第42話 龍の巫女サテラとの対話 その2

 不用意な発言からサテラにクリムゾンの眷属であることを看破されたクリムだったが、いまさら隠しても仕方がないので開き直って正直に話す事にしたのだった。

「さて、約束通り今度は私の質問に答えてくださいクリムさん。あなたはなぜ聖女エコールの姿をしているんですか?」

「実のところ明確な理由は私にもわかりませんが、クリムゾンがこれまでに戦った好敵手達の中で一番楽しかった相手がエコールだった様なので、その事が関係しているのかもしれませんね。ちなみに私はエコールの記憶をある程度保持していますので、私の持っている情報が古いのはそのせいです。」

「エコールの姿をしているだけでなく、記憶も持っているんですか?それは興味深いです。エコールは歴代の龍の巫女の中でも最強、かつ最も慈悲深い女性であったと言われています。そのため多くの女性の憧れの存在だった様でして、彼女の髪型はエコールカットと呼ばれ当時大流行したと聞いています。そして当時ほどではありませんが、現代でも人気のある髪型ですね。かくいう私も旅に出るにあたってエコールにあやかろうと同じ髪型にしたんですよ。」

 サテラは髪先をもてあそびながら少し照れくさそうにはにかんだ。

「私はあくまでも記憶を持っているだけでエコール本人ではないですが、なんだか照れますね。」

 クリムが言う通り彼女はエコール本人ではないのだが、サテラから見れば大昔の偉人と出会った様な感覚なのだった。

 

 エコールの件もあってか、サテラがなんとなく心を許してくれた様に感じられたので、クリムは質問を続けた。

「クリムゾンの災厄から何年くらい経っているか分かりますか?実はクリムゾンはずっと眠りについていたのですが、今朝がたようやく眠りから醒めたのです。なのでどのくらいの期間眠っていたのか分からないのですよ。」

「クリムゾンがずっと姿を隠していたのはそう言う理由でしたか。そうですねぇ、クリムゾンが忽然と姿を消したのは6200年程前と言われていますね。人間達はかつての災厄を忘れてしまったようですが、さっきも言った通りドラゴンの間では子供を躾けるためのおとぎ話として伝わっていますし、人間と違い長命のドラゴンの中には当時を知る者も多いので、ある程度正確な年数だと思いますよ。もちろん人間である私は当時を知っているわけではないですが、グラニアや他のドラゴン達から話を聞いて知っているのです。」

「ほうほう。思ったよりも長い間眠っていたのですねクリムゾンは。世界情勢や四大龍の事とか、他にもいろいろ聞きたいのだけれど、続きは後にしましょう。そろそろ私のIDカードができたみたいで、受付嬢が戻ってきます。」

 クリムは交易所の奥から受付嬢が向かってくるのを、彼女の足音から察知したのだった。その足音は人間であるサテラには聞き取れない程小さな音だったが、ドラゴンの鋭敏な聴覚には捉えられていたのだ。

「彼女が戻ってくると何か問題があるんですか?」

「ドラゴン達には既に知れ渡っているようですが、クリムゾンが覚醒した事は人類には当面の間隠しておきたいのですよ。まだ話していませんでしたが、私の目的はクリムゾンと戦う相手を探す事なので、クリムゾンの強さやかつて起こした災厄の話が広まると支障が有るのです。」

「なんでまた戦う相手探しなんてしてるんです?」

「眷属である私にも少々理解しがたいのですが、クリムゾンは単純に戦うのが好きなんですよ。かつての災厄の際もクリムゾンとしてはただ遊んでいたつもりで、他者に危害を加えていた意識はなかったようです。っとそんなわけで話はここまでです。手続きを済ませてきますね。」

 いよいよ受付嬢の姿が見えたので、クリムは話を切り上げた。

「分かりました。私は先に外に出て待ってますね。」

「はい、お願いします。」

 クリムと受付嬢に軽く会釈するとサテラは交易所を出て行った。


 サテラを見送ったクリムは再びカウンターへと戻った。

「お待たせしましたクリム様。IDカードの登録申請が済みましたよ。」

「はい、ありがとうございます。」

「IDカードの形態はいかがなさいますか?」

「形態ってなんですか?カードはカードなのでは?」

「失礼しました。クリム様はご存じないですよね。実はIDカードは少し前までは実際にカード型だったのですが、どうにも紛失する方が多くて紛失防止のために改良されたのですよ。現在では指輪型に腕輪型、ピアス型や首に掛けるドッグタグ型なんかもありますよ。それでカードだった頃の名残で形状の変わった現在でもIDカードと呼んでいるんですが、考えてみればおかしいですね。」

「はぁ、そう言う事でしたか。」

 余談だが、チャンネルを回す、写メを撮る、ビデオの巻き戻し等々、現実においても過去に使われていた言葉がそのまま残り、実情とかけ離れ形骸化した言葉というのは案外少なくない。

「それで形態はいかがなさいますか?ちなみに指輪型は紛失率が高いのであまりオススメしません。」

「それなら廃止すればいいのでは?」

「そうしたいのはやまやまですが、一番利用率が高いのでなかなかそうもいかないんですよね。クリム様は龍の巫女と言う事である意味戦闘職に該当しますので、オススメなのはドッグタグ型ですよ。腕や耳は戦闘で失う可能性がありますが、首は死なない限り無事でしょうからね。」

