第171話 魔剣ダインスレイヴ

 クリム達は談笑しながらのんびりと食事をすすめ、最初に運ばれてきた串焼きを楽しんでいた。そして少し大きめの魚が焼きあがる頃合いに、個室のドアを叩く音が響いた。

「次の料理が運ばれてきた様だね。ちょっと今手が離せないから受け取ってもらっていいかい?」

 セイランは串焼きをひっくり返して焼き加減を確かめながら言った。

「了解っす。今開けるっすよー。」

 串焼きの自身の取り分を早々に食べ尽くしたシュリは、次の料理を待っていたことと、手持無沙汰でもあったことから即座に名乗りを上げて立ち上がったのだ。そしてドアを開くと台車にたくさんの料理を満載してきた店員を招き入れた。

「お待たせしました。アカマチの塩釜焼きと、べスゴの炊き込みご飯になります。」

 店員が運んできたのは木製のお櫃に詰められた白身魚の炊き込みご飯と、とりわけ用の茶碗、そしてキツネ色の焦げ跡が付いた4つの大きな塩の塊だった。

「おー・・・ごはんは美味そうっすけど、なんすかこれ?塩の塊みたいっすけど。」

 シュリは塩釜をコンコンと拳で叩いて聞いた。

「こちらは高級魚アカマチまるまる一尾を、塩で塗り固めたドーム状の窯に閉じ込めて、そのままオーブンでじっくり焼き上げることで、魚のエキスを余すことなくその身に封じ込めた蒸し焼き料理ですね。塩窯を開けるのには少しコツがいるのでこちらの方で割らせてもらいますね。」

 店員はそう言うと塩釜のてっぺんを木槌で数回叩いた。すると塩釜はバカっと割れて、中からは芳しい湯気とともに蒸しあがった大きな赤い魚が姿を現した。

「おー、いい匂いっすね。それに見たことないけどうまそうな魚っす。」

 シュリは漏れ出した湯気の香りをかぐと、たまらずあふれ出したよだれを拭った。

「かなり希少な魚なので見たことが無いのも無理はないですね。マリスケリアに食材を卸している業者はアラヌイ商会グループ傘下なので、漁船には青龍会の用心棒が同乗していまして、普通の漁船では近寄れない危険な海域でも漁ができるんですよ。」

「なるほどっすねー。俺の仲間達は危険な海域にはわざわざ近寄らないはずっすから、見たことないのも仕方ないっすね。」

 シュリの元々の種族は深海のみならず様々な環境に適応できる海老であるため、先祖の記憶を受け継いでいる彼女には、彼女自身が見たことの無い物事に関する記憶もあるのだが、海底を這う様に歩き回る底生の生物である彼女の種族は、回遊性の魚であるアカマチとは生息する海の深度が被っておらず出会う機会が無かったのだ。一方、店員は市場に出回りにくい高級魚の希少性を説明しており、2人の会話は噛み合っている様でいまいち噛み合っていないのだった。

 その後、店員は塩釜焼きをグリルを囲んだ四方のテーブルへと1個ずつ配り、炊き込みご飯を盛りつけて各自に配ると、食べ終わった焼き串を回収して配膳用の台車へとまとめた。

「それでは失礼します。」

「はい、お疲れー。」

 ようやく串焼きを仕上げたセイランが帰っていく店員に声をかけると、店員は一礼して出て行った。


 新たに運ばれてきた料理を食べながら一同は再び雑談を始めた。

「ところでクリムさん。魔剣を回収したらどうするつもりなんですか?」

 取らぬ狸の皮算用だが、クリムかアクアのチームどちらかが優勝するであろうことはほぼ確実であるため、サテラは少々気が早いながらもクリムに魔剣の行く末を聞いたのだった。

「そうですねぇ。グランヴァニアの宝物庫に返すのが一番憂いが無いでしょうか。」

 クリムはアカマチの身をナイフとフォークで器用に切り分け、取り皿に移してアクアの元へと運びながら答えた。大きな魚を前にしたアクアはどこから手を付けたらよいか分からずに手が止まっていたからだ。

