エゴイズム
極楽でのことだ。死者の行状を監視する役割を担う者たちが、円卓を囲んで食事をしていると、遅参した釈迦が着席するなり言った。
「昨朝、蓮池から蜘蛛の糸を垂らして、カンダタという盗賊を地獄から救い出そうと試みました。彼が生前、蜘蛛を助けたことを思い出したものですから」
釈迦は悲しげに顔を歪める。
「自分だけが地獄から逃れようとしたために、結局、極楽には到達できませんでしたが」
釈迦が去った後、四人の監視員は膝を突き合わせ、声を潜めて話し合った。
「釈迦の野郎、余計な真似をしやがって」
シャキが吐き捨てるように言った。
「確かに釈迦は、閻魔大王が定めた罪人の行き先を変更する特権を有していますが、しかし、それをこうも頻発されては……」
嘆かわしげに呟いたのは、シャクだ。
「その悪人が、極楽に辿り着いて悪事を働いたかもしれないと思うと、ぞっとするよ」
シャケはそう言って、身震いをした。
「てめえの慈悲深さに酔いたいがためだけにそいつを助けた、ってわけか。盗賊なんかより、釈迦の方がよっぽど質が悪いな」
シャコのあからさまな非難の言葉に、三人は強張った顔を彼に向けた。だがシャコは、悪びれる様子もなく言ってのけた。
「小悪党を何万人地獄へ落とすよりも、あいつ一人を極楽から追放した方が、よっぽど人間のためになると俺は思うけどな」
翌日、朝食の時間になってもシャコが食堂に姿を見せない。三人が心配していたところ、いつものように遅れてやって来た釈迦が、悲しげに顔を歪めて報告した。
「シャコは地獄へ墜ちました。彼は、してはならない悪事を働いたのです」
三人は確信する。この男は、我欲を満たすためならば、自らの手で地獄へ落としたシャコにさえも、平気な顔をして救いの糸を差し伸べるに違いない、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます