第12話 ◆ サイレントキラー
◆ サイレントキラー
エンジン音も足音もしない。なんの気配もさせずに、暴走族をつぶしてゆく謎のチーム。
狂聖12(クルセイダース)
およそ10年前の事、この街にはそんな噂が流れ、たむろするチームが次々と襲われる事件が起きた。
ある者はバイクを焼かれ、ある者は恐怖からか自損で転倒し二度とバイクに乗れなくなった。そしてそんな事件現場の写真にいくつか、事故の様子を見つめる十字架を背負った白い学ラン姿の背中が写り込んでいたのがネットで拡散され話題になった事があったのだ。
その白い学ランを見たバイク乗りは死ぬ。そういった噂が広まった。
「おい、逃げろよ」
深夜、高架下に7台のバイクがたむろしていた。
そこへ、自転車のペダルに足をかけた中学生がひとり、そう声を落としたのだ。
「逃げろって? チビ、オマエからか? あ?」
眉を剃り落とし、脱色した髪をオールバックにした一人が、中学生に挑発されたと思い立ち上がった。
「お? おまえ、それどうなってんの?」
しかし少年の顔を見て一瞬ひるんだ。
「どした?」
もうひとり立ち上がって来て、ふたりが少年の顔を見た。
「…お! 吸血鬼みたいだな」
「バカ、吸血鬼が自転車乗って来るかよ」
夜目にも白く血の気のひいたような顔をした少年は、金色の瞳で彼らを見返していた。
「なにそれ? カラコン」
2人を見上げ、
「おまえら、サーカスのトレーラーを燃やしたか?」
苛(いら)ついた声でそう言った。
「なんだと?」
「城址の公園のサーカステントを燃やしたか? て、聞いてんだよ」
金色の瞳で凝視されて問われると、呪縛されたような緊張に囚われた。
「なんだ? あの公園の火事の事か?」
しかし声変わりもしていない線の細い少年に、蔑み切った態度をとられた数人もカチンときて、1人の子どもを取り囲んだ。
「そんな所、行った事もねえ」
紫のシャツの袖をまくった男がつばを吐いた。
「じゃ、たむろってないで逃げた方がいいよ」
少年はこういう連中を憎んではいるが、あくまでも忠告に来たつもりでいた。
「なぁ、こいつ…… もしかして噂に聞くあれじゃねえだろうな?」
「なんだよ?」
「なんか気配もなく近づいて来て、族つぶすナニかがいるってゆーよ」
「目、金色ってちょっとすごくねーか?」
少年の瞳は父親ゆずりだ。
「カラコンだろ? チビ、生意気な態度してっとガキでもシメんぞ、おらぁ!」
最初に立ち上がった一人が少年の胸ぐらをつかんだ瞬間、少年は両手を合わせるようにその手をつかみ、飛びつくように相手の頬を右足で蹴りつけた。
「ぐわっ! ヤロウ!!」
そしてまだ腕をはなさず、蹴りつけた右足を相手の首にかけ、左足を、つかんだ相手の胸に上げて肘関節へ思いっきり体重をかけた。
「うっぎゃあああ!」
折れる! 勇み立って来たひとりが倒れ、足をばたつかせた時、ドカッ! と、少年は背中を蹴り飛ばされた。
「ヘッド!」
その時もう一人の少年が現れて、BMXの前輪を浮かせ背中を蹴った男へ突進した!
「ナメンな! ガキども!」
しかし中学生の少年たちと、たむろしていた輩の体重差は大人と子どもで、突っ込んだ少年も小型の自転車ごとつかまれ振り飛ばされた。
「ジュージ!」
金色の瞳の少年が地を蹴って、BMXを掴んだ男の腹へ跳び蹴りしてそのまま腹を踏み、あごも蹴り上げて後方宙返りをして着地した。
「うお! こいつ、すげえぞ!」
しかし体重の軽さは攻撃力の弱さと等しく、ダメージは少ない。
白い上着の襟首をつかまれ、ふたりとも容易に捕まってしまった。
「バカヤロウが! 関節全部折って一生成長できなくしてやる!」
ヘッドロックされ、ふたりがひざをつかされたその時、
ドーーーーーン!!!
