第71話 クリムゾンの葛藤

―――ここでほんの少しだけ時を遡り、アクアが戦うのが好きだと聞いたクリムゾンの思考に焦点を当てる。


 クリムゾンは葛藤していた。なぜならアクアの願いがクリムゾンの願いと競合する物だったからだ。眷属であるアクアの願いはできる限り応援したいと考えていたが、彼女に戦う相手を譲ったら自分が戦えないのは明白だった。念のため確認しておくが、ドラゴンは自分の産み出した眷属を害する事ができない『ドラゴンの宿痾』という特性を持っているので、クリムゾンはアクアと戦う事ができない。


 クリムゾンは考えるのが苦手であるため、自分の代わりに作戦立案等を担うことを期待してクリムを産み出した。しかし頼みの綱のクリムはアクアと楽し気に話をしていたので、アクアと自身の願い両方を叶えるという二律背反の命題について、クリムゾンはひとまず1人で考える事にした。

 彼女はまず他のドラゴン達がどのように戦うかを思い起こしていた。通常ロード・ドラゴンが戦う際には眷属を引き連れて一緒に戦う。とはいえロード・ドラゴンが直接前線に出張る様な事態は滅多になく、眷属が傷つけられた時か支配領域を侵された時くらいである。また侵略者への対応はドラゴンごとにまちまちで、見つけ次第攻撃するシゴクの様な苛烈な者もいれば、実害がない限り放置するクチナシの様な放任主義の者もいるし、とりあえず話を聞く穏健派もいる。

 クリムゾンは長い間縄張りを持たずフラフラと放浪していたので、領地を守った経験はないが、他のドラゴンの縄張りにうっかり侵入して迎撃されることが何度もあったので、領地防衛におけるロード・ドラゴンとその眷属の戦い方には経験的な知見があった。その辺の経験を踏まえて自身と眷属両方の願いを叶えるには、一緒に戦えばいいと当たり前の事実に気付いた。そんなことは考えるまでもない様に思えるが、産まれてこのかた誰かと協力して戦った経験がない彼女にとっては画期的な方法に思えたのだ。

 はっきり言ってしまえばクリムゾンの幼稚な思考が作戦立案の役に立つことはないが、曲がりなりにも自分で考える努力をしたのは彼女が精神的に成長している証拠だった。その成長はもちろん眷属を得たことによるもので、1人で戦っていた時には必要のなかった他者への思いやりが原動力となっていた。


 クリムゾンは一応の結論を得たので一旦考えるのはやめて眷属達の様子に目を向けた。するとちょうどアクアが海皇波を放つ準備をしているところだった。

 クリムゾンはその構えと両手に込められた魔力の波動から、アクアがアクアマリンの技を放とうとしている事にすぐ気づいた。そしてその技が炸裂すれば地下大空洞がただでは済まない事も分かっていた。クリムゾンはこの場所にさほど思い入れはなく、産卵に適した一時的な宿り木くらいの存在であるが、クリムがこの地を今後の活動拠点にするという話をしていたのを思い出したので、大空洞が壊れたら彼女が困るだろうと類推できた。そこでクリムゾンはアクアの放つ技を止める事にしたのだった。


 かくして、前回アクアの攻撃を防いだ場面へと繋がる。

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