第3章 人間の国へ

第66話 窒息触手プレイ

―――クリムゾンが棲みついた極北に位置する洞穴。その正体は生命樹スフィロートの根っこの跡だった。そしてその最深部に存在する巨大な地下大空洞はスフィロートが分身体である樹人間アーブレヒューマのスフィーを生育するために用意したものであった。改めてこの大空洞を活動拠点とするために、ある意味ここの持ち主であるスフィーに許可をもらい、さらにスフィーをクリムゾン一味の仲間に加えたのが前回までのあらすじである。


 初日の活動を終えて眠っていたクリムは、柔らかな朝の陽ざしを感じて目を覚ました。もちろん地下に太陽の光は届かないが、それは四大龍のキナリが作り出した陽光球スフィアオブサンライトの光である。クリムは就寝前にこの陽光球に魔法で黒雲のベールを掛けていたが、朝になったら自動的に雲が晴れる様に調整していたのだ。

 クリムは目を覚ますと同時に口内に違和感を覚えた。

「もがが。」

 なんと口の中に謎の植物の蔦、あるいは根の様な触手が侵入していたのだ。そしてよくよく見てみれば、その触手は全身に絡みつき彼女を拘束して空中に持ち上げていた。どう考えてもその発生源は樹人間のスフィーであると思われたので、クリムの隣で眠っていたはずのスフィーの方に視線をやると、案の定眠りこけている彼女の背中から無数の触手が伸びていたのだった。


(さて困りましたね。私の力なら恐らく簡単に触手を引きちぎる事ができますが、そうするとスフィーにダメージを与えてしまわないでしょうか?この状態では声も出せませんし、大人しく彼女が起きるのを待つしかないですかね。)


 クリムは口をふさがれ手足を縛られた状態にもかかわらず至極冷静だった。ドラゴンである彼女は呼吸できなくとも平気であるし、またその頑強な肉体はスフィーの触手に傷つけられる恐れはないと自信を持っていたからだ。


(そうだ、クリムゾンにテレパシーを送ってみましょう。水中で眠っているシュリでもいいですが彼女はまだ眠っているようですし、本来眠る必要がないクリムゾンならいつ起こしても平気でしょうからね。)

 現状を脱出する案を思い付いた彼女は早速実践した。

『クリムゾン、クリムゾン、私の声が聞こえますか?』

「うーん・・・どうしたのクリム?」

 空中にフワフワと浮きながら眠っていたクリムゾンはクリムのテレパシーを受けて目を覚ました。クリムゾンの様子はどこかおかしかったが、具体的には腹部が妙に膨らんでいたのだが、拘束状態にあるクリムはその変化を見落としていた。

『寝ぼけたスフィーに拘束されてしまった様なので、どうにかできませんか?彼女を傷つけない様にしたいので、できるだけ穏便な方法でお願いします。』

「おお、なんだこれ?」

 空中を移動してクリムの所にやってきたクリムゾンは、クリムに絡みついた触手を見て驚いた。ドラゴンは魔法やドラゴン自体が持つ特性によって奇跡の様な現象を起こせるが、植物を直接操る事はできないため、自身の身体の一部とは言え植物を自在に操るスフィーの能力が物珍しかったからだ。