 受付嬢は笑顔で淡々と説明しているが、別にブラックジョークで言っているのではなく大真面目な話である。

「ふむふむ。つまりドッグタグ型のIDを持っている人は戦闘職が多いって事ですか。」

「そうなりますね。その他の形態は好みの問題で、こだわりが無ければ腕輪型をオススメしていますね。取り回しが簡単でサイズが大きく、紛失率が最も低いので。」

「それなら私は腕輪型にします。」

「はい、承りました。」

 受付嬢はいくつかの腕輪を収納棚から取り出すとカウンターに並べた。腕輪は金属製のチェーンと認識票とで構成されており、サイズの調整機構を備えたフリーサイズの物だった。

「色やデザインに多少バリエーションがありますがどれになさいますか?」

「そうですねぇ。やはり服との兼ね合い的に赤でしょうか。」

 クリムは並べられた腕輪にさっと目を通すと暗めの赤色を指さした。

「承知しました。それではこちらにクリム様のID情報を投影して・・・」

 受付嬢はクリムが見た事もない魔導機を取り出すと、それに腕輪をかざしてスイッチを入れた。そのまま数秒待つとチーンと機材からチャイムが鳴り響いた。

「はいこれで手続きは終了です。お疲れさまでした。」

「なんですかそれ?」

 クリムは謎の機材を指さして問いかけた。

「これは情報管理システムの端末ですよ。魔導機の一種ですね。紙で書類を管理していた時代もあったと聞きますが便利になったものですね。まぁ作業が魔導機に取って代わられたおかげで、事務仕事の需要が減っているので私としては微妙な気持ちなのですが。」

「ほうほう。6200年も経つと魔導機の発展もなかなかのものですね。」

「6200年・・・?なんの話ですか?」

「あっと、口が滑りました。お気になさらず。」

「そうですか。」

 受付嬢は怪訝そうに首を傾げたがそれ以上追及しなかった。職務中なので私的な質問は控えたのである。


「続いて報酬の振り込みについてですが、このままIDカードに振り込ませていただいてよろしいですか?」

「IDカードの話が気になって断るタイミングを逃していましたが、私は今回有償で依頼を引き受けたつもりはないので、報酬は必要ないですよ。」

 クリムのその言葉に偽りはないが、実際には明かせない本音が隠されている。今回の怪物調査依頼は元をただせばすべてクリムゾンのくしゃみに端を発する物であり、その事件を解決したことにより報酬を受け取るのは、マッチポンプの様で憚られたからである。

「いえ、実は調査依頼があった事は既に上申してありまして、調査完了の手続き上調査を請け負ってくださったクリム様に報酬を受け取って頂かないわけにいかないのですよ。申し訳ありませんがご了承ください。」

「そうですか。それなら仕方ないですね。ちなみに報酬はいくらですか?」

 受付嬢はカウンターの下からソロバンを取り出して計算を始めた。

 情報管理のハイテクに比べ急にアナログになったなと、クリムはその落差が気になった。しかし受付嬢がソロバンを使用しているのは、頭の回転をよくする効果があると近年巷で話題になっているためであり、自動計算機は別途存在している。ちなみにその健康法に科学的根拠はない。

正体不明アンノウンの巨大な怪物の調査依頼で、しかも海上でしたので危険手当と船舶の利用料など諸経費も上乗せされるのですが、クリム様は設備や道具を使用しましたか?」

「いえ、私は見ての通り飛べるのでひとっ飛びしてきました。海中探査も魔導水中探知マジカルソナーで済ませたので、道具も使ってませんよ。」

「龍の巫女はすごいですね。そうしますと諸経費は特になしと言う事で、代わりに技術料を計上しまして・・・しめて12万Gグランになりますね。IDカードを使用した振込みですと所得税10%が引かれますがよろしいですか?」

「はい、問題ないです。よろしくお願いします。」

 クリムには現在の貨幣価値が分からなかったので、その金額が高いのか安いのか判断がつかなかったが、元々受け取る気のなかった報酬であるためあまり気にせず了承したのだった。

「承知しました。」

 受付嬢は先ほど作ったクリムのIDカードを魔導機にかざし、報酬の振込みを完了させた。

「これにてすべての手続きは完了です。お疲れさまでした。」

「はい、ありがとうございます。」

 クリムは腕輪を受け取ると左手に装着した。

「クリム様は名目上アラヌイ商会の所属となっておりますが、金銭の授受に際して納税して頂く以外は特に縛りはありませんので、あまりお気になさらず今まで通り活動してください。もちろん国際法に反する様な行動を取られますと、IDカードを交付した我々商会の方に身元保証者としての責任が発生しますので困りますが、龍の巫女であるクリム様にその心配はありませんね。」

「ええ、まぁそうですね。」

 彼女の龍の巫女に対する絶対的な信頼はどこから来るのか謎だったが、クリムは犯罪行為に手を染めるつもりなど元よりないので、彼女の見解に同意したのだった。

「それと商会の支部はほとんどの国に設置されておりますので、ご用命の際には気軽にお立ち寄りください。宿や店舗の紹介から傭兵の斡旋まで、商業的な事でしたらなんでもご相談ください。商会傘下や協力店が多数ありますので、個人で直接交渉するよりもお安くご利用いただけますよ。」

「わかりました。それでは私はこれで失礼しますね。」

「ご利用ありがとうございました。」

 クリムは受付嬢に挨拶を済ませ、交易所を後にしたのだった。


♦♦♦用語解説♦♦♦

・通貨単位Gグランについて

 かつては様々な国で独自の通貨単位が用いられていたが、換金の手間や管理費用の最小化のために国際的な統一が図られ、その際にグランヴァニアで使われていた通貨単位Gグランが採用された。グランヴァニアが最も古い国家の一つである事、安定した経済状況である事、他国との関りが希薄で中立的である事が主な採用理由だ。

 貨幣価値に関しては日本円の1円=1Gと考えて差し支えない。

♦♦♦解説終わり♦♦♦

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