第8話 ◆ 第2接触 食既(しょくき)

◆ 第2接触 食既


 プラズマを帯びた赤いファーを首から肩へかけ、黒猫は太ももまで切れ込みのある大人びた黒いチャイナドレスへ、シャム猫は銀色、それぞれ毛並を衣装の色へ映した猫もいれば、そうでもないモノも多いようで、紅いチャイナを着た小姐(シャオジェ)たちが多く現れた。

 小姐たちは散らばり、それぞれ配置についた。


 ちりりりぃーぃいん…


 ベルを鳴らし、自転車が一台、広場を周回しはじめた。

 

 青空を切り取ったヒトガタがペダルを踏んでいる。にせものの夜の下、人の輪郭をした青い空が自転車を漕いでいるのは、ルネ・マグリットの絵のようだ。

 その自転車を、空飛ぶおたまじゃくしが追いかけている。バンドネオンやチェロのような、夕暮れを思い起こさせるトーンの音色、走るペダルのテンポに合わせ聴こえていた。

 それへ前足を、あ、いや手をのばしたのは、あの銀猫少年猫儿(マオル)だ。

 金魚を襲う猫のように音符をひとつ捕まえると、ぱくりとひとつ食べてしまった。

 それで自転車を追いかけるBGMは、ひとつ音がぬけて変な感じになった。

 「マオル!」と赤髭に叱られ、マオルはいじけたように砂に落書きをはじめた。

 

 赤いチャイナを着た小姐が2人、漕ぎ手の両脇へ腕を組むようにして、すっ、と走る自転車へ飛び乗った。

 お団子にした黒髪を真珠の連なったヘアゴムでとめ、両肩のファーが、ひらひら風にそよいだ。露出した太ももに舜がちょっと気後れしたのに気づいて、赤い小姐の1人が、舜に向かって含み笑いを艶やかな唇に浮かべた。

 3人乗りになった自転車へ、両脇からまた2人、小姐が乗り込んだ。5人乗りになった

自転車の荷台へもう1人。その1人の手をとり、両脇へまた2人ずつ。10人乗りになった自転車へ、更に足をかけて、後列の肩にまた2人、12人で扇を作った自転車は、一定の速度を変えずに白砂をぐるぐると踏み続け、円形広場を周回し続けた。


(雑技団… て、いうんだっけ?)

 そう言えば……

 舜は幼稚園の頃、真魚といっしょに連れて来てもらった事を思い出した。

(そうだ… 前にもここに、サーカス団が来たんだ)

 サーカステントの前で、祖母に抱かれた写真があった事を、舜は思い出した。

 写真には幼い真魚と、サーカスの人達も一緒に写ってくれていた。

 記憶を探し広場の見世物から気持ちが離れそうになっていた時、

 ぼうっ! と、扇状になっていた自転車の小姐たちが燃え始めた! 


「えっ?」


 驚いた舜の目の前で、小姐たちを包んだ炎は火の鳥のように燃え羽ばたき、ドーム宙空まで浮かんでくるくると丸まった。そしてそこで、太陽のような火の球になった。空色の自転車はニセモノの夜へ太陽が昇ると、炎に巻き上げられた上昇気流となって消えてしま

った。


       †


 サテライトブルーの車体を逢魔ヶ刻に走らせると、その色は昼の光の失われた誰(た)ソ彼(がれ)

に溶け込んで、まるで鏡かガラスの騎馬のように透明で見えなくなった。

 ヘルメットもかぶらずに銀髪をなびかせ、白い学ランをはためかせて走る「サイレントキラー」。10年も前に、バイクに乗る者、チームを作って公道を走る暴走族たちからゴーストのように恐れられた伝説のエンブレム…


「…こんなのじゃないわ」


 偲が、『我獣路(ガジュウジ)』の銀箔のステッカーを指ではじいた。

「十字架に狼なんて、間違ってるもの」

 隕石を顔にぶつけたような青タンをつくって、ふてくされている3人を尻目に、紘川偲は得意げに続けた。

「ほんとは、銀色の狼の首を四本の刀が交差して囲んでるのよ♥ それが十字架に見えるだけ♪」

「く、詳しいな紘川…」

 心なし青くなりながら、士朗が口を開いた。

「しかも、その銀髪のリーダーって、あたし達と同じ中学生だったんだって♥」

「ウッソ! かっこいい~♥♥♥」

 教室の女子達は嬌声を上げた。

「目が金色とかって♥」

「もうガセだろ?」

 はしゃぐ女子たちに、金色の目はねえわ! と、一部男子たちが白けた声をはさんだ。

「『狂聖12(クルセイダース)』て、ネット検索すれば出てくるし♥」

(…スマホでか?)

 士朗は内心ハラハラしながら、すぅ と、一息吸ってこう言った。


「いいか、お前ら。今なら匿名の届け出があり俺が預かった、と言ってやれるが、これ次から、持っていたやつは逮捕されるからな」


 冗談かと思って笑おうとする者、驚いて耳を澄ます者、教室のざわめきが午後の干き潮のように冷たく変わる瞬間を逃さず、さらに氷を浴びせるつもりで士朗は続けた。

「こいつに付いている錠剤は、ダイエット薬でもビタミン剤でもない」

 緊張感を張りつめさせた士朗の空気が伝わり、生徒達もピーンと冷たい空気に支配され静かになった。


「リゼルグ酸ジエチルアミノ… いわゆるLSD、つまりドラッグだ」


 夏休みを控えたこの時期、ちょうど学校全体でドラッグの授業をしたばかりだった生徒達は、士朗に覚醒剤の名前を告げられて動揺した。

「まさか、マァちゅん!?」

 麻衣と偲が、いっしょにステッカーを受け取った真魚の事を思って顔を見合わせ青くなった。すかさず士朗が「だいじょうぶ。篠月のものも回収してある」とみんなの前で告げた。


「以前も話したが、こいつの怖さは常習性と現実感の欠落だ」


 士朗の声は硬く、握りしめる拳はますます白く、生徒達の表情から何をも見逃すまいとして、教室の隅々まで神経を張り巡らせた。他の各教室でも、今いっせいに指導が入っているところだった。

「他にタトゥーシールの形状をしているものも出回っていると考えられる。舐めて貼るタイプはそこに染み込ませてあって、舐めた時の舌から、貼った時の肌の汗腺などから浸透するものもある…」

 士朗は話しながら、ポケットに手を入れる者がいないか? 目線が落着かない者、鞄や筆箱に手を伸ばす者がいないか? など、細かい一挙手一投足を願いを込めながらサーチするように目を配った。


「いいか? この毒の怖いところは、だんだん効かなくなり、すぐにもっと強い薬を求めてしまうようになる常習性だ!」


「好きな人に『花束』をプレゼントしたつもりが、現実に目覚めたら差し出していたのはナイフで! 花を抱いて眠っている、と思ったら、そいつは自分が刺したナイフの出血で死んでる光景だった、なんて事が起こりうる、恐ろしい幻覚と現実の乖離の怖さなんだ!」


 カカッ! カッ…


 士朗は黒板に、自分の携帯電話の番号とメアドを白いチョークで書き出した。

「もしお前ら自身の事でなくても、友達でも兄弟でも、ちょっとだけの知り合いでも誰でもいい。そんな事に関わっている兆しがある事、知っている事があったら頼むから! 頼むから、まず俺に知らせてくれ! 手後れにならないうちに必ず! 俺が、守るから!」

 教壇で必死に説く士朗に、生徒達もただ事じゃない真剣さと緊張感を感じ黙り込んだ。

 士朗はそれから全員を廊下へ出し、ひとりずつ、教室へ入ってくるように言った。


「なにも責めはしない。持っているもの、知っている事があったらまず出して欲しい」


 これは「命」に関わる事だから、と。


       †


 逆さにした椅子をのせた机を、かためてあった教室の後ろからだるそうに直しながら、3人の男子がぶつぶつとぼやいていた。

「…大丈夫かなぁ、あれ」

「ゲーセンやバーガー屋は、しばらく避けなきゃな…」

 1枚5千円で売って来い、と3人は10枚ずつ『狼座力王(ロザリオ)』のステッカーを持たされて

いた。

「待ち合わせ場所には俺が行くなんて、士朗ちゃん言ってたけど…」

 持っていたステッカーを全部士朗に預けた3人は、今日街のゲームセンターに集金日だと言って呼び出されていたのだった。

「一応、俺お年玉貯金おろして来たけど…」

「5万も? アホか、一回払や、ずっとたかられるぞ」

「じゃ、お前はどうするつもりだったんだよ?」

 教室のスミを箒で掃きながら、重たい空気を飲み込んで3人はうなだれた。

「…橘や山岸くらいに強けりゃな」

 掃いていた箒の手が止まり、ため息をついた時、1人の足の下で パキリ と、プラスチックの割れるような音が聞こえた。

「…ん?」

 拾ってみると、ラメの入った透明なブルーのボディのシャーペンで、後ろの方に小さな星と汽車のマスコットが鎖でぶら下がっているものだった。それが、真ん中からポッキリと折れてしまっている。


 ガララッ!


 そこへゴミ捨てに出ていた麻衣と偲が戻って来て、3人は思わず、びくっ、と肩をすくめた。

「何びっくりしてんのよ? まーた、悪さの相談してサボっていたんでしょ!」

 偲が声をかけると、シャーペンを踏んだ1人が強がった声を出した。

「アホ! 落ちていたシャーペン拾っただけだよ!」

(…落ちていたシャーペン?)

 麻衣はふと思い出し、3人に近寄った。そしてその折れたシャーペンを確認し…

「あ! これ、舜くんの!」


「マジで!?」


 3人は真司の顔を思い出して、ひぃーーーっ! とまっ青になった。


       †


 校舎正面の昇降口で、真司は京市を待っていた。

 舜の家へ様子を見に行くつもりだった真司に、俺も連れていってくれと京市が頼んだのだ。真司は、今日の昼まで顔も名前も知らなかった京市の事を、面白いヤツだな、と感じ始めていた。何より、舜の事を気にかけてくれるヤツに出くわした事を、真司は嬉しく思っていた。


(…遅えな)

 帰りのHRで、真司たちのクラスでもドラッグや暴走族の話がされていた。

 真司は拳法道場やサーフィンの先輩達から聞いていて、教室で沙羅先生が話す事よりも、街の状況は詳しく知っていたし、風邪薬さえ飲むのを嫌う真司にとって、ドラッグへの関心はまったく無かったのだけれど、バイクに関しては強い興味を持っていた。


(部活サボれなかったのかな?)


 真司は見舞いに行くから、と顧問に理由を告げて、今日はサッカー部を休ませてもらう事にしたのだけれど、兄貴がコーチに来ているという京市は、上手く剣道部を抜けられなかったのかも知れない…… と、廊下の左右を確かめながら思っていた。


 すると廊下の向こうから、着替えた麻衣たちが歩いて来るのが見えた。


 体操部の麻衣はレオタードの上にジャージをはおり、剣道部の偲は袴姿で、二人いっしょに、これから体育館へ向かうようだった。


(うわっ…)


 途端に真司は緊張して、体がすくんだ。

 麻衣も体育館へ向かう途中、下駄箱にもたれ掛かっている目立つ赤い髪に気がついた。


「あたし先行くね♪」


 ポン と、麻衣の肩をたたいて、真司にはウィンクをして偲が離れると、麻衣は普通に通り過ぎようと思っていたのに、つい足を止めてしまった。

 真司は麻衣から外した視線で、偲の後ろ姿を恨めしそうに追いかけた。


(バカヤロッ! どうしろってんだ?!)と、心の中で叫んだけれど、もちろん偲には届かない。


(ど〜しよっ? 止まっちゃったけど…)


 麻衣は麻衣で立ち止まってしまったものの、視線を合わせようとしない真司へ声をかけたものかどうか? かけるにしても、なんてかければ良いのか? 困って、口が回らずにいた。


「は、晴れたね」


 上手く話しかける話題を、麻衣は探した。

「…サッカー部、今日はお休み?」

「あ、うん」


 真司は、出すというよりは飲み込んでしまったような声でうなずいた。

 麻衣がきっと、困った表情になっている事を想像して、真司はその顔を見れなかった。

昼休みの怯えた目をまた思い出したくないし、それが怖くて、真司は麻衣の足元に視線を置いて、顔を上げる事ができなかった。


(怒っているのかな?)


