クリソツ

 モスクワにあるスケートリンクの隅っこで、プーチンとメドベージェフが話をしている。滑っている人間は一人もいない。二人は全裸で、腰を前後させる動きを機械的に反復している。

「北方領土問題では譲歩できないが、経済のことを考えると日本とは仲良くしておいた方がいいよな、メドベージェフくん」

「そうですね、閣下。いっときと比べると国力は低下しましたが、アジア有数の経済大国であることに変わりありませんから」

「関係を深めておいて損はない」

「はい。ただ、日本との関係を改善するにあたっては、アメリカが――」

「邪魔だよな。日本の問題となると、決まってアメリカが邪魔になる。あの国がバックについているから、話がややこしい。上手くいくものも上手くいかない」

 二人は気配を感じ、腰の動きを止めて左斜め前方を見た。無人だったはずの氷の上を、一匹の猿が素足で滑走している。ロシアでは見かけない種類の猿だ。雌なのだろう、形も大きさもバスケットボールほどの乳房が胸部からぶら下がっている。その顔は――。

「メドベージェフくん。あの猿は、日本の映画監督のツトム・ミヤザキにクリソツだね」

「それはシリアルキラーです、閣下。正しくはハヤオ・ミヤザキです」

「そうだったな。……それにしても、気味が悪いほどクリソツだな。我が国のアイススケート場にいる理由も分からない」

 宮崎駿似の雌猿が氷を蹴り、宙を舞った。三回転半ジャンプを試みたらしかったが、一回転した直後に体勢を崩し、頭から着氷した。醜い声を撒き散らし、醜くのたうち回る。

「なあ、メドベージェフくん」

 プーチンは険しい表情を話し相手に向ける。

「もしかして、私はプーチンではなくて、君はメドベージェフではなくて、プーチンやメドベージェフに似た猿に過ぎないのではないか?」

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