第173話 蟹

 クリム達は最初に運ばれてきた串焼きと後から追加された料理を一通り平らげると、いったん落ち着いてお酒を楽しんでいた。しかしクリムゾンとアクア、そしてシュリはお酒にあまり興味が無いので若干暇そうにしていた。ドラゴンは驚異的な消化能力によって瞬時にアルコールを分解可能であるためお酒に酔うことが無い。それゆえ、お酒に対する評価は味だけで判断しているのだが、子供舌なクリムゾンとアクアには、複雑な苦みやきつい香味を持ったお酒は楽しみ方が分からなかったのだ。一方シュリはなんでも食べるし、味にうるさいわけではなかったが、昨日酔っぱらってふらふらになった体験から学び少し敬遠していたのだった。


 しばしゆったりとした時間が流れていると、再び個室のドアを叩く音が飛び込んできた。

「待ってたっすよー。」

 暇を持て余していたシュリは料理が運ばれてきた気配を感じ取るとすぐさま立ち上がり出迎えに向かった。そして彼女が扉を開くと、そこには再び配膳台車に山盛りの料理を乗せた店員が待ち構えていたのだった。

「お待たせしました。こちらは本日の目玉料理、大型のミスティックスノークラブをまるまる一杯、余すことなく使った盛り合わせになります。脚とハサミは軽く塩ゆでにしてありますので、殻を割ったら甘酢に浸けてお召し上がりください。そして胴体の身は取りほぐして刺身にしてありますので、お好みでお塩を振ったり、少量のソースを軽く浸けて食べるのがおススメですね。」

 店員は配膳しながら蟹の各部位の食べ方を説明した。ちなみにミスティックスノークラブとは、名前の通り雪の様な白い身が特徴の食用蟹で、肉厚でありながら柔らかく、ほのかに甘味がある高級食材だ。またその蟹みそは量が多く旨味が強い一方で、臭いもそれなりにきついので、人を選ぶが酒飲みには概ね好評を博す珍味であった。

「おー、蟹料理っすか。美味いけど殻が硬くて食べにくいんすよね。」

 シュリは深海暮らしの食生活を思い起こしながら言った。

「蟹の殻割り専用のハサミがありますから大丈夫ですよ。よろしければお手伝いしましょうか?」

「それならよろしくお願いするっす。」

 店員はシュリの身の上など知らないので、専用の調理器具が無い一般家庭で蟹を食べるとなれば、たしかに殻割りは難しいだろうと解釈し、道具の使い方を指南したのだった。

「他の方は・・・」

 シュリにハサミの使い方を手ほどきした店員は他の面子にも介助が必要かと視線を向けたが、サテラとスフィーは既に道具をうまく操っていたし、ドラゴン達は素手でバリバリと殻を割っているのだった。

「大丈夫そうですね。」

 店員はセイランが龍人ドラゴニュートであることを知っており、当然他の者がドラゴンである事もわかっていたので、そこまで彼女達の奇行に驚きはしなかったが、大型の蟹の殻はシュリが言う通りかなり頑強なので、改めて人間とのパワーの違いを実感したのだった。

「こっちの頭の甲羅はどうするんすか?」

 シュリは習ったばかりのハサミを使って殻を割りながら、配膳台に残っていた食材を目ざとく発見して店員に聞いた。

「甲羅は網で軽く焦げ目が付く程度に炙ってからお酒を注ぎ、さらにお酒が沸騰しない程度に温めてから飲む、甲羅焼きにして食べるのがおススメですね。蟹みその濃厚な旨味が辛味のあるお酒に溶け出すと、臭みも取れてすっきりとした味わいになるのでとても美味しいですよ。」

 そう言うと店員はグリルに金網を乗せて火をかけ、蟹の甲羅を均等に並べた。

「おー、よくわからないけど美味そうっすね。」

 シュリは他の部位をバクバク食べながら甲羅焼きにも興味を示すのだった。お酒自体には興味が無くとも、料理に伴って供されるものであれば話は別なのだ。

「それでは、また何かありましたらお声がけください。」

 一通り準備を終えると店員は完食済みのお皿を引き上げて個室を後にするのだった。

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