 麻衣はますます困って、


「じゃ、あたし行くね」 と、立ち去ろうとした。


 その時、廊下の反対側から、先に行ったはずの偲の声が戻ってきた。

「京っ!」

 真司と麻衣が、思わず同じ方向へ視線を向けると、そこにはつかまれた竹刀袋を偲ごと引きずりながらやって来る、京市の姿が見えた。

「橘、悪い。待たせたな」

 京市は偲に特に注意を払おうとするわけでもなく、仕方ないからここまで引っ張って来たみたいに現れた。


「なに? シンとお出かけなの?」


 竹刀袋を放さずに、偲はきょとんとした顔で二人の顔を見比べた。

「京、強いからって部活はちゃんと出なきゃダメでしょ!」

 でも言いたい事は譲らずに、京市にぶつけると、京市は困った顔で真司の顔を見た。

「…あ、俺ら舜の様子見て来よう、て思って」

 なんとなく、京市からパスを受けた気がした真司は、京市の代わりに偲へ説明をしてやった。

「舜くん家行くの?」

 麻衣も今の真司の声を聞いて問いかけて来た。

 すると今度は京市が麻衣へ、

「おぉ、俺も気になるけど家知らないし、橘に頼んだんだ」

 と代わりに答えた。

 偲に背をむけて麻衣へ話しかける京市と、麻衣の視線をよけて偲の方を向いている真司。


「へ〜… いつから、そんな仲になったの?」


 竹刀袋にぶら下がった偲が不思議そうにつぶやいた。

(舜くん家、行くんだ…)

 麻衣も、今日は一日、空いた隣の席がずっと気になっていた。真魚の方へは士朗にまだ見舞いとかは遠慮してくれ、と言われていたので部活に出るつもりだったのだけれど、

(みんなが行くんなら…)と心が騒ぎはじめていた。

「様子わかったら教えっから」

 真司は早くこの場を立ち去りたくて、上履きをしまいスニーカーへと履き替えた。

「舜ちゃんの写メ撮って送ってね♥」

 偲が京市の竹刀袋を放し、真司にそう言うと、

「携帯持ってねーし。舜の嫌がる事すんなヨな」

 真司は幼馴染みの偲だからこそ(そういう事わかれヨ)と、言いたげな顔で昇降口を出ていった。

 偲は偲で、せっかく幼馴染みの真司が、校内のアイドル的存在の舜と仲良くなれたのだから、(おいしいとこ、もうちょっとあってもいいじゃない!)と、不満げに口をとがらせた。

 真司と、竹刀袋を肩にかけた京市が、暗い昇降口から光まばゆい夏の表へ出てゆくのを、結局麻衣も偲と一緒に見送り動けなかった。


(…やっぱし言えないなぁ)


 麻衣は、言い出せない自分が嫌いだった。神社の社家で神楽や舞踊を躾として育てられた麻衣は、まず控える姿勢が基本で育てられていたため、なかなか自分の考えや言葉を口にする事ができずにいた。なんて表現したら良いのか? どう伝えれば思うままを誤解されずに届くのか? 考えこんでいるうちに、いつもそれは言葉にもならず、意識や時間の古い地層へ埋もれ化石のようになってしまう。


 時々思い出し、

(ああ、あの時、ああ言えば良かったのになぁ)


なんて掘り起こしてみるのだけれど、大体もう間に合わなかったり、気持ちも変わっていたりで、結局いつも化石は化石のまま伝えられないままで埋もれてしまうのだった。


(…お湯をかけたら「生き返る」とか「届いちゃう」みたいにできたらいいのに)


 埋もれたままの化石がゴロンゴロンしている心の重たさに、麻衣は自分自身いつもがっかりしていた。だから学校では、せめて伸び伸び飛び回れる新体操を選んだのかも知れない。

