第7話疑惑と真実


天草家の者達へ実力を示す、という意味で従姉である織葉と模擬戦を行なった紫苑は、穢れ人となった織葉の姿を思い浮かべながら治療を受けていた。



「タケヒコ、あれが穢れ人……何だか悲しそうだったね」



「キュル」



「穢れ人と言うのは己の欲が爆発して成り果てます。

織葉さんは影時様への憎悪を爆発させたのでしょう……」



隣で静世がそう告げると、「飲み物を持ってきますね」と一言告げて治療室を出て行った。


そして静世が席を外して数分後、ガラガラっと扉が開き、外から一人の男が入ってきた。



「おっ、居たな」



「? あっ、えっと……織葉さんを祓った……」



「ああ、俺は天草全石だ。 分家の者って覚えておけばいい」



「そう、ですか……」



「怪我の具合は?」



「浄勁の力で治療して下さいましたので傷も残りませんでした」



「そうか。 女の肌に傷が残ったら大事だからな?」



全石は「ハッハッハ」と大笑いをして有無を言わさず紫苑が寝ているベッドの横に腰かけた。



「あの、何か御用でしょうか?」



「そんな警戒すんなって。 にしてもエレメントか、こいつは珍しいもんに会えたな。 ほらほら」



全石が指先でタケヒコの鼻上を摩ると、ガブっとタケヒコが齧りついた。



「いだッ!?」



「わっ、タケヒコ! ダメだよ!」



「ギュルルル……」



タケヒコは毛を逆立て、シャーっと臨戦態勢の猫の様に全石を威嚇し始める。



「ケッ、昔から動物ってのは苦手でな。 お~痛ぇ」



紫苑はタケヒコを持ち上げ、自身の足の上に乗せる。



「とりあえず、ここに来たのはお前が見たかったからだ。

覚えてないようだが、お前がまだ生まれたばかりの時に何回か会ってるし、抱いた事もあるんだぜ?」



「えっ、そうだったんですか?」



「まあ、影時さんには世話になってたからな。

だからこそ、あの人が穢れ人になるはずがねぇんだ」



全石が真剣な目をしながらも少し悔しそうな表情を浮かべながら紫苑へ話していく。



「だから俺は信じられず、これまでずっとその原因を探ってきた。

まだ確かな答えは出てないけどな。

だが、これだけは覚えておけ」



再び全石の鋭く、真剣な目が紫苑の目を射抜く。





「えっ――!?」



紫苑にとって父である影時も含め、天草家との関りはほとんど覚えていない。だが、それでも全石が告げたその言葉に驚きの表情を浮かべる。



「それって、父は何者かの手によって謀られたという事ですか!?」



「そうだ。 だが、さっきも言った通りまだ不確かだ。

勿論、これからもその原因を探る。


これから機関に通うんだろ? 恐らくそれがらみで色々言われるかもしれないが、娘であるお前は影時さんを……自分の父を信じろ」


「わ、わかり、ました……」



「悪いな、突然こんな事言って」



全石は先ほどの真剣な表情とは程遠い、呑気な顔付きへと変わり、後頭部をポリポリと掻き始めた。


すると、タイミングよく静世が入って来る。



「あら、全石様。 いらしてたのですね」



「ああ、静世ちゃんか。 ちょっとな。

もう終わったから俺は分家に戻って今日の事を報告する」



「分かりました。 お気をつけて」



「じゃあな、紫苑」



「はい! その、ありがとうございました」



「おう!」



全石が治療室を後にし、紫苑は静世から飲み物を貰うと、ゆっくり口に含めながら窓の外を眺めていた。



「そういえば紫苑さん、模擬戦の時にタケヒコを呼び出してましたけど、あれは?」



本来の戦いであれば、武器に浄勁力をより多く込めて技へと繋げたりもする。


