第57話 クリムゾン変身!

 客人を見送って身内だけになったので、クリムは今後の予定を話し合おうと考えていた。しかしクリムゾンに聞きたいことが有ったのを思い出したので先にその疑問を解消する事にした。

「先ほどのアクアマリンの話をしていた時に話題に上がっていましたが、クリムゾンは龍人ドラゴニュートの存在を知っていたんですね。」

「うん、知ってたよ。」

「それなら話が早いですね。質問なんですが、あなたも龍人ドラゴニュートになれるんじゃないですか?」

「たぶんなれるよ。」

「どうして曖昧なんですか?」

「だってなった事ないからね。」

「なるほど。」

 それはそうだと納得するクリムだった。

「試しに変身してみてくれませんか?」

「どうして?」

「人型になれるなら一緒に人里に行ったりできるじゃないですか。」

「おお、そういうことか。ならさっそくやてみよう。変身!」

 クリムゾンは掛け声とともに全身から真っ赤な蒸気を放出し、それはあっという間に3人の視界を遮った。

「なんすかこれ!?」

 シュリは突然何も見えなくなって驚いていたが、一方クリムは視界ゼロでも魔力感知で周囲の様子が分かるので、視覚とは別の感覚でクリムゾンの変化を観測していた。

 クリムゾンはその巨体をみるみる魔力に変化させ、そのまま消えてしまうのではないかと心配する勢いで体積を減らしていった。そして小さな人型の実体を残して、巨大なドラゴンの身体はすべて魔力の蒸気と化してしまった。続いて人型となったクリムゾンは放出された魔力の蒸気を取り込み、その小さな身体に凝縮して宿したのだった。


 魔力と魔法についてはいずれ詳しく解説するが、とりあえず簡単に説明すると、物質並びにエネルギーと魔力を相互に変換するのが魔法である。例えば魔力から水を生成するのも、水から熱エネルギーを吸収して魔力に変換し氷を作るのも、どちらも魔法の一種である。クリムゾンが自身の身体を魔力に変換して取り込んだのは魔法であるが、人型実体を作り出したのはドラゴンに元々備わる遺伝子改竄能力の応用であるため、こちらは魔法ではない。これはシュリがまだエビゴンだった時、脱皮に際して人型に変身したのとほぼ同じ方法である。なおドラゴン種にとって魔法を使うのは息をするのと変わらないくらい簡単な事であり、いちいち魔法と意識して使ってはいない。なので魔法とそれ以外の能力の境界線はドラゴン当人にとっては曖昧である。


 クリムゾンが魔力の蒸気を取り込んで視界が回復したため、その変身の全容が明らかとなった。

 変身したクリムゾンの風貌は幼い少女で、元々の体色と同じ深紅の髪と燃える様な真っ赤な瞳を持っていた。またその髪はボサボサの長髪で、地面に引きずるほど長かった。彼女はクリム同様ドラゴンの翼と尻尾、そして角を生やしていたが、それらのサイズはクリムよりも遥かに大きく、翼と尻尾はボサボサの髪と同様に地面に引きずる程で、小さな少女の体には不釣り合いだった。そして産まれたてのクリムや脱皮した直後のシュリと同様に、変身したクリムゾンはすっぽんぽんであった。

「変身完了かな?」

 初めての経験で自信がないクリムゾンは、クリムに変身の成否を確認した。

「ええ、ちゃんと人型になってますよ。私より小さいですね。エビゴン・・・じゃなかったシュリと同じくらいですね。」

 クリムは変身したクリムゾンに近づき、自身の背と比較しながら言った。

「旦那メスだったんすね。」

 シュリも同様に近付いてきて言った。

「ここに来る前にそう教えたじゃないですか。」

「え?そうだったっすかね?」

「薄々感じていましたけどあなた、返事はいいのにあまり人の話を聞いてないですよね?」

「そんな事ないっすよ。」

 シュリは悪びれる様子もなく元気に答えた。

「まぁいいですけど。ところで人型になってみて何か違和感はないですかクリムゾン?」

 クリムはいい加減なシュリの事はいったん置いておいて、クリムゾンに質問した。

「うーん・・・特になんともないよ。」

 そう答えるとクリムゾンはフワッと浮き上がり、身体を丸めて膝を抱え空中を浮遊し始めた。その姿は球体の身体を持っていたドラゴンの時と少し似ていた。ドラゴン状態のクリムゾンは尻尾と首、そして翼以外はほとんど動かさず浮いているだけだったが、人型になってもその癖が出ているのだ。

