第205話 キナリの四大龍強化計画

―――物語の視点はクリムゾン一行並びに四大龍のセイラン、そして魔王率いる調査隊が偶然にも一堂に会することとなったヤパ共和国から大きく転換し、四大龍シゴクの縄張りである落雷多発地帯マラカイボ湖へと移る。


 少しおさらいしておくと、四大龍シゴクはクリムゾンとの戦いに敗れたのち、同じく四大龍であるキナリと共に自らの領地へと帰還し、クリムゾンとの再戦の約束に備えて、キナリの指導の元で修行を始めていた。そしてクリムゾンとの戦いの経緯や現在地の情報を求めて現れた、同じく四大龍のクチナシを修行仲間に加えると、三頭のドラゴンの知恵を集めた試行錯誤によって、わずかな時間でシゴクが開発した魔法を改良発展させることに成功したのだった。この世に生を受けてよりおよそ6000年もの間、他者との交流を避けてひたすら単独で魔法の研究開発をしてきたシゴクであったが、他者と頭を寄せ合い意見を交わす事で新たな発見が有るのだと、当たり前の事実を今さらながら理解したのだった。現代の諺で言うところの三人寄れば文殊の知恵と言う奴である。


 シゴクはクリムゾンとの戦いで破られた雷雲を操る魔法の改良を済ませたのだが、それが実戦レベルの戦闘で通用するのか試すべく試合をすることにしたのだった。体面としてはみな同格のドラゴンであるとされている四大龍達だが、実のところほぼ同時期に産まれた他の三頭とは世代が異なり、クリムゾンと同世代であるキナリは頭一つ抜けた力を持っている。キナリはその事実を隠していたわけではないが、特に明かす機会もなかったため他の四大龍達ですら彼女の本当の実力を知らない。

 少し話は変わるが、現在宇宙を旅しているというシゴクの母アクアマリンがいずれこの星に帰還するであろうことをクリムゾンから聞いたキナリは、この母娘の邂逅に漠然とした不安を感じていた。産み落としたばかりのシゴクの卵の養育を放棄して、いずこへと旅立ったアクアマリンに不信感を抱いていたからだ。またクリムゾンの復活を契機にして、世界各国でよからぬ動きが同時多発的に進んでおり、長く続いた平和な時代に綻びが生じ始めていたのだ。それゆえキナリは、これまで他の四大龍達の自主性に任せて、遠くから成長を見守るのみであった傍観者の立場を改めて、近い将来訪れるであろう動乱の時代に備えて、自身を含めた四大龍全員の戦力底上げを画策しているのだった。

 話を戻すが、シゴク達を鍛えるにあたって、キナリは意図せず隠していた実力を明かす必要が出てくると考えていたが、そのタイミングで少し悩んでいた。これまで同程度の力を持っている様に振る舞っていたキナリが実は力を隠していたと知れば、強い弱いにそこまで執着のないシゴクやセイランはともかく、強さにこだわりを持っているクチナシの性格上怒らせてしまう懸念があったからだ。なぜそんな事が分かるのかと言えば、キナリから見れば三頭の四大龍はみな歳の離れた妹の様な存在であり、彼女達が産まれた直後からずっとその成長を見てきたので、その性向や好き嫌い、何に喜び何に怒るのかを正確に把握しているからである。


 湖畔に座り湖を泳ぐ魚達を眺めながら今後の計画を思案していたキナリは、一通り考えがまとまったので、すぐそばで雷雲の制御を練習していたシゴクに語り掛けた。

「シゴクちゃんちょっといいかしら?」

「どうしたの?」

 シゴクは雷雲をくるくると渦状に移動させながらキナリに聞き返した。それを聞いたキナリはさらに続けた。

「これは提案と言うか私達四大龍の存在意義に関わる話なんだけど、私も含めた四大龍は全員鍛えなおす必要があると思ってるんだよね。不確定事項が多いからはっきりしたことは言えないけれど、例えばクリムゾンがかつての災厄の様な暴走を起こした場合、少なくとも彼女に対抗しうる力を私達が持っておかなければ、世界の均衡を保つという四大龍の役割を果たせないからね。」

