで無意味だ!」


 一瞬にして現れたお師匠様だけど、そこは私とピーター・クィレルの間。黒いモヤは既に放たれている。


「それはどうかな?」


 お師匠は杖を前に構えて魔法障壁を展開する。

 相手の攻撃を防御するつもりだ。


「馬鹿め!闇魔法は障壁では防げ……何っ⁉︎」


 普通に止まっていた。

 質量を持たないモヤは光り輝くお師匠のバリアに行手を阻まれていたのだ。


「闇魔法を防ぐには同じ闇魔法か光魔法をぶつけるしかない。だが、生憎と私は闇魔法についてカケラも才能が無かったのでな。こうして光魔法を付与した障壁しか使えない」


 キラキラとしているのは間違いなく光魔法。

 アリアやエリちゃん先生が使っているのを見た事がある。

 でも、それをどうしてお師匠が⁉︎


「どれ、もう終わりか?」


 光の壁と黒いモヤのぶつかり合いは、次第にモヤの規模が小さくなっていった。敵のつけている腕輪の石が削れてヒビ割れていく。


「くそ!くそ!こんなはずでは!これまで持ち出して私が負ける事など⁉︎」

「所詮紛い物の力だ。他人を利用し、操り、心を踏みにじることでしか戦えない貴様に私が負ける理由が無い!!」


 一歩前へ踏み出して杖を突き出すと、光の壁は黒いモヤを押し退けて、ピーター・クィレルを物理的に押し飛ばして壁へと叩きつけた。


「がはっ……(バタン)」


 白目になって崩れ落ちる犯人。

 勢いよく衝突したので衝撃で意識を失って気絶したようね。

 黒幕のくせにえらくあっさり倒せて良かったわ。


「ヒュー、流石お師匠様」

「………何か言う事は?」

「助かりました。ありがとうございました。超感謝してます。ついでに追手がゾロゾロ来たのであと任せます」


 ヨロヨロと倒れる私。

 地面に頭を打つ前にエカテリーナがクッションになってくれた。程よい弾力と表皮が冷たくて気持ちいい。

 サソリはどうなったのかと気になったが、エカテリーナの口から尻尾らしきものが力無く飛び出していた。勝ったみたいね。


「お"嬢"様"!!」

「泣かないの。私は無事よ。ソフィアの方は大丈夫?服の様子から手遅れだった感あるけど」

「間一髪貞操は失われていません!お嬢様がギリギリ間に合ってくれたからです」


 ロープを引きちぎってあげると、わんわん泣きついてくるメイド。取り返しのつかない事にならなくて本当に良かったわ。

 頭を撫でで落ち着かせてあげる。泣いてる顔は昔も今も変わらないわね。


「あー……痛い…」


 毒が体内を巡っているのは具合悪いだけで特段気にする事じゃ無いけど、サソリに突き刺されたお腹が純粋に痛い。ホッとして気が緩んだらじんじんと痛くなってきた。


「マーリン様!お嬢様が!」

「そんな事だろうと思った。エカテリーナ、私の言葉を理解しているならこの場に来る敵の相手をしてくれ」

「シャ〜」

「ソフィアくんは怪我はないか?自分で歩けるか?」

「私は大丈夫です。一人でも動けます」

「このローブを使いなさい。シルヴィアは任せてくれ」


 テキパキと指示を出すお師匠様。

 そのまま私の洋服に手をかけて、


「ちょっ⁉︎何脱がせようとしてるんです⁉︎」

「服を捲らなければ怪我の診察が出来ないだろう。緊急事態だ我慢しなさい」


 ペロっと素肌を露出される。

 具合悪いのとお腹痛いので抵抗出来ない私は両手で顔を隠す事しか出来なかった。

 恥ずかしい。


「傷は深くないようだな。日頃から鍛えているおかげだろう。傷薬を塗って包帯を巻けばじきに治る。少し滲みるが我慢しなさい」

「や、優しくしてください……ん、んんっ‼︎あぁん!」


 傷口に触れるお師匠の指と、塗り薬のせいで思わず変な声を出してしまった。

 余計に恥ずかしくて顔から火が出そう。


「…はぁ…はぁ……お師匠様の馬鹿っ」

「減らず口が言えるなら上出来だ。このまま運ぶからしっかり捕まりなさい」


 お腹を怪我したので、おんぶでもなく、お姫様抱っこの形で運ばれる事になった。

 シュチュエーションが良ければトキメクが、現在は負傷者運搬中。

 どうしていつもこんな展開なんだろ。


「ソフィアくんは私の後ろに続いてくれ。決して離れないように」

「はい!」


 外では断続的に召喚獣達の鳴き声がする。

 だが、一番大勢を相手にしていたお師匠様が消えたので、野盗の数人が建物内へ戻ってきた。そして、私達を狙ってくる。


「旦那がやられたみたいだが、このまま引き下がれるか!命はもらうぜ!」

「女は置いていきな!奴隷として売り飛ばしてやる!」

「死ねぇ!」


 武器を構えた相手が複数人近づいてくる。

 私がお荷物な分、ソフィアが危ない。どうしよう?


「……貴様ら、私は今すこぶる機嫌が悪い。死にたくないならそこをどけ」


 ところがどっこい。お師匠様は相手を攻撃する事なく、全身から放つ魔力の圧力だけで気絶させてしまった。

 高密度で膨大な魔力を垂れ流すだけの技だが、魔力の流れすら認識出来ない一般人にはとてつもないオーラや気迫に当てられる状態になり、実力差が大きい程ダメージが大きい。


「珍しいですね。お師匠様が魔法も使わずに非効率的な手段なんて。そんなに指輪で呼び出されたのが嫌だったんですか?」

「……お嬢様はもっと空気を読んでください」


 何故かソフィアからディスられた。

 私、何かしましたっけ?


