第217話 誘拐犯の手口

―――クリムがなかなか合流しないクリムゾンの身を案じつつも、道に迷った程度の理由だろうと軽く考えていた頃・・・当の本人は巷を騒がす誘拐犯に連れられて、今まさに誘拐されている真っ最中であった。


 2人組の誘拐犯とクリムゾンの3人は、闘技大会会場のある港方向とは反対方向の街の郊外にやってきていた。街を囲う様に建てられた国境沿いの塀の近傍は、滅多にない事ではあるが、ごく稀に野生動物等の外敵が侵入してくるため、人家はもう少し街の中心側の、安全な距離を取った位置に建てられており、それにより国境沿いは概ね寂れているのだ。また、現在の時間帯はようやく人々が起き出してくるかと言った早朝である事も相まって、人通りは皆無だったのだ。


 甘いお菓子に釣られてホイホイとついてきたクリムゾンを他所に、誘拐犯の1人である痩せた長身の男は、周囲を注意深く見回して周囲に誰も居ない事を確認していた。

「よし、人影は無いですね。」

 弟分の報告を受けたもう一方の誘拐犯である兄貴分の男は、街の地下を這う下水道へと繋がるマンホールの蓋を、工具も使わずに手慣れた様子で素早く外すと、猿梯子を数段降りて顔だけが地上に出た状態になってからクリムゾンに声を掛けた。

「ここからちょっと地下に降りるんだけど、お嬢ちゃん自分で降りられるかい?無理そうなら俺が負ぶっていくけど、どうする?」

 クリムゾンはマンホールの内部をのぞき込みつつ、これに答えた。

「うん、自分で降りられるよ。」

「そうかい?それなら俺が先に降りるから付いてきてくれ。」

「分かった。」

 男は太った外見に似合わぬ軽快な動きでスルスルと地下へ降りていき、それを見送ったクリムゾンは無造作に宙に浮かび上がると、男の後を追ってマンホールの竪穴をゆっくりと下降していった。

「えぇ・・・」

 背に生えた翼を碌に動かしもせずに、物理法則を無視したような奇妙な浮遊を見せたクリムゾンに対して、地上に残された痩せ男は驚きと困惑の声を漏らし、言語化できない違和感と恐怖感を覚えたのだった。しかし地下に降りる所を誰かに見られては怪しまれるので、ひとまず少女への疑念は抑え込み、2人の後を追って地下へと降りるのだった。もちろんマンホールの蓋はきっちりと閉め直して。


 少し遅れて地下へと降り立った痩せ男は、真っ暗な地下で目を凝らして同行者の動向を確認した。兄貴分と自身との間にクリムゾンが立っていることを認めた痩せ男は、あからさまに彼女を警戒しており、彼女に背を向けないように横歩きで距離を取りながら回り込むと、周囲の気配を探っていた兄貴分ににじり寄って、小声で耳打ちした。

「やっぱりあの子なんかやばいですよ。」

「あぁ?何がだ?大人しくしてるじゃねぇか。」

 兄貴分はクリムゾンに視線を向けて、特に何もせずつっ立っている事を確認すると聞き返した。

「いや、今さっき地下に降りるとき、なんかこうふわふわとおかしな動きで宙に浮いて降りたんですよ。」

 痩せ男は亜人種についても、魔法についても、それほど造詣が深いわけではなかったので、どこがどうおかしいと具体的な指摘はできなかったが、物理法則を無視した挙動を見せた少女に対して、自身の常識が通用しない異常な存在であると本能的に察知したのである。

「そらまぁ、翼があるんだから空くらい飛ぶだろ。何言ってんだ?」

 しかし、真っ暗な下水道に先に降りていた兄貴分は、まだ暗闇に目が慣れていなかったこともあり、少女がどの様にして地下へと降りたのか見えていないのだった。そして当然弟分が何を慌てているのか分からなかった。

「そりゃそうですけど、そう言うことじゃないんですよ。なんかこう翼を使わずにふわふわっと、変な浮き方してたんですよ。」

 弟分はどうにか自身の感じている違和感を伝えようと試みたが、やはり少女の奇妙な挙動をうまく言語化できなかったのだ。

「はぁ?何をわけわかんねぇこと言ってんだ?」

 太った男は周囲に気配がない事を確認し終えると、いまいち要領を得ない弟分の言葉はひとまず無視して、腰に下げていたランタンを灯して辺りを照らし出した。そして改めて周囲を見渡すと、異常がない事を確認してから再度弟分に声を掛けた。

「ほら、グダグダ言ってないでお前はちゃんと後ろを警戒しておけ。とにかく隠れ家まで連れて行けばあとはどうとでもなるだろ。」

「・・・分かりました。」

 弟分はクリムゾンに対する疑念を払拭できていなかったが、渋々指示に従うのだった。


 ところで、クリムゾンは聴覚が人間のそれよりも遥かに優れているので、こそこそと小声で話していた2人の会話は筒抜けだったのだが、特に何も聞かれなかったので、あえて自分から会話に入り込んでまで彼らの疑問に答える事はせず、ただ黙っていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る