しかし、紫苑の場合は風のエレメントであるタケヒコを呼び、まるで共闘するかの様な形で技を繰り出していた。



「あれはタケヒコが風のエレメントでしたので、その力を纏わせたのです。

武爺が病に伏せ、そしてこの世を去った後の1年、タケヒコと一緒に生活をしながら、浄勁力を操作出来る様に頑張った結果ですね」



「そうだったのですか。 形としては本来の戦い方と同じなのですけど、それでも具現化したエレメントだからこそ、違う様に見えたのかもしれませんね」









そして、傷の具合も良くなって模擬戦から三日経った頃、紫苑は改めて桔叶に呼ばれて大広間へと訪れていた。



「もう傷は平気みたいね?」



「はい、お陰様で」



「それと、言い忘れていたけど、この前の模擬戦……お疲れ様。

まさかの結果ではあったけれど、紫苑の実力が確かなものだという事は分かったわ。

桜華、貴女から見てどう感じたかしら?」



「私ですか? そうですね、弓としては威力も高く、剣をそれで防げるのも浄勁力が高い証拠でしょう。

ただ、今の所実戦経験がないようですので、トリッキーな相手だと苦戦を強いられると思いますわ」



「宜しい。 紫苑、そう言う事よ。

だから機関へ通い、その武を高めなさい」



「はい、わかりました」



「入学の準備はこちらで進めるわ。 来週からになると思うから残りの三日かしら? それまでは自由に過ごしてちょうだい」



そして紫苑は大広間を後にすると、先に部屋を後にした桜華が前を歩いていた。



「桜華さん!」



「紫苑、何かしら?」



「えっと、ありがとうございます。 色々と……」



すると、桜華は不思議そうな表情を浮かべてキョトンとしている。



「この屋敷に来て、仲良くなれる人はいないって思ってましたけど、桜華さんは話し掛けてくれる。 だから、嬉しくて、ありがとうございます」



紫苑は一人で話を進め、感謝を述べるとペコっとお辞儀をした。



「私は感謝されるような事はしてないけど……それに最初にも話した通り、私は実力のあるものでないと馴れ合ったりしないわ」



「うん! だからまだまだだけど、それでも桜華さんは少しだけ私の事認めてくれたんですよね? さっきそう言ってましたし。

って事は、友達になってくれるんですよね?」



「はっ……?」



紫苑は完全に自分解釈で話しを進め、嬉しさを全開にして桜華の手を取り、「友達です! 友達、初めての!」とぶんぶん振っていた。



「あの、ちょっと待ってくれるかしら?」



「えっ、あっ! はい! あの、桜華ちゃんって呼んでもいいですか!?」



「えっ、良いけれど……一旦落ち着いて貰っても良いかしら?」



「やった! 桜華ちゃん! じゃあ一緒にお話ししましょう!

色々教えて下さい!」



「だ~か~らぁ!? もう、この子何なのよぉぉ~~」



桜華はもはや暴走気味な紫苑に腕を取られ、そのまま部屋へと連れて行かれてしまった。


その様子を見ていた静世、そして桜華の世話係である芳音よしねがそれぞれ視線を合わせる。



「大丈夫でしょうか?」



「まあ、大丈夫でしょう。 芳音よしねさんも休憩だと思って」



「分かりました。 では、桜華様の事は紫苑様と静世さんにお任せしますね」



「ええ、何かあれば報告します」



それぞれがその場で分かれ、静世はお菓子などの準備をすると、紫苑の部屋へと向かった。







「紫苑、貴女強引ね。 私の話し全く聞いてくれないじゃない」



「あっ、ごめんなさい! つい嬉しくて……」



「まあいいわ。 それで、何を話せばいいの?

私も友達が多い訳ではないからこういうのって分からないのよね」



桜華は幼少期から兎に角強く、そして可憐であれと母の桔叶に言い聞かされた。


故に、しっかりとその言葉通りの少女へ育ったのだが、紫苑に告げた通り弱い人間に興味がなく、強くなければ馴れ合うつもりもないと機関でもその態度が変わらない為、なかなか人と接する事が無かった。


実際に機関内でもその実力はトップクラス。


そういった意味でも、人間関係を築くのが下手だったのだ。



「桜華ちゃんは何のエレメント何ですか?」



「私は氷よ。 ほら」



桜華が指先に浄勁力を溜め、それらを放っていくと氷で出来た鳥が周囲を飛び回った。



「うわぁ~! 可愛い! そういうのって学校に通えば教えてくれるんですか?」



「そうよ。 浄勁力の操作は基本になるの。 だからこれが出来なければ先にも進めないわ」



「タケヒコ、操作だって! 私、出来るかな?」



「キュル?」



さぁ?という感じでタケヒコは首を傾げた。



「あっ、タケヒコ出来ないって思ってるでしょ……」



すると、桜華が少し恥ずかしそうな表情を浮かべて紫苑に尋ねる。



「あ、あの……紫苑? その、タケヒコって言うの? だ、抱いても良いかしら?」



「あっ、うん。 大丈夫ですよ。 タケヒコ、桜華ちゃんの膝の上にゴー!だよ! ゴー!」



「キュル!」




シュタッと紫苑の膝上から桜華の膝上までジャンプすると、そのまま丸まっていく。



「わぁー、綺麗な毛並みなのね……ふわふわだし、気持ちいい」



「タケヒコ、褒められてるよ! やったね!」



「キュ!」



どうやら桜華は強きな性格とは裏腹に、動物が大好きなようだ。



「あっ、でもタケヒコはスケベだから気を付けて下さいね?」



「スケベって? まあ動物なんだから別に良いじゃない。 男じゃあるまいし」



すると、タケヒコが二足歩行になり、桜華の胸を前脚でタッチした。



「あっ、ほら! もうタケヒコ! 言ったそばから油断も隙も無いんだから」



「別に良いじゃないのって。 タケヒコは胸が好きなの? 私、紫苑よりも大きいわよ?」



桜華は不敵な笑みを浮かべながらタケヒコをその豊満な胸で優しく包み込んでいく。



「そこ比べる必要あります!?」



紫苑は少し悔し気な表情を浮かべながらも抗議していると、部屋がノックされて静世がお菓子などを運んで来た。



「楽しそうにしてますね。 お二人とも」



「あっ、静世さん! ありがとうございます」



「宜しければ桜華様もどうぞ」



「ええ、頂くわ」



すると、タケヒコは桜華の膝上からピョンと跳び、静世の胸元へと侵入していった。



「わっ、タケヒコちゃん? そこが落ち着くのですか?」



「キュル!」



静世の胸元から顔を出し、どこか嬉しそうな表情を浮かべているタケヒコを見て、紫苑と桜華は向き合った。



「静世さん、貴女……?」



「えっ? 胸、ですか? えっと、どうでしょう……以前測った時は確かFかGだったと思います。

ただ、邪魔なのでさらしを巻いておりますが……?」



すると、桜華は「負けた……」と項垂れた。



「桜華ちゃん、Fって? Gってどのくらいなんですか?」



「えっと、ABCDEFGHI……XYZの順番よ。

私はE、紫苑はDくらいかしら。

だから静世さんは私達より大きいのよ。

まさかこんなところに伏兵がいるとは……」



桜華は余程悔しいらしく、拳をふるふると振るわせている。



「静世さん、大きいですね! ダケヒコが好きな訳です」



「そ、そう……なんですか?」



「私も負けないです! まだ成長中なはずですから!」



打ちひしがれている桜華とは対照的に、何故かやる気を見せる紫苑。


そして静世も混ざって色々な話をし、親交を深めたその日の夜――



紫苑はベッドで横になりながらも今日聞いた言葉を思い出していた。







「穢れ人にさせる何者か……か。 明日、お父さんとお母さんの事、聞いてみよう」



「キュル」



「ふふっ、君はいつものんびりだね。 お休みなさい、タケヒコ」



「クク」



仰向けになり、ゆっくり目を閉じて行く。



▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 



「――げなさい! 紫苑! ――か、――きて――」



「ヤメロォォ……――ダ――ゲロ――」



「紫苑、行くよ! 走るの!」









「ダメっ! ――ごめ、んね……走って……しお、ん……」



「グアァァァア!」



▲ ▲ ▲ ▲ ▲ 



「はっ!?」



「キュルゥ!?」



「あれ、朝……? 涙……」



翌朝、まだ日が昇っていない時間に紫苑は勢いよく起き上がった。


頬には何故だか分からないが涙で濡れ、身体はびっしょりと汗を掻いている。



「ごめんね、タケヒコ。 起こしちゃったね」



「クク」



「夢……着物の人達と、穢れ人……私の過去?なのかな?」



ゆっくりと夢の中で見た映像を思い返していく。


だが、詳しい内容は思い出す事が出来ずに紫苑は一度汗を流し、目が覚めてしまった為に訓練場へと向かった。


ようやく日が昇り始めた時間。


ストン、ストンと矢が的を射る音が訓練場へと響き渡る。



「おはよう、紫苑。 早いのね」



「桜華ちゃん、おはよう。 変な夢を見てしまって、寝れなくなっちゃいました」



「その様ね。 隈が凄いわよ?

訓練は程々に、ちゃんと休みなさい」



「ありがとう」



「それにしても、その弓……普通のよりも大きくないかしら?」



よく見れば訓練用の弓と比べても紫苑が使っている弓は1.5倍はある。



「これは私に武芸と学業を教えてくれた武爺に貰ったんです。

かなり重いですけど、ずっとこれを使ってたから、他のだとしっくりこなくて」



「そうなの、ちょっと貸してみて?」



「えっと、重いですよ?」



紫苑は弓をそっと桜華の手の上に置く。



「持てなくはないけど……片手で持って構えるのは無理そう。

貴女、細い腕の割に凄いわね」



「えへへ、桜華ちゃんに褒められちゃいました」



「そういえば、紫苑は剣は扱えないのよね? それってどの程度かしら?

ちょっと相手をしてくれない?」



「全然ダメですけど、分かりました!」



紫苑は弓を置き、常備されている木の剣を取ると、桜華へと対峙する。



「織葉さんの時とは全然違う……雰囲気も、何もかもが呑まれそう」



桜華が手にしているのは紫苑と同じく常備されている木の剣。


しかし、その威圧感や鋭い視線は紫苑自身も初めて感じるものだった。



「そちらからどうぞ。 扱えないにしても私より下である事は確実。

なら先ずは紫苑の剣の腕を見せてちょうだい」



「分かりました。 行きます! やぁ!」



ガン!っと木の剣同士がぶつかり合い、その衝撃音が訓練場に広がる……




はずだった。


しかし、実際に聞こえたのは



コン!



という軽い音。



「やぁ! とぉ!」



コン、コンっと紫苑の持つ木剣が桜華へと振り下ろされるのだが、衝撃も何もない、まるで細い木の枝で受けている様な感覚に、桜華自身もあんぐりしていた。



「止めだぁ!!」



しかし、紫苑の猛攻?は止まらない。


とは言え、あまりにも軽い剣に桜華はようやく意識を戻し、既で紫苑から振り下ろされる剣を掴んだ。



「はぁ……も、もう良いわ。 

紫苑、貴女本当に剣が扱えないのね……踏み込み方、姿勢などに問題はないんだけど……何故そうなるのかしら?」



「うぅ……私も分かりませぇ~ん。 剣だけはどうしても無理なんですぅ~」



涙目の紫苑が桜華に縋り付く。



「ま、まあ……その内原因も分かるわよ、きっと……ね?」



「本当ですか……? 本当に解決出来ますか!?」



「紫苑、落ち着きなさい。 とりあえず貴女は汗を流して休みなさいね?」



「分かりました……」



紫苑は置いた弓を手に取り、タオルを巻き、汗を拭きながらとぼとぼと訓練場を後にした。



「全く何なのかしら……弓は物凄いのに剣があれって……」



桜華も呆れた様子でその後姿を見送ると、自身の訓練を開始したのだった――

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