「手に大きな荷物を抱えているから魔法が使えなかっただけだ。このまま魔力を出しながら進む」


 ちょっと、ムッとした表情でお師匠様はづかづかと進んだ。

 他にも私達を狙ってきた連中はもれなく魔力に当てられて気絶していった。

 魔法を使った方が効率的で、魔力の節約にもなるのにお師匠様は私を下ろさなかった。


「そろそろ外も静かになったな」

「本当ですね。剣の音や怒号がしないです」


 建物から脱出すると、外の方も決着が着いていた。

 倒された野盗は一箇所に集められ、犬達に囲まれている。逃げ出そうとした者はクラブの大鷹と巨大な犬のコンビによる追跡捕縛で一人ずつ連れてこられていた。

 総勢でかなりの人数が折り重なっていて、よくもまぁこれだけ集めたと感心した。


「どれだけの規模での誘拐作戦だったのでしょうか?」

「いや。建物内の様子から見て、普段からここで生活をしていたのだろう。今回はそこにピーター・クィレルがやってきたと考えられる」

「厄介な場所に逃げ込んだものですね」

「あぁ。だが、同時に納得行かない点もある。連中は皆等しく武器を持っていた。中には真新しい剣もあった。盗賊なんて本業が上手くいかなかった者達がその場凌ぎでやるものだ」

「確かに漁師っぽい人や農家みたいな人もいましたね」

「そうだ。だからこれだけの人数がこの場に住むだけの物資と装備はどこから出たのか?統一性の無い人間を集めて何をしようとしたのかが不明だ」


 お師匠様は難しい顔をした。

 私は旅の途中で何度も山賊や海賊と戦った事があるし、今日もその時の経験を活かしていたつもりだ。

 だけどこの人数は異常だ。数人から二桁に届くかが微妙な人数が一般的なのに、この場には数十人がいる。その全てが倒されているとはいえ、平時ならゾッとする規模よね。


「そこは詳しく事情を知っているピーター・クィレルに聞かなければならないが……」

「あれだけ派手に叩き潰したら目覚めるのに数日はかかりますわよ」

「困った事だ」


 やれやれ、って感じ出してるけど、やったのはお師匠様だからね⁉︎

 捕縛どころか半殺しに近い状態だかんね⁉︎


「とはいえ、一番の目的であったソフィアくんの救出は済んだ。この場の全員を連れて行く事は出来ないので首謀者と思われるピーター・クィレルと野盗数人を簀巻きにし、後は騎士団に連絡して回収させよう」

「では、クラブ達と合流しましょう?」


 お師匠様が召喚した犬の一匹に命令すると、その子は少し離れた場所に待機している馬車の方へと走り去った。

 待っている間にもう一度お師匠様が傷の具合と、他に怪我が無いかのチェックをしてきた。

 ソフィアには食事が与えられていなかったようなので保存食と水筒を渡した。

 改めて私達が追いつくのが数日遅かったら、ソフィアが大変な事になっていたと実感した。


 そして、しばらくするとクラブ達三人がやって来た。


「ソフィアさん!」

「ソフィア!!」


 仲の良いクラブとアリアが駆け寄ってソフィアの身の心配をする。

 服装の乱れや、お師匠様のローブが覆い被さっている時点で何かを察して怒り出しそうだったので、事情を説明すると二人共安堵してくれた。


「シルヴィアさんはどこか怪我なされたのですか?」

「全然大した事ないわよ。ちょっとお腹を刺されただけで」

「かなり大怪我ではありませんか⁉︎」


 驚いて心配してくれたエリスさんに怪我の規模や適切な処置がされた事を教えたのに安心してくれなかった。

 おまけに、毒まで注入された事を話したらアリアとクラブからもツッコまれた。なんでさ?


「あれだけ余裕ぶっていたのに……」

「お姉様の大丈夫は大丈夫じゃないですね。次に何かあれば絶対わたしがついて行きますからね!」

「ジャックやエースが心配そうに言っていたのはこの事なんですのね」


 いやいや、全員揃って「ほれ見ろ。言わんこっちゃない」みたいな顔しないでよ⁉︎

 お師匠様も頷かないでください!


「アリアくんとエリスくんは申し訳ないが馬車の用意を頼む。クラブはソフィアくんと馬鹿弟子の世話をしてくれ。私はピーター・クィレルを連れて来る」

「私だけ名前で呼ばれていない訳を聞こうじゃありませんか!」

「了解しました。ソフィアと姉さんは任せてください。いざとなったら姉さんを眠らせますから」

「クラブまでそんな事言ったらお姉ちゃん泣くわよ⁉︎」


 冗談を言って場が和んだところで、私達は学園都市へ帰る撤収作業に移った。

 流石に野盗達と同じ馬車には乗る気になれなかったので、彼等が使用していた馬車と連結する事にした。

 帰りは大急ぎで戻る必要が無いので、途中で休憩を挟みつつ近隣にある騎士団へこのアジトの報告や残りの賊の移動をお願いする予定になった。


 とはいえ、ピーター・クィレルが闇魔法を使用していたのを確認した。

 彼が今までの事件に関わっていた話をしていたのを私は聞いたし、ソフィアも誘拐されている間に必死に話を盗み聞きして憶えてくれていたので、これで一連の事件は解決したと判断して良いのよね。







 後味が悪かったのは、お師匠様が簀巻きにする為に戻った時にピーター・クィレルが舌を噛み切って自決していた事だった。







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