「あれ?クリムさんが新たな魔剣の持ち主にならないんですか?私はてっきりそのつもりだと思っていましたけど。」

 サテラは未だマイペースにお酒を片手に串焼きをつついていたが、アクアが熱々のアカマチの身を頬張る様子に惹かれて、新たな料理に手を伸ばしながら言った。

「人間であるエコールが悪龍と戦闘するにあたっては、強靭な龍鱗ドラゴンスケイルを貫く武器が必要になるので、旅立つにあたってグラニアから魔剣を預けられたわけですが、ドラゴンである私には不要ですからね。かと言ってエコールと同じ魔力波長を持つ私以外には魔剣の本来の力は発揮できないですから、他の誰かに持たせても仕方が無いですし。そうなると元々魔剣を所蔵していた宝物庫に返すのが一番収まりがいいでしょう。」

 クリムはサテラの疑問に答えつつ、自身にもアカマチの身を取り分けて一口食べた。

「おお、高級魚と言うだけあって美味しいですね。密閉して蒸し焼きにしてあるせいか身に旨味が凝縮していて、魚本来の味を最大限引き出されている様な感じですね。」

 エコールは先述の通り料理がまったくできなかったのだが、食べること自体は好きで世界各地で様々な料理を食べており、それなりに舌は肥えていたため、その記憶を受け継いでいるクリムもまた味見に関しては一家言あるのだった。

「グラニアの武器と言えば、あなたも旅に出るとき何か持たされたんじゃないですか?」

 クリムはふと先だってのサテラと巨大鮫マナゾーとの戦闘を思い起こし、彼女が武器を使わず素手で戦っていたことに疑問を抱いたのだった。

「はい。私も旅に出る際にグラニアから魔剣を授かっていますよ。エコールが魔剣使いだと知っていたので私の方から魔剣をお願いしたのですが、これがなかなかの曲者でして。」

 サテラは旅行鞄の中から小洒落た柄の布によってぐるぐる巻きにされた一振りの長剣を取り出し、その封を解きながら言った。

「私の魔剣の名はダインスレイヴと言うのですが、ひとたび鞘から抜くと誰かを斬るまで鞘に戻ってくれないという厄介な魔法効果を持っているんです。しかもダインスレイヴで斬られた傷は呪いによって治癒しないおまけ付きで、この呪いは普通の人間にはまず解呪できないので、わずかな傷でも致命傷になる凶悪な効果だと言えますね。そんなわけで、あまりに使い勝手が悪いので普段は使っていないんですよ。」

 そう言うとサテラは再び魔剣に布を巻いて鞄の奥へとしまった。

「なるほど。再生力が高いドラゴンは戦闘中でもすぐに傷を癒してしまいますから、多少の傷を与えても無意味ですが、治癒を妨害する呪いを付与できるとなれば、解呪に多少手間を取られるでしょうから、対ドラゴン戦闘においては有効かもしれないですね。一度抜いたら誰かを斬るまで収まらないという魔法効果に関しては正直メリットが見当たらないですが、不必要に濫用してはならないという戒めの意味があるのかもしれませんね。」

 クリムはダインスレイヴの効果を分析し、サテラに魔剣を持たせたグラニアの思惑を推測したのだった。

「そうですね。実は旅に出てすぐの頃、使い勝手を試すために野盗相手にダインスレイヴを抜いたことがあるのですが、少々痛めつけて捕らえた野盗達は大した傷でもないのに出血が止まらずに死にかけてしまったので、傷を負わせた私が自ら解呪して傷を癒すという、なんとも格好の付かない結果になってしまいましたからね。それ以来素手でどうにかできると見定めた相手には素手で対応しているんですよ。」

 サテラは失敗から学んで対策を講じていたので、その点は評価できるとクリムは考えたが、対マナゾー戦においては素手での打撃は力不足でまったく効いていなかったので、彼我の戦力差を見定める目はあまり養われていないと、少々厳しい目で見ていた。ただ、その辺の技術は場数を踏めば自然と培われていく物なので、やる気は十分にあるサテラに対して、クリムはあえて指摘はしなかった。

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