「手足はちゃんと動かせますか?」

「うん?まぁ動かせるよ。」

 クリムに促されたクリムゾンは手を握ったり開いたりし、足を空中でパタパタと揺らして見せた。

「問題なさそうですね。でもずっと浮いていたら目立ちますし、地面を歩けないですか?」

「どうだろう?わかんないけど、やってみようか。」

「はい。」

 クリムゾンは地上に降り立ち二足歩行しようと一歩踏み出したところでよろけてしまった。急激な体の変化に感覚が追い付かず、思い通りに体が動かせなかったためだ。

「おっとっと。」

「あらあら、大丈夫ですか?」

 クリムは転びそうになった小柄な少女を受け止めながら声を掛けた。

「うん、大丈夫。もう慣れた。」

 そう言うとクリムゾンはしっかりと両足で地面を踏みしめて歩き出した。その足取りは最初にふらついたとは思えない程安定しており、もはや危なっかしさはなかった。

「適応力が高いですね。」

「俺も歩けるっすよ!」

 シュリはなぜか対抗してクリムゾンの後をついて歩き始めた。

「そう言えばシュリは変身したばかりでも普通に歩いていましたね。見よう見まねで私の飛行技術も覚えていたようですし、あなた体を動かしたりすることに関しては学習能力が高いのかもしれませんね。人の話はよく聞いてないのに。」

「ちゃんと聞いてるっすよ。」

「はいはい。」


 少しの間歩き回っていたクリムゾンはクリムの前に戻ってきて話始めた。

「これでぼくも人里に行ってもいいのかな?」

「そうですねぇ。あとは服を着たらとりあえずは大丈夫ですかね。」

 クリムは未だ素っ裸のままだった少女に告げた。

「服か。それならクリムとお揃いの服を作ろうかな。」

「あっ!それなら俺もお揃いの服が欲しいっす!」

「みんな同じ服を着るんですか?まぁ身内なのが分かりやすくていいかもしれませんが・・・そうだクリムゾン、服の色は変えられますか?」

「どうして?」

「深紅の服は何やら怪しい宗教団体のトレードマークらしくて、初対面の方に勘違いされたんですよね。いちいち否定するのも面倒ですから、色を変えられないかと思ったんです。」

「そう言う事か。」

「ええ、できそうですか?」

「うん、たぶんできると思うよ。やってみよう。」

 クリムゾンは先ほど吸収した魔力の蒸気を少し口から吐き出すと、その蒸気を手で捏ねるようにかき混ぜ、形を整えて龍の鱗を作り出した。

「おお!鱗になったっす!」

「よし。次は服を作るよ。」

 クリムゾンは出来上がった大きな鱗を両手で持ち上げると、クリムの服を作った時と同様にして3人分三着の服を作り出した。出来上がった服は見た目こそ今クリムが着ているのと同じデザインだが、その色はちゃんと変化しておりクリム用の少々大きいサイズの服は彼女の金髪に合わせた黄色主体に、シュリ用の服は明るいオレンジ色に、そしてクリムゾン用の服はかつて聖女エコールが着ていたのと同じ白色にそれぞれなっていた。

「はい出来上がり。これでいいかな?」

「完璧ですね。さっそく着てみましょうか。」

 3人はいそいそと着替え始めた。そしてクリムとシュリはすぐに着替え終わったが、クリムゾンは服を着ること自体が初めての体験であるため手間取っていた。

「着させてあげましょうか?」

「うん、よろしく。」

 クリムが提案するとクリムゾンはすぐに受け入れたので、クリムは着替えを手伝い始めた。そしてクリムゾンが大きな角に阻まれて服を着るのに手間取っていたことに気付いた。

「なるほど。角が大きくて着づらかったんですね。」

 原因が分かったので、角が服に引っかからない様にと上手くかわして服を着させるクリムだった。そうして頭さえ抜ければ、あとは翼と尻尾をそれぞれの穴に通すだけで着替えは完了した。

「これで良し。」

「うん、ありがとう。」

「どうですか初めて服を着てみた感想は?」

 クリムゾンは少し違和感を覚えた様で体をひねったり伸びをしたりしていたが、すぐに慣れた様で落ち着いた。

「大丈夫みたい。」

「それはよかった。」

「これでぼくも人里に行っても平気かな?」

「ええ、大丈夫だと思いますよ。」

「よし、それならさっそく行ってみよう。」

 クリムの許しが出たのでクリムゾンはすぐさま出かけようとしたが、クリムが制止した。

「まぁまぁ慌てないでください。まだどこに行くかも決めていませんし、それと今後の活動目標を更新したいですから、少し話し合いましょう。」

「そっかー。」

 浮足立つクリムゾンを抑え、クリムは作戦会議の開催を提案したのだった。


 少女達が和やかに団欒している最中、彼女達のいる大空洞内では何やら不穏な変化が起きていたのだが、クリムゾンの変身に際して発生した魔力放出に紛れて、その小さな変化は誰に気付かれることもなく進行しているのだった。

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