 注釈しておくと、クリムゾンにはクリムと言う制止役ストッパーが付いているので、キナリは実際のところクリムゾンの暴走が起きる可能性はほとんどないと考えていたが、いずれ訪れるアクアマリンとシゴクの邂逅に備えて鍛えておきたいと言う、本当の理由をシゴクに話すわけにもいかないので、適当な理由をでっち上げたのである。さらに補足しておくと、世界の均衡がどうのと言っても四大龍が実際に何かしているわけではない。ドラゴンの中でも最上位の力を有する彼女達は、ただ存在するだけで人間達からすれば手出しできない障壁となるため、戦争の火種となる地域に彼女達が縄張りを置くことで、結果的に人間同士の戦いを抑止しているのである。また四大龍に期待されている主な役割は人間が起こす戦争の抑止であり、悪龍などのドラゴンが起こす事件を止める事は元来想定されていない。


 余談はさておき、キナリの提案にシゴクが応えた。

「私はクリムゾンと再戦するつもりだから鍛える事自体に異論はないけど、クチナシはどうする?」

 シゴクは空中を旋回したり急降下したりと、激しく飛び回っていたクチナシに問いかけた。クチナシはシゴクの試合相手を務めるために、体を慣らすと言うよりは戦闘意欲を盛り上げるための準備運動をしていたのだ。

 元々シゴクはキナリに修行の手伝いを頼んでいたので当然彼女の提案を断る理由はないが、クチナシはクリムゾンに関する情報を求めて2人の元を訪れ、話を聞いた後は暇だったのでシゴクの修行に付き合っていただけである。

 クチナシは一旦準備運動をやめると、2人の居る湖畔へと降り立って答えた。

「まぁ暇だし私も付き合ってもいいよ。どうせならセイランも呼ぼうか。さっきの話からするとその方がいいんだろ?って言っても今どこに居るか知らないけどな。」

 シゴクは一応クチナシには特段鍛える理由が無いだろうと思い確認を取ったのだが、当のクチナシは暇だからと言う身も蓋もない理由でキナリの提案を受領したのだった。

「それじゃあセイランちゃんはクチナシちゃんに呼んでもらいましょうか。でもセイランちゃんはいつも忙しそうにしているし、急に呼ばれても準備が要るんじゃないかしら?」

「セイランの所にはうちと同じくらいたくさん眷属が居るしなんとかなるだろ。」

 クチナシはセイランとは双子の姉妹なのだが、セイランがいろいろと組織を作ったり人間社会に乗り込んだりと、忙しなく活動していることに対してはほとんど興味が無く、何をしているのかよく知らなかった。なので眷属に仕事を任せてセイラン本人が抜け出しても大した問題は出ないだろうと、自身の縄張りでの立ち位置を鑑みて軽く考えていたのだ。

「うーん。そう簡単にはいかないと思うんだけど、いずれにしてもクチナシちゃんに任せるわね。ひとまず私とシゴクちゃんで先に修行を初めてるから、あんまり遅くなるようだと私達だけ強くなっちゃうかもしれないけどね。」

 キナリはクチナシに気を遣っていつ実力を明かすか悩んでいたが、ひとまずは力を隠したままにしておき、彼女達の成長に合わせて徐々に力を解放していくことにしたのである。

「それならさっさと呼んでこないとな。」

 言うが早いかクチナシは大地を蹴って飛びあがり、大きな翼を羽ばたかせて飛び去ってしまった。



「それじゃあ、そろそろ試合を始めましょうか。」

 キナリはあっという間に空の彼方へと消えて行ったクチナシの影を見送ると、雷雲の操作練習を続けていたシゴクに向き直って声を掛けた。

「そうだね。雷雲の操作にも慣れてきたし始めようか。」

 シゴクは体から離して操作していた雷雲を呼び戻すと、ふわりと浮き上がって自身の体の周りを覆う様に雷雲を纏いながら言った。以前にも述べたが彼女の雷雲は、彼女が発する雷撃を増幅する効果と物理的な障壁としての効果を併せ持っており、つまりは武器であると同時に鎧でもあるのだ。

「まずは軽く流していくから、シゴクちゃんは本気で来ていいわよ。」

 キナリはそう言いながらキラキラと輝く白い雲(超重力星雲グラビティーネヴラ)を発生させると、シゴクに倣う様にその身に纏った。星雲はキナリが魔力を超高圧縮することで産み出した、半物質化した魔力の粒子が集まって形成された物であり、微粒子は見た目上のサイズからは想像できない程の超大質量を持っている。


 こうして戦闘準備を整えた2人は、誰も寄り付かない湖の上でそれなりに本気の試合を始めたのだった。

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