第43話 お手伝いしてあげますわ!

 

 ジャックに手を引かれてやってきたのはお店が多い地区の中でも高級店が並ぶ一角だった。

 実家からの仕送りがあるとはいえ、クローバー家はそこまでお金持ちじゃないし、二人も同じタイミングで学園にいるとなると負担はあまりかけたくない。

 なのでこの辺りは中々利用することがないお店が多かった。


「ジャックはこの辺りはよく来るの?」

「普段はここでしか買い物しないぞ」


 さも当たり前かのように発言するジャック。

 これが王族の金銭感覚なのだろうか?まぁ、多少の贅沢はしないと見栄えが悪いから仕方ないとして、あっさり言えるところが羨ましいわね。

 エースへの返事にOKを出せば私も似たような価値観を持ってしまうのだろうか?


「で?お目当ての品はなんなの?」

「それは決まっていない。これから考えるつもりだ」


 呆れた。プレゼントをするにしてもどんな種類の物を贈るか事前にリサーチしておくべきでしょ。

 そんな行き当たりばったりだと成功確率は低くなってしまうわよ。


「どんな物をあげると喜ぶとか予想つかないの?」

「人に物を与えることはあまりしたことがない。いつも王族というだけで皆が与えてくれたからな。何もしなくても献上品という名目で品物が送られてくるんだぞ?学園に来るまでは自分で買い物もしたことが無かった」

「今は大丈夫なのかしら?」

「甘く見るな。クラブや他の友のおかげでお使いとやらくらい出来るようになったぞ」


 えーと、もう高校生くらいですよね?それでできるのがお使いレベルって箱入り娘クラスよ。

 お城の人達はジャックの育成方針を変えたんじゃなかったのかしら?


「もっとも、必要な物は全て城から届くし、オレ様自身も欲しい物がそう多くないからな」

「ふーん。私はいくらあってもお金が足りないわよ。新作スイーツに新しい魔道具に美容品。本や舞台のチケットとか」

「Aクラスの奨学金だけでは足りんのではないか?」

「そこはお師匠様のおかげよ」


 数少ない私の知識でお師匠様に魔道具やおもちゃを開発してもらい、それを商会に登録。売り上げ金の一部が懐に入ってくる仕組みだ。

 お師匠様からは物凄く怪しい者を見る目で疑われたけど、自分の知らない知識や物には興味を持ってくれたので協力してくれた。転生者だっては明かしてないよ?


「貴様は口を開けばいつもマーリンの話しか出てこないな」

「だって一番一緒にいる時期が長かったんだもの。当たり前でしょ?」


 7年だ。私がこの世界に来て一番付き合いが長いのがお師匠様だからそこは揺るがない。

 これから先次第では最長記録は変わるだろうが、転生した私を家族でもないのに弟子として世話してくれたんだ。


「オレもついていけば良かったな」

「何言ってるのよ。ジャックが付いてきてたら国中大騒ぎじゃない。それに、貴方がクラブの面倒見たりしてくれたんでしょう?感謝しているのよ私は」


 手を後ろで組んで、ジャックの前に立ちお礼を言う。


「ありがとうございました。ジャックの友達で良かったわ私」

「シルヴィア……」


 これは私の本心だ。

 エースとジャックが対立することにはなってしまったが、そのおかげでクローバー家の今がある。

 あの日、屋敷にやってきたジャックを叩いた後はビクビクしていたけど、そのことが今の私に平穏をもたらすきっかけになったんだ。


「なんだか照れるわね。ジャックとは軽口を言い合うくらいが丁度いいわ」

「もっとしおらしくていいくらいだ。貴様は普段の態度がなっていないからな」

「ジャックのくせに偉そうよ」

「オレは王子だ。実際に偉いんだよ。クローバー伯爵令嬢殿」

「その呼ばれ方慣れないわね」

「オレ様も言ってて気持ち悪くなった」

「「ぷっははは」」


 同じタイミングで笑ってしまった。

 お互いに気を使わなくてよくなって清正した。

 男女の友情が成立しないって意見を聞くけど、私とジャックの関係は友達だと思う。

 こんなに私に突っかかったり、ふざけあったりする人が特別な感情を抱くわけないしね。


「シルヴィア。昼食は済ませたか?」

「いいえ。まだよ」

「先週、仲間と見つけた美味い料理屋がある。そこでどうだ?」

「私はそんなにお金持ってきてないわよ」

「心配しなくてもオレ様の奢りだ」

「よし!とびっきり高いメニューを頼んであげるわ ね!」

「太るぞ」

「鍛えてるから太りませーん。残念でした」


 筋トレと魔法の自主練のおかけで代謝が良くなった。ご飯は平均的な女性より多く食べるようになったわ。そうでなくても魔法使いは普通の人より魔力というエネルギーを消費するから大食らいが多い。