 神楽も嫌いじゃないのだけれど、伝承された「型」を決められた通りに体に覚えさせる稽古には制約が多く、楽しいと感じるダンスや新体操で舞うのとはほど遠かった。

 マイペースな真魚や奔放な偲を好きなのも、自分の性格にない自由さを二人に感じるからだった。


「…よしっ」


 じっ、と明るい外の光へ目を向けていた偲が、何かを決意したように突然言った。


「サボるぜ、マイやん!」

「えっ?」


 偲は、真魚を「マァちゅん」、麻衣を「マイやん」と呼び分けている。

「シンがそういう気なら、スクープは自分で撮らなきゃ! クラスのみんなの期待もあるしね!」

 偲はそう言うと、麻衣の手を引っ張った。

「あ、あたしも?」

「トーゼン! 美少女探偵コンビって事で!」

 偲は一旦自分の方針が決まると、有無を言わさず実行してゆくところがあった。

 偲の引力圏内にいると不思議と逆らえない。偲の強力な自転に引っぱられ、巻き込まれた小惑星や衛星のようなとりまきたちが偲には何人かいた。気分屋でころころ気が変わる

真魚と、自分じゃなかなか決められない麻衣が楽にいられるのは、ある意味、偲のこの強引さゆえだろう。クラスでも委員長を務めるリーダー格の偲は、事件の匂いに敏感で、解決もスクープも自分がしなきゃ! という変な使命感すら持っていた。

「体操部なら大丈夫よ! 今日は顧問の士朗ちゃん部活どころじゃないはずだから」

(…確かに)

 士朗は「匿名の届け出品」の始末に、きっと警察に行ったり色々忙しいはず。偲の読みに一理あるとは感じつつも、やっぱりルールを破る事を恐れる麻衣は体を硬くした。


「舜ちゃんの事、心配じゃないの?」


 ドキン! と、した。


 麻衣の心の中で、埋める事も化石にもできなくて、高い棚の上、自分からも見えない位置に背伸びして置きっぱなしに隠しておいた気持ちが、偲のせいで目の前にごちん! と落ちてきて目をはなせなくなった。

 明日になれば、わかる事かも知れない。

 でも、今日このままでは…… 気になって仕方がなくなった。


「Don、t Think! Feel! よ!」


 偲は、真司が昔からよく使う言葉を真似て麻衣を引っ張った。


「考えるな! 感じろ!」という、真司の好きなブルース・リーという武術家の言葉だった。


 強引な明るさは偲の魅力のひとつだ。


(えいっ!)


 麻衣も心の中で思いきって、偲の引力にひきずってもらい走りはじめた。


       †


 小姐たちが燃え上がり、火の鳥が丸まった太陽がにせものの夜の宙空に浮かんでいた。

 ちろちろと幼獣の舌のように小さく炎を上げ燃える太陽は、ところどころ黒い炎がゆらめき、消えそうにも見える。


 もし太陽の火が消えたら?

 地球はずっと夜のまま


 熱源を失って


 太陽から少し軌道が遠のいただけで

 氷河期が訪れたというのに


 太陽がなくなったら

 地球は海も大気も氷結して

 ダレもナニもみんな死滅して

 もうなにも誕生しなくなるんだろうな


 それまでに永久機関のフリーエネルギーでも公開されれば

 地底国を築いて生活が可能になるかもしれない

 月や火星には、そうした都市がもうあるのかな?


 でも世界はニコラ・テスラの抹殺から

 石油利権のための戦争、電気利権でなくさない原発

 あんなの原爆を地雷として埋め込んでいるようなものなのにね

 水も空気も毒に変えてしまうのに


 オリオン座のベテルギウスも

 もうとっくにないなんて

 ほんとかな?


 でも640光年向こうの話らしいので

 爆発の640年後に

 地球にはその光が見えるんだって


 今観察しているベテルギウスも

 640年前の光を見ているわけで

 日本なら室町時代の頃の星の光をぼくらは見上げているわけだ


 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の乗客に、ランカスターへゆく少女がいた

 今のイギリスのランカスター朝が、日本で言う室町時代の頃だそうだ

 ジャンヌ・ダルクが生きた時代

 ローマ滅亡の頃の星の光を、ぼくらは今見上げているんだ


 太陽は1億5000万「光年」の距離だって思っていたから

 始祖鳥が現れたと言われるジュラ紀の頃の太陽光が

 やっとぼくらに届いているんかな? なんて思っていたら

 「km」のカン違いだった。


 太陽の放射は8分で地球に届くというから

 太陽がなくなったと観測されたらすぐ終わりなんだよな


 8分で用意できる事なんてあるかな?

