【第27話:かばでぃとコンポタ】

 今僕たちがいる芝生が広がるエリアは、入場ゲートからかなり離れている。

 そのため、正たちが戻ってくるまでには、まだ少し時間がかかりそうだった。


 さやかちゃんの寝顔にほっこりしつつ、寝言でも能力が発動するという事実に驚きつつ待っていたのだけど、五月にしては今日はとても日差しが強く、少しのどが渇いてきた。

 それなのに、さっき正がバカみたいにお茶を一人でがぶがぶ飲んでしまったために、お茶ももうなくなってしまっていた。


「えっと、飲み物買ってこようかと思うんだけど、なにが良いかな?」


 だから僕は、みんなの分の飲み物を買ってくることにした。


「お? 兎丸にしては気が利くじゃない? じゃぁ、あたしはアイスティー!」


「にしてはってなんだよ。そんな事いうと、うっかり間違って熱々のコンポタ買ってくるぞ……」


「うっ……この日差しの中、コンポタは勘弁して。とりあえず冷たい紅茶ならなんでも良いからよろしく~。あと、奢ってくれてありがと~」


 くっ、奢るとは一言も言っていないんだけど、小岩井はほんとにちゃっかりしてるなぁ……。


「ん~、じゃぁ私も甘えちゃっていいかな?」


「うん。もちろん」


 貴宝院さんの奥ゆかしさを少し見習って欲しい。

 とか思ってたら、凄いジト目で睨まれた。


 あっ、はい。文句はありませんから……。


「えっと、私は冷たい緑茶があったらそれをお願いできるかな? さやかは、私の分けて一緒に飲むから一本で良いよ」


「りょうかい。それじゃぁ、僕ちょっと行ってくるね」


 僕を見送りつつ「ダッシュでね~」という言葉を投げかけてくる小岩井をスルーして、きつい日差しの中、僕はさっき見かけた売店に向かったのでした。


 ◆


 神成くんを見送ってから五分ほどが経っていました。


 私は、心愛の膝を枕にして、気持ちよさそうに寝ているさやかの寝顔をぼんやりと眺めながら、このゆったりとした時間を楽しんでいます。

 ちなみに心愛に膝枕をして貰っているのは、こうしておけば、さやかが寝言で「みーんみーん」と言っても丈夫だから。


 でも、寝言で言うのも、それで発動するのも知らなかったな……私も寝言で「カバディ」って呟いていたらどうしよう……。


「さやかちゃん、気持ちよさそうに寝てるね~」


「え? あ、うん。嬉しくて凄く興奮してたからね~。心愛、もし重かったら交代するから言ってね」


 高校一年の時は、さやかを連れて友達と遊園地に来ることが出来るなんて思いもしなかったので、この状況そのものが私も凄く楽しかった。


 私が中学にあがったぐらいからかな?

 ネットで話題にされる前から、外に出るとやたらと声を掛けられることが多くなったし、他の中学にまで私のファンクラブだとか言うのが出来てしまって、ちょっと怖くて迂闊に妹を連れて歩く事も出来なくなった。


 能力のお陰で二人でなら、何とか出掛ける事は出来たけど、そこに誰かが加わるなんて無理だと思ってたな……。


 その事は嬉しいんだけど……なんだろう? 私は何かを忘れているような気がして、でも思い出せなくて、なんだかもやもやとしていました。


 すると、私の様子に気付いた心愛が、少し心配そうに話しかけてきた。


「葵那? どうしたの?」


「うぅん。何でもないよ。それより、今日は五月なのに本当に暑いねぇ~」


「だよね~。葵那が日焼け止め持ってきてくれてて助かったわ」


 駅で待ち合わせをしていた時、日差しが強かったので私のを貸してあげたから、その事を言っているのでしょう。


「まだ大丈夫だけど、もう少し後で塗り直そ。これ、スプレータイプで手軽なのは良いんだけど、効果時間短めだから」


 と、そんな会話をしていると、ようやくある事を思い出しました。


「あ……そうだった……」


「ん? 葵那、どうしたの?」


 私は、すっかりあることを忘れてしまっていました……。


「あのさ、心愛……神成くんって……」


「とみゃる……だよ……むにゃ」


 うっ……私の妹ながら、寝言でまで人の呼び方にこだわるその姿勢に感服です……。


 あっ、いや、そうじゃなくて!?


「心愛、と、兎丸くんってさぁ、驚くほど方向音痴なんだけど、大丈夫かな?」


 私がそう尋ねた瞬間、心愛は顔を大きく歪め……、


「し、しまった!? 最近は、揶揄うネタでしか話して無かったから忘れてたわ! あいつ、とんでもない方向音痴だったわね……」


 と、額に手を当てて声をあげた。


 どうやら心愛も、神成くんが凄い方向音痴だと言うことを知っていたようです。


「しまったなぁ。兎丸の方向音痴の逸話は伝説級なのに、すっかり忘れていたわ」


 伝説級の方向音痴ってなんなのかしら……。


「あたしが見たのだと、あいつ中学の時、帰りにコンビニに寄って出てきたら、家と反対の方向に歩き出したこととかあるのよ? こんなのさわりだけどね」


「そ、それは中々の逸話だね……」


 でも、それで「さわり」なのね。

 そうなると伝説級の方が気になるけど、でも、それはまた今度聞くとして、絶対教えて貰うとして、今はここまで無事に戻ってこれるのか、本当に心配になってきてしまいました。


「私、ちょっとメッセージ送ってみるね」


 私はそう言って、スマホを取り出すと、


『兎丸くん。さっきうっかり飲み物買いに行くのお願いしちゃったけど、場所わかる?迷ってない?とりあえず返事ください。早めにね!』


 と打ち込んで送信しました。


 あ……思わず「兎丸くん」って入力しちゃった。

 ちょっと恥ずかしい……。


 などと思っていると、心愛に話しかけられました。


「ね、ねぇ葵那……」


「ん? どうしたの? メッセージ送っておいたよ」


「うっ……やっぱり本当にもうメッセージ送ったんだ……指の動きが見えなかったわ……」


 後半がちょっと聞き取れなかったけど、何か凄く驚いているみたい。

 どうしたのかな?


 しかし、それからさらに五分以上たっても、まだ兎丸くんからメッセージが返ってきませんでした。

 いつも、すぐ返事くれるから心配だな……。


「ね、ねぇ、心愛。私、ちょっと兎丸くん見てくるよ。さやかの事、お願いしてもいい?」


「え? う、うん。それは別に良いけど」


「じゃぁ、行ってくるね。なるべく早く帰ってくるつもりだけど、もし入れ違いで先に兎丸くんが帰ってきたりしたら、メッセージ送って」


 そう言って私は、なんだか胸騒ぎがする中、兎丸くんを探しに向かったのでした。

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