 なので魔法学園で食べ物の屋台をすると儲かるのが常識だ。

 ソフィアからは羨ましがられたけど、あの子もスタイルは悪くないわよ。細身だけど健康的だし、アリアはとても女の子らしい体型。

 私はお尻が大きいだけでうっすらと腹筋に線が……割れてないんだからね!!


 それはさておき、ジャックに連れられたのは高級フレンチのお店だった。

 パンは焼きたてで白い生地の高級品。出された飲み物も数種類の茶葉を使った栄養価の高いものだった。

 寮で食べる物も美味しいが、ここのはその更に上を行っていた。


「学園内だと理事や来賓に振る舞われているみたいだぞ」

「宮廷料理人クラスってことね。ウチの料理長が超える壁がまた一つ増えたわね」

「貴様は実家の使用人に何を求めているんだ……」


 最終的には日本にいた頃と遜色ないメニューの開発をしてもらうつもりです。

 入学前に会った時にレシピ集は渡しているから今頃は必死に練習しているはずよ。

 娘さんも見習いとして厨房に入っていたし、将来が楽しみだわ。


「物を渡すよりこういった食事の方がいいな」

「ダメよ。料理は食べたら無くなっちゃうじゃない。もっとこう、思いを込めた品がいいわ」


 ジャックが妥協しようとしたので忠告しておく。

 好きな人の気を引いたり、告白しようと思うなら物がいいわね。花は枯れたりしちゃうからアクセサリーや普段から使う物が良さげ。

 エリスさんはよくお茶会を開くみたいだならティーセットとか?ただ、目が見えないなら感動が薄いわよね。


「装飾品か……」

「指輪とかじゃない定番は?」

「それは気が早過ぎるだろ!」

「それくらいの方が良いと思うわよ。私は指輪貰えたら嬉しいし」


 勿体無くて首からぶら下げて服の内側に隠してあるけど、お師匠様から貰った時は嬉しかった。

 実用性の塊ではあるけどサイズもピッタリだし、私の為に用意された物だと思うと愛されてるな〜って実感する。

 一番弟子だものね!贔屓してもらわなきゃ。


「むむっ。そうか……」


 お会計をジャックに任せてお昼を済ませた私達は改めてあちこちを見て回った。

 高級品が並ぶアクセサリー店。魔法を付与した生地で作ったドレスやローブ。名前を彫ってくれる文房具屋。

 露店が集まる広場では路上に座り込んで自前の魔法道具を売る学生や、楽器を弾いて物語りを語る吟遊詩人。モグラ叩きもどきな屋台があって、挑戦して景品を根こそぎいただいたらジャックから止められた。一つだけにして後は返して来いって。

 どこの店も学生が関わっていて、挑戦的でいて荒削りだが光るものが沢山あった。誰もかれもが上昇志向を持って明日を生きようとしている。

 こんな都市で危険な実験や革命の準備がされているというエースの話が信じられない。


 ジャックはその事を知らないようだけど、教えた方が良いのかな?

 いや、恋に夢中になってそうな所に水を差すのはやめておこう。

 何かあれば私もエースを手伝って止めてみせるわ。


「決まった?」

「あぁ。貴様からのアドバイスも聞いて良い物が買えたぞ」


 そう返事があったのは日が沈みかけている夕方だった。

 私達二人は街中にある丘の上から綺麗な夕焼けを見ていた。

 休日というのもあってまだまだ街の明かりは消えなさそうだ。


「男のくせに判断が遅いわね」

「貴様のように脊髄反射で行動しないからなオレ様は」

「失礼なやつ」

「……なぁ、シルヴィア。今日一日、ずっと聞きたいと思っていたが、エースから告白されたらしいな」

「えぇ。そうよ」


 切り出された話題は昨晩についての事だった。

 同じ寮内にいてジャックが知らないわけないとは思ってたが、ここにきてついに来たか。

 これで私がエース側に付くとジャックとしては困るものね。味方が減るって意味で。


「どうするつもりだ。返事はまだしていないんだろ?