 その8分がくる前に、太陽がなくても生活できる環境を

 人間はすべての勉強成果を発揮して築いておかなくちゃいけないと思うのに


 戦争なんてやってる場合じゃないんじゃないのかな?

 

 「フギャア!

  ニャニャニャニャッ!!

  フギャアゥォオオウ!!」


 ぼんやり浮かんだ太陽を見上げ、とりとめもない思考に耽っていた舜の耳に、山猫だった赤髭がなにか叫んでいるのが聞こえた。姿は変わっても、言葉は思うようにいかないらしい。


 むあっ…… と、雨上がりの湿った空気が動き、ドームの壁を埋める2体の巨大な獣が現れた。

(プロジェクションマッピング?)

 南側の壁一面を、真昼のように光る白いライオンが、

 北側一面を真っ暗い黒豹のような夜獣が、

 それぞれの尾へついてゆくように、ゆっくりと四肢を運び巡っていた。この周回の外にもし逃げようとする者でもあれば、たちまちのうちに食い殺されるんじゃないかと思わせる獰猛な威圧感を発散し、2体は隙間なく、その巨体を不気味に周回させた。

 

 広場では、猫人たちがアクロバットをはじめた。

 さすがにもともとが猫。みんな身軽で宙返りもバック転も見事に決まる。

 動きにスピードとキレがあった。

「紅炎(ホンイェン)!」

 赤髭に呼ばれ、艶かしい丸みを黒いチャイナドレスにぴったり包みこんだ美女が立ち上がった。光沢のある尾籠度(びろうど)地に紅蓮の炎が装飾されている。火の鳥の羽根から作った赤いファーを首にまとわせ、ノンスリーブの丸い肩からのびる裸の腕と、深く切れ込んだスリットからのぞくむっちりとした太ももが白い。切れ込みの奥、太もものつけ根に自らのマークか? 小さな黒猫のワンポイントタトゥーが入っている。


「みゃお❤」


 少し鼻にかかった人間の女性の声を使い、黒猫紅炎(ホンイェン)は、ふざけて猫の鳴きマネをしてほくそ笑んだ。左側に集めまとめた黒髪が胸の上で揺れた。

 漆塗りのようなしっとりと艶のある赤い爪を金魚のように体に泳がせ、胸もとからお腹、腰、尻尾(しっぽ)を立てた黒猫のタトゥーのある太もものつけ根までなぞり、お尻へ指をはわせると、尻尾をつかむ仕種で黒い羽根扇を取り出した。燃えつきた火の鳥の黒くなった羽根でできている。

 紅炎は広場の真ん中で、ダークチェリーのような唇をちゅっ、と鳴らした。

 すると、スポットライトがあの銀猫少年に当たった。


(え?)

 マオルはまだ砂に落書きを描いてしゃがんでいた。

 紅炎は閉じた羽根扇でお尻からくびれた腰のあたりをなぞり、豊かに突き出た乳房の前で胸を隠すように開くと軽く煽いで裏へ返し口元にあてた。それから腕を前にのばし、扇でマオルの頭上を指し「ふっ」と吐息をかけた。

 すると、マオルの銀髪の上に青い林檎が現れた。

 マオルはなにをされるのか? なんにもわかっていない顔で赤髭と紅炎を見比べている。

 不思議と林檎は落とさなかった。

 ダラララ…ララララ…… ドラムが鳴り始め、紅炎は扇から1本のナイフを抜きとった。

刃を上にして双眸の前で構える。

 シャーーーン! シンバルが鳴り、紅炎が投げたナイフがマオルめがけて放たれた!

 マオルは頭の林檎をポンとひとつヘディングして浮かすと、飛んで来た黒い羽根ナイフを水平に見つめて正確に避けた。

 避けられた刃は、カァ… カア! と羽ばたきカラスに変じ、ブランコの下がる鉄鎖の上に留まった。

 うん、うん、と赤髭と紅炎が顔を見合わせうなずいた。

 ダラララ…ララララ…… 連続して2度目のドラムが鳴らされる。


 林檎をヘディングする新しい遊びを見つけたうれしさで、マオルはぽんぽんとリフティングを続けた。背中へ転がした青林檎をお尻で跳ね上げ、また頭へ戻す。


 シャーーーーン! 鳴らされたシンバルにのって紅炎が投げた2本目のナイフを、マオルは楽々と蹴り上げた。


「アッチョ♪」


 頭に林檎をのっけたまま、マオルは足を開いて腰を落とし、左手を前へ、右手は鼻先に構えて紅炎へ向き直った。

 2羽めのカラスがブランコの上にまた留まった。

 フーーーン。

 紅炎が幼猫の成長を微笑ましく見守る母性と、少し対抗心がひらめく危うさを併せ持った目つきで、一度腕を組んでマオルを見下ろした。

 腕組みを解きつつ紅炎が両腕を交差させると、今度は両手に1本ずつ、黒いナイフが現れた。

 次は2本投げるよ。という合図を紅炎がマオルへ送る。

 マオルは親指を小さく低い鼻へちょこっとあて、

「フォオゥ……」

 と準備するかのように息を吐き、小さく首を前後に揺らした。

 林檎は落とさない。

(ブルース・リーだ……)

 舜はマオルの仕草に、よく真司がマネをするカンフーマスターの動きを思い出し、くすっと笑った。  

 シュバッ!! 打ち鳴らされたシンバルに合わせ2本のナイフが放たれた。

 頭上の林檎を焦点に二方向から飛んで来るナイフを、マオルは優れた動体視力で捕らえた。タイミング良く林檎を浮かせ、片足で立ったまま体を一回転させると、ナイフが重なり合う瞬間に横なぎに足を合わせ、2本同時に回転蹴りを当てて払いのけた。

(おーーーっっっ♪)

 頭に青林檎を戻したマオルに、かっこいいじゃん♪ と舜は思わず拍手を贈っていた。

 マオルがうれしそうに、ぺろっと舌を出し舜に向かって親指を立てた。

 ブランコの上のカラスが4羽になった。

 紅炎はマオルから目線を外して横を向き、音のない拍手をした。


 さ…… 

 紅炎が黒い羽根扇を開いた。扇の羽飾りから5羽の刃が見えた。

(お…)

 大丈夫? さすがに心配になった舜が見ていると、マオルは人指し指を立てて、紅炎へ向かってゆっくりと、指を左右に揺らして見せた。

 なんか、ぴきっ… と、紅炎のこめかみの血管が痙攣したかのような… 

 いや、ラップ音? のような音が聞こえた気がした。

 パラララッ… と、紅炎は羽根扇をもう一羽開いた。


(10本?)


 ダンダ! ダラララ…

 ダンダラ! ダララ…

 ダンダ! ダラララララララララ… 

 と、ドラムロールが激しく長めに続いた。そして、


 シャーーーーン!! 

 と、シンバルが紅炎の動きに合わせて鳴らされた時、羽根扇からは十刃のナイフが放たれていた。

 それがみな、十羽のカラスへ変化し、てんでに刃羽(はば)たきながらマオルを追尾しはじめた。


 ズルいぞ! 


 マオルの顔がそう言っているように見えた。

 マオルは林檎をヒザへ移し、胸へ上げ、また頭へ戻すなどして次々に襲いかかって来るカラスを避けていたけれど、さすがにもうダメか! と観念したように首をすくめて、最後のカラスを避けた。

 マオルのすくめた首の上に浮いた林檎を、黒い羽根ナイフに戻った刃はスパン! と見事に割って、マオルの両手のひらへ、それぞれ割った実を落した。

(あ〜あ……)

 むくれるマオルを見て、しょうがないよ。となぐさめるような、はげますような気持ちになって、舜は拍手を贈った。

 マオルが割れた林檎をしゃくっとかじり、もう一方を舜の方へ投げてよこした。

(お…)と、舜は不器用に受けとるとマオルと目を合わせ、くれた林檎をいっしょにかじった。

 青い林檎は酸っぱくて美味しくはなかったけれど、マオルと目を見交わして、舜はなんだか、ちょこっとうれしくなった。


 ブランコの上で、13羽のカラスがカァカァと鳴いた。

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