第195話 邪龍ファーヴニルと大精霊ノームの舌戦

 食事を終えて締めの紅茶を飲んでいた一行は、クリムの話すファーヴニルの物語の続きが始まるのを静かに待っていた。ところでクリムはどこから話した物か、と言うよりは、どの程度話を掻い摘んで話すかを悩んでいた。なぜなら、既に夜も更けて深夜に差し掛かろうかと言った時間帯であったが、翌日早朝には闘技大会に向けて出発する予定があったからだ。


 クリムは目を閉じ静かに思考を巡らせていたが、なかなか話し始めない彼女に対してしびれを切らしたシュリが声を掛けた。

「どうしたんすか姉御?ファーヴニルの話にはまだ続きがあるんすよね?」

 シュリの催促を受けたクリムは静かに瞼を開くと、いまだ考えはまとまっていなかったが、脳内会議にいたずらに時間を浪費するよりは、ひとまず話を始めた方がよいだろうと思いなおして再び語り始めた。

「それでは話を再開しますね。指輪の呪いによる破滅の運命を跳ねのけ、邪龍へと天昇したファーヴニルのその後の話です。彼はまず手に入れた財宝を隠すために、またさらなる財宝を求めて、ノーム達が住む洞窟へと乗り込みました。先に述べた通り、ノーム達は鉱山を採掘して見つけた鉱物を宝飾品等に加工し、貯め込む習性があるので、それを狙ったわけですね。またノーム達は土の魔法を自在に操ることで、洞窟を迷宮化して外敵から身を守る能力を有していますから、ファーヴニルは彼らを従わせて、自身の財宝を守る迷宮を作らせようと考えたのです。ドワーフであるファーヴニルは友好関係にあるノームの生態に詳しく、ある程度ノーム達の作る洞窟の構造の癖を把握していたので、その洞窟に訪れたのは初めてでしたが比較的簡単にノーム達の居住区域である洞窟の深部へとたどり着くことができました。そこでファーヴニルはドラゴンの咆哮によって住人達を呼び出し、彼らが貯め込んでいる財宝をすべて差し出す様に要求した上で、さらに彼の迷宮作りにも協力しろと言い放ったのです。亜人としてのノーム達は肉体的にかなり弱い小人族ですが、彼らの長である大精霊のノームは成龍エルダードラゴンに匹敵する強力な力を有する精霊ですから、横暴な態度のファーヴニルに憤慨して、当初は反抗を試みました。しかし呪いの影響で欲望が暴走したファーヴニルもまた成龍エルダードラゴン並みの邪龍へと変貌していたので、ただ感情に任せて無策で大精霊に喧嘩を吹っかけたわけではありませんでした。彼がほぼ同格の大精霊に対して余裕を見せていた理由は至って単純で、土属性魔法を専門に扱うノームに対して、様々な魔法を習得している魔導士であったファーヴニルは、風属性の魔法で弱点を突ける分優位だったので、たとえ大精霊と戦うことになっても勝てる自信を持っていたのです。ただ、ファーヴニルはノームを倒すことが目的ではありませんから、彼としても戦いは避けたいと考えていました。そこでファーヴニルは威嚇のために風魔法の風刃をわざと外れる様に放ち、抵抗をやめれば危害は加えないと大精霊に警告しました。そして洞窟深部の硬い岩石の壁に深い傷を刻んだ魔法の威力を見た大精霊は、ファーヴニルが自身と同格の力を持っていると認めた上で、それでもなお戦いになれば勝てない相手ではないと考えていたようですが、ノーム達の居住区で戦闘になれば無用な被害が出る事は確実であったため、反抗は諦めてファーヴニルに従うことに決めたのでした。ノーム達はなんとなく財宝を集めていますが、それは本当になんとなくきれいだからと言う程度の理由で、財宝を何かに使う予定があるわけではないので、別に奪われてしまっても痛くも痒くもなかったのです。なので大精霊は仲間に危害が加わるくらいなら、財宝など渡してしまってよいと判断したわけですね。また迷宮作りの手伝いにしても、彼らが普段からやっていることですから、別に無理難題と言うわけではありませんし、真摯な態度で頼まれれば手を貸すのもやぶさかではなかったのです。そう、ただ一方的に命令してくるファーヴニルの態度が気に入らなかったので大精霊は怒っていたわけですね。初めからファーヴニルがノーム達に敬意を持って交渉を持ち掛けていれば、要らぬ争いを呼ぶこともなかったはずですが、指輪の呪いによる精神の変質の影響もあって、彼は端から交渉するつもりが無かったのです。」

 クリムはそこまで話すと一旦話を区切った。


 サテラは少々長めだったクリムの話を反芻しながら分析すると、少し気になることが有ったので、その疑問とは呼べない程度の疑念をクリムに投げかけた。

「エコールが黄金の指輪を確保した際とよく似た状況ですね。時代は違えど同じドワーフですから、財宝の入手法として似た様な手段を講じるのは当然かもしれませんが。」

 サテラはエコールが解決したというドワーフ夫妻の事件と照らし合わせて、その類似性を指摘したのだ。

 これにクリムが答えた。

「そうですね。エコールがファーヴニルを討伐した最後の事件においても、邪龍はノームの力を借りて鉱山に迷宮を作っていましたし、かなり近い状況だと言えますね。その時のノーム達の中には大精霊が居ませんでしたから、まったく同じ状況ではありませんけどね。」