 」

「なんていうか、初めてのことでよく分からない」


 他人から好意を寄せて貰って、婚約者にしたいなんて言われたのは人生初。

 しかも相手は王子様ときた。女の子なら誰しも一度は憧れる展開なんだろうけど、今の私には持て余してしまう内容だ。


「即決しなかったことは褒めてやる」

「それはどうも。流石の私もクラブや家族のことがかかっているし、簡単には決めきれないわよ。エースは私が婚約者になればクローバー家の面倒を見てくれるそうよ」

「別にそうなったとしてもオレ様はクラブを虐げたりはせん。アイツは貴様や伯爵のためにオレを支えてくれたのだからな。そこは変わらない」


 すぐ隣で話しているのに、私とジャックは違う物を見て話している。

 私は夕陽を。ジャックは私を。

 おかげで顔を合わせ辛い。このまま時が経って解散になればいいけどそうはいかない。


「悩んでいるのかシルヴィア」

「悩むわよ。私だって乙女なんだから。あんなに熱く迫られたら嬉しいし、恥ずかしいし、困っちゃうし」

「それが聞けて満足したな」


 私みたいなのが恋愛について悩むのが間抜けに見えるっていいたいの?

 ジト目で銀髪の少年を睨みつけようと首を動かすと、小さな箱が差し出されていた。


「なにこれ?」

「今日一日、ずっとオレ様が悩んで探していた物だ。開けてみろ」


 とりあえず手渡されたので開けてみる。

 中には葉が四枚あるクローバーの形をしたイヤリングが入っていた。


「三つ葉は伯爵家の紋章だからな。四つ葉なら被らないし幸運とまで呼ばれるから魔除けくらいにはなるだろう。苦労したぞ?貴様が屋台に目を引かれている間に注文して、さっきトイレに行くついでに受け取ってきた」


 イタズラが成功した子供みたいに話すジャック。

 このイヤリング、買い物途中で見かけて気になっていたものだ。

 それをいつの間に……。


「付き添いのお代にしては高級品ね。本命は何を用意したのかしら」

「それが本命だ。それをシルヴィアに渡すために今日は付き合ってもらった」


 ……はい?本命?エリスさんじゃなくて?


「ふん。随分と間抜けな顔で固まったな。気づいていなかったのか?」

「えーと、エリスさんへのプレゼントじゃないのこれ?」

「たわけ。何でエリス姉にイヤリングを渡すんだ。オレ様が考えていたのは貴様への贈り物だぞ」


 話が見えてこない。

 私を買い物に付き合わせたのは私へのプレゼントを選ぶため?

 食事よりアクセサリーみたいに形に残る方が良いって言ったから用意したのよね?

 でも何で?誕生日でもないし、特別に褒められるようなことしてないわよ?


「ここまで言ってまだ気づかないのは驚きだな」

「……なんの記念日?ドッキリかなにか?」


 周囲に人影なし!

 魔道具を使って隠れている形跡もなし!

 状況がさっぱり理解できません!


「オレ様の女になれシルヴィア。エースなんかに貴様は渡さんぞ」


 歯を見せながら堂々と、自信満々にジャックは宣言した。

 その瞳の色は違えど、眼差しはつい最近見た人物にそっくりだった。


「…………………無理」

「ん?何か言ったか?」


 眉をひそめるジャック。

 私との距離は目と鼻の先だ。深呼吸すれば吐息が当たりそうなくらい。

 このまま抱き寄せられてキスでもされそうな距離が私には我慢できなかった。




「無理無理無理無理無理〜っ!!」







 ジャックを突き飛ばし私は全速力でその場から走り去るのだった。




















「イヤリングを握り締めて行ったということは、どうやら会心の一撃が効いたようだなシルヴィア。……こっちだって恥ずかしくて火を吹きそうだぞ……馬鹿者め」




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