と、離れた場所の1台がタンクから火を噴いて燃え上がった。
「うっわ!!」
のけぞる集団の方へ、燃えたバイクが何者かに蹴られたように倒れ込んで来た。
「火から遠ざけろ!!」
あわててバイクを動かそうとした男たちの一人がつまずき火の中に飛び込んだ。
「うわわわわわっ!!」
「引火する!!!」
「ダメだ逃げろ!!」
バイクを押し出し、火から離れる連中と燃える仲間を引っ張り地面に寝かせ火を消そうと上着をかぶせる男たちで高架下はパニックになり、少年たちは逃れた。
「やめろよ!」
少年が叫んでいた。炎の向こうで濃くなった闇に、ひらめくマントが見えた気がして、金色の瞳の少年はBMXのペダルを踏み込み、それを追った。少年は誰にも見えないなにかを追いかけているようにペダルを懸命に漕ぎ続けた。サイレンを鳴らし駆けつけるパトカーや消防車が何台も少年とすれちがった。歩道橋を見上げ、軽量のBMXを片手に階段を駆け上がった少年の前に、黒いマントがはためき、歩道橋の柵にもたれ男が現れた。
「父さん!」
少年はそう呼んだ。
「シロウよ……」
黒いマントの男が呼びかけた。
「危ないから、夜出歩くんじゃない」
声が絶望に満ちている。
「父さんがむちゃくちゃするからだ!」
「…おまえは子どもだ。朝志(ともし)のところに居なさい」
「とも叔父さんも心配してるよ!」
「わしはもう、、、戻れはせん」
黒マントの男は白い手袋をはめた手をシロウの頬にのばし、人差し指で子どもの鼻をぬぐった。鼻血が出ていた。
「帰ってきてよ」
ハンドルをはなし、シロウは父親の腕をつかみ真っすぐに眼を見上げた。
「すまんな」
黒いマントの男は息子からつかまれた腕をゆっくりとぬき、短く声を落とし、そしてとろりと闇に消えてしまった。
「バカヤローーーー!!」
少年の声が赤い回転灯の反射する歩道橋の上から、バイクの燃える黒い煙りとともに夜空へ吸い込まれていった。
「……ヘッド」
十児が追いついて来た。
「その呼び方やめろ」
士朗には聖午(しょうご)という双子の弟がいた。
「ショウのカタキだ… オレは、親父さんかっこいいと思う」
十児は聖午と同じクラスだった。3人でBMXのアクロバットチームを組んでいた。
「ダメだろ。死人が出ていないのが不思議なくらいだ」
「でも親父さんがやってなきゃ、オマエ金属バット持って族狩りしてたじゃねえか」
「父さんに…… 殺人犯になって欲しくない」
「そりゃ… そうだろうけど」
他に月夜美(つくよみ)という姉と、一夜(かずや)、星二(せいじ)という兄がいて、士朗は5人兄姉弟(きょうだい)だった。それをみんな、あの城址の公園で失った。
火事だった。
1ヶ月の興行予定が、来栖(くるす)一家の生まれ故郷で組まれていた。
14才だった士朗と双子の聖午(しょうご)は、父親の弟である朝志(ともし)の家で育った。高校生の月夜美(つくよみ)と叔父夫妻5人で暮らし、そこから中学に通いながら、この年、家業のサーカスにデビューする予定だった。
二人の兄一夜(かずや)と星二(せいじ)、父はトレーラー暮らしで団員を引き連れ世界を巡っていた。白いライオンと白虎、黒豹をトレーラーに飼い、雑技団と合同で興行に回っていた。父親はイリュージョンを得意とし、兄姉弟(きょうだい)は空中ブランコを得意としていた。
天井に五芒星の回るセットを吊り、そこから5台のブランコを揺らし、連続で飛び移ったり、星の一筆書きを空書きするように乗り換える演目が人気だった。
新しい技と演目を披露できるように士朗も当時練習を重ねていた。
それが……
火事を起こしたのは、地元の暴走族だ。
テントの様子が珍しくて徘徊に来たのだ。
当時17才だった月夜美も目を惹いた。
髪の長い美しい少女だった。
「えーーーっっ? ここに住んでるの?」
ファンも多く、トレーラーまで詰めかけ並ぶ者たちまでいた。
集客のために、流行の握手会をしたのも人気をヒートアップさせた原因だった。
長兄の一夜と星二が盾となり、そういう輩を遠ざけ防いでいたけれど、逆恨みされたりしつこく仲間を連れて来る者たちまで出て来てしまった。
そしてある夜
「マリファナが、このテントで取引されていたというタレコミがあった」
警察が青テントの査察に入ったのがケチのつき始めで、興行は何日か残して中止になってしまった。設営し宿泊していた城址のトレーラーも差し押さえられた。暴走族がたむろしてからかいに来るようになり、そいつらの吸う煙草から引火した。