『とりあえず口に入ってる奴を抜いてください。』

「あ、うん。分かった。」

 クリムゾンは触手を掴むと、クリムに言われた通り傷つけない様に注意を払いながら優しく引き抜いた。

「ふー、ようやく声が出せました。次は手足の拘束もほどいて欲しい所ですが、かなりがんじがらめですね。」

「そうだね。」

「頑張ってほどくよりスフィーを起こした方が早いかもしれませんね。お願いできますか?」

「分かった。」

 クリムゾンは眠っているスフィーの元へと降下していき着地した。そしてスフィーの身体を揺すって起こそうとしたのだった。

「おーい起きろー。朝だよー。」

 クリムゾンが激しくスフィーを揺すったため、その背中から伸びる触手に絡めとられているクリムもまたぐらぐらと揺らされた。

「うーん・・・眩しいですね。もう朝ですか?」

 クリムゾンに揺すられたスフィーは目を覚ました。

「おはようスフィー朝だよ。クリムの拘束を解いて。」

 クリムゾンは挨拶をしつつ簡潔に要件を述べた。

「ん?拘束ってなんのこと・・・っておわっ!?」

 スフィーは寝ぼけた眼をこすりながらクリムの方へ振り返り、その目に飛び込んできた思わぬ状況に驚いたのだった。

「おはようございますスフィー。寝起き早々すいませんがこれ外してもらえますか?」

「あっはい。分かりました。」

 触手に吊るし上げられすごい格好であるにもかかわらず、余裕の表情で話し掛けてくるクリムを見て、スフィーは一瞬慌てたものの彼女に釣られて冷静になってしまった。

 スフィーは触手を操ってクリムを地面に降ろし、長く伸びていた触手は背中に引っ込めてすっかり消してしまった。

「ふぅ、私にとってはなんら害はありませんでしたが、何だったんですか今の触手?人間が相手なら窒息してしまうところですよ。」

 クリムはようやく自由になったので、手首足首をクルクルと回してストレッチしながら問いかけた。

「私の根っこ口に入り込んでいたんですか?」

「ええ、声が出せなくて不便だったので先にクリムゾンに抜いてもらいましたが、それはもうかなりずっぽりと。」

 スフィーは顎に手を添え少し考えたのちに口を開いた。

「もしかしたら寝ている間に水分が枯渇してしまったのかもしれません。それでクリムの口内の唾液や体液を求めて侵入していたと考えれば辻褄が合いますし、現に今私は喉が渇いているのでたぶんそうです。」

「そう言う事でしたか。」

「私自身こんな寝相が悪いとは思っていなかったのですが申し訳ないです。」

「いえ、私はなんともないので別にいいのですが、今後は寝る前に水分を多めにとって、なおかつ手の届く範囲に水を用意しておいた方がいいですね。それと人間とは一緒に寝ない方がいいですね。誤って殺してしまいかねないですよ。」

「はい、肝に銘じておきます。」

 クリムはまったく怒っていなかったが、スフィーは少し落ち込んだ様子だった。相手がクリムだったからよかったようなものの、自身にこんな特性があるとは知らずに他の生物を害してしまっていたらと考えると肝が冷えたからだ。


「おはようっす!」

 少し妙な空気になってしまった3人の元に元気な挨拶が飛び込んできた。話し声に気付いて目を覚ましたシュリが湖から出てきたのだ。

「みんなで集まってどうしたんすか?」

「いえ、もう解決したのでなんでもないですよ。」

 スフィーはバツが悪そうに押し黙ってしまっていたのでクリムが答えた。

「なんかよくわかんないっすけど、それならよかったっす。」

 シュリは何もわかっていないのに適当な返事をした。クリムは相変わらずいい加減なシュリに少し呆れたが、その底抜けの能天気さを見て少し落ち込んでいたスフィーの気持ちが和らいだようだったので、今回ばかりは何も言わなかった。


「ところで気になってたんすけど、旦那なんか太ってないっすか?」

 触手騒動に気を取られてクリム達は見落としていたが、起き抜けでフラットな視点を持っていたシュリはクリムゾンの腹部が妙に膨らんでいることに気付いたのだった。膝を抱えて丸くなって浮遊していた時はあまり目立たなかったが、地面に降り立ったクリムゾンの腹部は妊婦の様に膨らんでおり、明らかに何かしらの異常が起きている事を示していた。

「あら?本当ですね?どうしたんですそのお腹?」

「え?何かおかしい?」

 しかしクリムゾン自身人型に慣れていない事もあり、その変化に気づいていないのだった。


 突如クリムゾンの身体に起きた謎の膨腹現象は一体何を意味しているのか、誰にもわからないまま次回に続く。

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