第202話 スペリアの進言と魔王の意地
魔王がクリムゾンとの再戦の約束をスペリアに話すと、仮に再戦するにせよ勝てないならば意味が無いと、男の意地や感情論ではない、現実的で厳しい言葉を突き付けられたのだった。
魔王は現段階ではクリムゾンに勝てる見込みなどなかったので、スペリアの問いに対する答えを持たず押し黙ってしまったが、いくら知恵を巡らせても今ある手札だけでは答えを出すことはできないと分かっていたので、ひとまずは沈黙を持って答えとし、結論を先延ばしにしたのだ。魔王が目配せするとスペリアもそれに応じて無言で頷き、静かな攻防戦は互いの同意の元先送りになったのだった。
魔王はティーカップに残った少し冷めてしまった紅茶を飲み干すと、仕切り直して話しを始めた。
「さてと、話を戻して闘技大会の事だけど、実は大会にクリムゾンの眷属が2人出るんだよ。」
「ほほう、クリムゾンの眷属ですか。しかしなぜドラゴンが人間の大会に?それと2頭ではなくあえて2人と言うのも何やら気にかかりますな。その辺に絡繰りが有るのですかな?」
スペリアの口ぶりからは先ほどまでの厳しさが嘘のように消え去っており、すっかりいつもの軽薄な調子に戻っていた。
「ドラゴンは人型に変身できるらしくて、その眷属2人と、さっき会ったって話したクリムゾンも人型だったんだよ。」
「それは興味深い。恐らくは我らと同様、正体を隠して人間社会に潜入していると言ったところでしょうな。何が目的であるのかは聞いていますかな?」
スペリアは魔王の言葉を疑ったわけではないが、かつて魔王軍を完膚なきまでに粉砕し、あまつさえ魔王を殺しかけた程の怪物が、本当に話し合いで和解できるような容易い相手なのか、彼なりに見極める必要があると考えていたのだ。
「例の眷属の1人はクリムと言うんだけど、そいつが言うには強い人間を探しているって話だったな。それと私達にも、と言うか私とシイタにも興味がある様子だったけど、何かあいつらの目的に関係が有るのかな?」
魔王はスペリアの問いに答えた。
「なるほど、強い人間を探していて、サヤちゃん達2人にも興味があると。要するに強者を探していると言うことですな。単体で魔王軍を壊滅に追いやった程の化け物が強者を募って、つまりはさらなる戦力を集めて何をするつもりなのか・・・先の戦いでの暴れぶりを見る限り策を弄するタイプではないと思いますが、いずれにしても極力関わりを持たない方がよい気がしますな。」
スペリアはクリムゾンが強力な軍を編成して何某かの
一方クリムゾンと関わるべきではないと言う再度の進言を受けた魔王は、彼の言葉が正しいのだろうと理解しつつも、それでもなお再戦は必須だという思いに変わりはなかったので、スペリアの言葉に素直に頷くことはできないのだった。
無論クリムゾンにはスペリアが警戒する様な深い考えはなく、彼女は誰でもいいからやる気のある相手と戦いたいだけなのだが、参謀役のクリムが事を荒立てない様にと強者だけに絞った挑戦者集めを進めていたので、それが反ってあらぬ誤解を産んだのだった。
魔王とスペリアが再び無言の攻防戦を始めたところに、夕食の後片付けを済ませたマリーとフェミナが帰ってきた。
「お話は済んだのかしら?お風呂はもう沸かしてあるから順番に入って頂戴ね。明日も早いんでしょう?」
マリーは2人の間に流れる剣呑な雰囲気に気づかなかったわけではないが、彼らが本気でいがみ合っているわけではない事も分かっていたので、あえて空気を読まずに話に割り込んだのである。
マリーの気の抜けた横槍が入ったことで緊張状態が解けた2人は、ちょうどお互いに引き際を探っていたところだったので、再度顔を見合わせて目配せし合い、これを持って休戦協定とした。
「お風呂はどのくらいの広さなのかにゃ?みんなで入れるならまとめて入ってしまいたいんだけどにゃー。」
チャットが猫の姿でマリーの足に纏わりつきながら聞くと、マリーが答える。
「そうねぇ。お風呂は特別大きいわけではないけど、フミナちゃん以外はみんな小さいから4人くらいなら大丈夫だと思うわよ。」
「それならまとめて入るにゃー。」
チャットは今度は魔王の足元に歩み寄って魔王の膝の上に飛び乗りながら言った。
「よし、たしかに明日も早いしさっさと風呂に入って寝てしまおうか。」
魔王は膝に乗ったチャットを両腕で抱え上げて立ち上がると、フェミナとシャイタンを伴って風呂場へと向かった。
「それなら私はマリー殿と世間話でもして待たせてもらいましょう。なにぶん久方ぶりの再会で話したいことはいくらでもありますからな。」
そう言うとスペリアは魔王達が帰ってくる前に話していたマリーとの会話の続きを始めたのだった。
こうして新生魔王軍初日の活動は幕を閉じた。
魔族達にとってほとんど未知の世界である人間社会での調査には、未だ多くの懸案が残されているのはたしかであったが、クリムゾンと言う最大の障壁を乗り越えた事で、旅の先行きを覆う大きな暗雲が一つ晴れて、幸先の良いスタートを切れたと言えるだろう。
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