マリファナも、そいつらが持ち込んでいたものだった。
猛獣が檻から逃げ、火事に巻き込まれた兄姉弟(きょうだい)や団員たちが行方不明になった。捜索に来ていた警官やプライベートリハーサルというかたちで開場待ちしていた招待客の一部も火事に巻き込まれた。
父親と士朗だけは、その時ちょうど火事の現場にいなかった。
ふたりで修理に出していた自転車を受け取りに来ていたのだった。
聖午と月夜美も朝志叔父の家の方ではなく、その時はトレーラーの方に来ていた。家族のトレーラー、雑技団のトレーラーも爆発を引き起こし木っ端微塵になっていた。
身元不明の遺体が何人もあり、その中のいくつかが兄姉弟(きょうだい)なのでは、という見方を、士朗は信じなかった。
「シロウさん! 待ちなさい!」
朝志が止めるのを何度もふり切って、士朗は修理したばかりの自転車を夜中に走らせ、バイクの集まる集会場所を探し出し襲撃を繰り返した。
「オマエか! 燃やしたのは! お前らか!!」
中学生とはいっても、産まれた時からアクロバットの手ほどきをされ、毎日みがき続け成長して来た士朗は、いわば忍者にも劣らない身体能力を備え、年上のヤンキーどもにもひけをとらなかった。
この頃の士朗は、もう自分には、聖午や、兄姉弟たちの仇討ちに明け暮れ、いつか自分も殺人犯になって、少年院にでも入って終わりだと、それでいいんだと荒んでいた。しかし父親はそれ以上だっ
た。
イリュージョンで培った幻術や催眠術で片っ端から暴走族を狙って復讐を繰り返した。士朗は恐ろしさに、いつしか先回りして父親をとめようと走り、探しまわる夜を繰り返すようになっていた。
ようやく終わったのは、その火事の原因をつくった犯人たちが、
噂で聞く暴行の恐ろしさに、警察に保護されたい一心で出頭した事
から、ようやく収まりを見せたのだった。そして本当に、士朗の父親は得意のイリュージョンのごとく、消息不明のまま消えてしまったのだ。
それ以降どんな公演も、この城址では禁止になってしまった。
ここに集まるのは、深夜集会する猫ばかりとなった。
†
「いや、わかんねえわ。ぜったい」
車から降り、愛車によりかかってタバコを吹かす士朗が、横に立つ白バイ警官と目を見交わし、苦く下を向いてまた目を伏せた。
「目、カラコン? むかし金色だったもんな」
十児が士朗の瞳を覗き込んで言った。
「なに、嫁さんと子ども?」
助手席の沙羅先生となぞの女の子を見て十児が言った。
「ないないない!」
沙羅先生があわてて手を振った。
「じゃ、まぁ…… 今の違反は、チャラって事でよ」
士朗が誤魔化そうと笑ってみた。
「いや、ダメだろそりゃ。それこそ、ないない」
十児も笑いに応えようと声を明るく努めつつ、しかし職務に誠実な回答しかしなかった。まるでシロウたちの続きをしているがごとく、ジュウジが白バイ警官になって、暴走族解体に未だ奔走しているとは夢にも思わなかった。
「ちょい、急ぎでよ」
叔父である校長先生の立場を少しだけ思って、士朗はできればスルーしてもらえないかと十児に粘ってみた。
「ダメなもんはダメ」
あくまで違反切符を切ろうと書類を用意する十児をにらんでいると携帯が鳴った。士朗の携帯だ。
「ん? 紘川か……」
着信番号を確認する士朗の手元のスマホを、十児も思わず見た。
紘川偲、と発信者の名前が表示されているのを見て、十児が目を丸くする。士朗が電話に出ると、声は橘真司だった。
これから鉱石公園へ行くという。
「わかった。俺もそっちへ行く」
切った士朗の電話を指差し、十児が固まっていた。
「それ……」
「なんだよ?」
「いや、そういえば士朗って、今なにやってんの?」
「あ? 中学の教師だよ…… ん? そういや十児もヒロカワって言ったよな」
こくこくとうなずく十児が、
「あいつがよく言うシロウちゃんって先公はまさか……」
「は? おまえ、紘川偲を知ってんのか?」
「「おまえ」」
とお互い相手を指差しながら、
「「まさか?」」
と今度は自分自身を指し合い、
「担任」と士朗。
「兄」と十児。
「「えええええーーーーーーーーーーっっっ!!」」
ああ、どうりで狂聖12(クルセイダース)なんて紘川が知っていたわけか、と士朗はなんだか腑に落ちた。
「なんだ? うちの妹になんかあったのか?」
白バイ警官から、急に妹を心配するただの兄になった十児に、
「おお、いやな予感がするんだ。あの公園に向かうってよ」
「あの公園」と言えば十児には通じた。
台風の目が通過したのか? またみるみる空が黒雲に被われていった。
士朗は行方不明の生徒を捜して、城址の公園に向かおうとしている事と、そこへ十児の妹を含めた何人かの生徒たちも向かっている事を教えた。十児も友だちだった聖午の亡くなった公園に妹が向かっている事に、不吉な予感が過(よぎ)った。
「ちっ、先導するわ!」
聖午と士朗とつるんでいた中学生の頃、十児も妹の偲を連れてあの公園によく遊びに行っていたひとりだった。妹がなにかに巻き込まれる可能性を心配し、十児は違反切符はとりあえずいったん置いてそう言った。
水に落ちた墨汁の様に急速に流れ集まる黒雲の向こうで、雲竜にかじられているかのように太陽が刻々と姿を消し始めていた。
†
「片流れ屋根建物埴輪」は、古代殯(もがり)と呼ばれた死に際しての儀式に用いられた仮小屋を模した埴輪で、この城址がある地から出土した。この城址は元は古代の古墳の上に建てられていたらしく、他にも舟や馬の埴輪が出土している。「片流れ屋根」の建物では、遊離した魂を鳥にのせ天へ返す呪術や、離れた魂を体へ戻す玉依姫(たまよりひめ)の術、遊部(あそびべ)という特殊技能集団などが神事を行ったとされる処で、それはちょうど、舜の座るすべり台とも構造がよく似ていた。
「地から奪えぬなら、宙から吊るまでよ」
銀猫マオルに思いがけず描かれた魔法陣のせいで、すべり台へ近寄れないマグレは、8つ目の天窓に身をやつした大蜘蛛へ向かって水晶の杖を振り上げた。身を包む黒い尾籠度(びろうど)のチャイナに切れ込んだスリットから、白く生々しい足が見え隠れする紅炎が綱渡りするのを、ちょっと気後れしながら見つめる舜の頭上に、ビーズのように露の付着した蜘蛛の糸が音もなく降りて来ていた。この8つ目が現れた時、せっかく働いた第六感を無視してしまった今の舜には、するすると近づいて来た危機を関知する警戒心がもう欠けていた。
しかし垂れて来た糸が舜の髪に触れようか……と迫った刹那、ひざの上のマオルが「はっ!」と天頂を振り仰ぎ、すばやく舜の肩に駆け上がった。そして降りて来た糸を振り祓おうと、舜の肩に立ち前足で宙をかいた。
小さなマオルはお腹を舜の耳に寄りかからせて、必死に短い前足を振り回している。
「けなげな」
マグレはこの銀の仔猫をとても気に入ったが、今はやはり都合が悪いのだ。指を3本立て宙で回す仕種をすると、蜘蛛の糸の先が3つに分かれ、マオルの両前足と首に巻きついた。
「かわいそうじゃが……」
マオルの小さな体が吊り上げられた。蜘蛛の糸にビーズのように付着したたくさんの露は、ただの水滴にも、透明な子蜘蛛のようにも見え、巻きついたマオルの首のまわりに集まって命を吸い上げるかのように膨らんだりしぼんだりしだした。
「マオル!」
舜はあわててマオルを両手で包み、持っていかれないように蜘蛛の糸を引っぱった。しかしそうするとかえって首が絞まり、マオルはますます苦しんだ。
(これを切らなきゃ!)
でも、糸を切るものなんて、舜は何も持っていない。
(どうしよう!)
焦る舜の胸元を、ばたついたマオルの後足が蹴った。
その時、舜の胸ポケットから、林檎の芯が飛び出した。かと思ったら、カラスにならなかった紅炎の投げた羽根ナイフが飛び出て来た!
「えっ?!!」
マオルが舜に林檎の半分を投げよこした時に、カラスに変化させずに1刃捕まえ隠しおいたものだった。
透明な子蜘蛛たちはマオルから吸い上げた生気を蜘蛛の糸を伝ってどんどん天頂へ送っている。
「こんのぉっ!」
マオルがいざという時の護身用に隠しておいてくれたナイフだ。黒く光る羽根ナイフを手に取り、舜はマオルの首に巻きついた糸を断った。
「みゃお(それ、あたしのよ)」
紅炎がそれに気づき一声鳴くと、羽根はカラスに戻って舜の手元から飛び去ってしまった。
パチン! マグレが指を鳴らした。
断たれた蜘蛛の糸が本来の狙いである舜に巻きついた。糸の切られたマオルは足もとに落ち、入れ替わりに舜の体が吊り上げられた。
マオルはぐったりとすべり台へ落ち地面まですべり流れた。遠くなるマオルの小さな体へ舜は届かない手を伸ばした。しかし吊り上げられる舜との距離はますます遠ざかる一方で、もがいても、もうどうにもならなかった。
落ちたマオルは、もう動かなかった。
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