「ノーム達は長である大精霊の元で暮らしているものだと思っていましたが、大精霊が居ない場合もあるんですか?」

 サテラはノームと実際に会ったことが無かったため、グラニアや他のドラゴン達から聞きかじっただけの知識ではあるが、彼女の知識とは異なる情報に違和感を覚えたのだった。

「エコールが依頼を受けたのはあくまでもドワーフの奥さんでしたから、ノーム達もまたファーヴニルの被害者ではありましたが、彼らの話を詳しく聞かなかったのでどういった事情で大精霊が居なかったのかまでは分かりませんね。ただ、今現在この国にも観光旅行で訪れている大精霊が居るそうですし、大した理由がなくとも領地を空ける事が有るのかもしれませんね。」

 クリムは推測でしかないが一応それらしい理由を導き出して答えた。ちなみにおさらいしておくと、観光に来ている大精霊と言うのは、セイランが調査している誘拐事件において攫われたというノームの少女の事である。

「なるほど。考えてみれば邪龍に変身する前のただの鍛冶師のドワーフでは、大精霊には到底及ばないはずですし、大精霊の留守を狙ってノーム達の集落を襲撃したのかもしれませんね。」

 サテラはクリムの推測を足掛かりにして、さらにそれっぽい理由に思い至ったのだった。なお、いくら議論したところで彼女達の推理が正しいかどうかを確かめる手段は現状存在しないので、それらしい答えをでっち上げたところで議論は打ち切られた。


 クリムはテーブルに着いて話を聞いていたみなの顔を見渡したが、他に質問も無いようなので話を再開した。

「エコールの時代の話は置いておいて、ファーヴニルの物語に話を戻しますね。ノームの住む洞窟を乗っ取り、彼らの財宝を奪い取ったファーヴニルは、大精霊とその配下のノーム達の協力を得て、元々迷宮化していた洞窟をさらに堅牢で複雑な迷宮へと改築しました。またこの時ノーム達の財宝を得た事で、ファーヴニルに掛かった指輪の呪いはさらに強力になっていました。高位の魔導士であった彼は呪いに耐性があったので、邪龍と成り果てた後も少しは抵抗できており、口では偉ぶっていても勝てそうな相手を選んで喧嘩を売るような案外みみっちい性格をしていたのです。そしてその身を滅ぼす様な行為は無意識に避けていたのですが、呪いがどんどん強くなってくると、いよいよもって増幅された欲望は抑えがたいものになっており、保身のために残っていたわずかな理性さえも塗り潰されてしまったのです。」

 クリムはそのままさらに話を続けようとしたが、ここでシュリがシュバッと手を挙げて質問を投げかけた。

「大精霊はファーヴニルに勝てると思ってたらしいっすけど、ファーヴニルも大精霊に勝てると思ってたんすよね?実際のところどっちが強かったんすか?」

 シュリはお互いに自身の方が強いと考えていた両者の上下関係が気になったのである。クリムは一旦話を止めてこれに答えた。

「そうですねぇ。自身の支配領域テリトリーに居る大精霊は龍脈から魔力を吸い上げる事で実質的に無限の魔力を行使できますし、四大属性の概念そのものとも言える大精霊は生物の枠を外れた存在なので、物理的に殺すことはほぼ不可能ですから、同程度の力を持った相手に負けるはずがないと考えるのは間違いではないでしょう。ファーヴニルがノームの弱点を突けるので優位であると言う論理にもそれなりに説得力がありますが、いくらドラゴンの頑強な肉体を持っていてもドワーフである彼は戦いが長引けば魔力が尽きてしまいますし、いくら弱点を突いた攻撃をしても不死身の大精霊が相手ではあまり意味は無いでしょう。仮に支配領域テリトリー外にいる大精霊であれば、魔力をすべて消費させてしまえば一時的に無力化することは可能でしょうけど、ファーヴニルが戦いを挑んだのは無謀にも大精霊の本拠地のど真ん中でしたからね。様々な精霊魔法を修めている彼は多くの精霊と契約を結んでいるはずですが、精霊の性質にはそこまで精通していなかったのかもしれませんね。まぁ精霊はヒト種から見ればドラゴンと並んで強力な存在なので、普通は戦おうと思わないですし、怒らせなければ精霊の側から手を出してくることも無いので、戦う必要もありませんから仕方ないですね。」

「え?精霊って不死身なんすか?」

 シュリが驚いた様子で聞き返すと再びクリムが答えた。

自然精霊エレメンタルは実体が無いので基本的には不死身ですね。火や風と言った自然現象そのものを消し去ることはできませんからね。それに対して実在精霊スピリットは実体を持っているので、精霊に成りたての妖精の頃に実体を破壊されれば消えてしまうこともありますね。ところでノームは亜人から精霊化した肉体を持った実在精霊スピリットですが、四大精霊であるノームは自然精霊エレメンタルと同様に土属性を担う四大属性の概念そのものの存在ですから、実体を破壊されても消滅することはありませんね。一応補足しておくと精霊化してから長い時を経て実体に対する帰属意識が薄れた実在精霊スピリットは、たとえ実体を失っても消滅することはありません。元々の物や生物としての性質を失い、概念的な精霊になってしまうからですね。」

 クリムはもののついでと精霊に関する少し詳しい解説をしたが、それは精霊にあまり詳しくないと言っていたサテラに知識を付けさせるためであった。

 なお質問をした当のシュリは首を傾げていた。

「ちょっと何言ってるのか分かんないっすね。」

 クリムが多くの情報を一気に開示したため、シュリの情報処理能力が追い付かなかったのである。

「妖精は消えてしまうことがありますが、基本的に精霊は不死身だと思ってくれればいいですよ。」

「それなら分かるっす。精霊って不思議な存在なんすねぇ。」

 クリムができる限り単純化して言いかえると、シュリは今度はちゃんと理解してポンと手を叩いて納得したのだった。

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