第31話 国境なき技術者コミュニティ
人魔大戦のあらましを聞いた魔王は、欠落している記憶をぼんやりと思い出しかけていた。そして、あと一歩で思い出せない感覚にもやもやとしていた。
一方、一緒に話を聞いていたシャイタンは人魔大戦の成り行きに疑問を覚えていたのだった。シャイタンは人魔大戦終結から遥か後に産まれた世代なので、大戦を実際に経験しているわけではないが、学校で習ったり祖父母から話を聞いたりしていたのでおおよその内容は知っていた。そして当事者である魔王と最高幹部達の話は、これまでに聞いていた内容とは少し違っており、その差異が気になったのである。
「魔王様、質問してもいいですか?」
「ん?なんだシャイタン?」
「人魔大戦にドラゴンが介入してから形勢が逆転したのは分かるんですけど、逆に言えば人類だけが相手なら魔王軍が優勢だったんですよね?」
「ああ、そうだな。人類と魔族とでは個々人の持つ戦力がまるで違うからな。魔王軍結成以前の話であるが、人類の小国が全戦力を挙げてようやく幹部クラスの魔族一人に対抗できる程度であったから、単体でも強力な魔族が協力し群を成したともなれば、人類には端から勝機などない。」
「そうですよね。だからこそわからないんですけど、魔王軍が一気呵成に攻めれば、人類の主要国家を落とすのにさほど時間はかからないはずですよね。なぜわざわざ最前線で戦線を膠着させるような妙な戦い方をしていたんですか?」
「うむ。それにはいくつか理由があるが、主だったものは2つだな。まず第一に我は人類国家を攻め落とす気が無かったからだ。」
「どうしてですか?」
「当時の魔族の国は我が一代でまとめ上げて建国した急造国家であったゆえ、まだまだその政情は不安定であった。そして我はその内政の安定化に注力していたゆえ、さらに加えて人類にまで手をまわしている暇などなかったのだ。二兎を追う者は一兎をも得ずと言うであろう。」
「なるほど、そう言った理由でしたか。それではもう1つの理由はなんですか?」
「もう1つの理由は魔王軍の中でもここにいる最高幹部達しか知らぬ話なのだが、人魔大戦も終わって久しいようだし、我を復活させた功労者たるシャイタンであれば話しても良かろう。」
「問題ないと思うニャー。」
魔王が目配せするとチャットが相槌を打った。
そしてチャットの返事を聞いた魔王は改めて話し始めた。
「シャイタンよ。人魔大戦以前に魔族と人類の間に親交があった事は知っているか?」
「いいえ。小規模な衝突はあったと習いましたけど、親交があったなんて話は聞いたこともないですね。」
「であろうな。公には魔族と人類は交流がなく、その関係性は極めて希薄であった事になっており、親交の記録も残っていないはずだ。」
「つまり実際は違ったんですね。」
魔王は大きくうなずいた。
「とは言え極一部の界隈で親交があったのみであり、実質的には国交は無いに等しかったので、貴様が習ったであろう歴史が嘘というわけでもない。そしてその界隈というのは、主に魔導機の製造開発に関わる技術者達の交流の事である。」
「技術者ですか?それはまた随分マイナーな。」
この世界において、特に魔法が得意な者が多い魔族においては、なんでも魔法でできてしまうので、それをあえて道具を使って代用する魔導機の開発に携わる者など極々限られた一部の変わり者だけであった。
「そうだな。だがそれゆえに交流があったと言えるかもしれんな。人類においても魔導機開発はさほど熱心には取り組まれておらぬらしく、どこに行っても技術者達は変わり者の異端児扱いであることに変わりはないらしい。そして同じ境遇を持つ者同士のシンパシーであろうか、どこで知り合ったのか知らぬが、種族も国家も越えて技術者達は独自のコミュニティを形成していたのだ。」
「なるほど。でもそれと魔王様が戦線を膠着させていた事に何の関係があるんですか?」
「要するにだな、我は魔導機開発に可能性を見出していたのだ。魔族と人類が種を越えて協力する事で新しい何かを産み出すという可能性をな。そして大戦に際してもその小さな可能性の芽を摘むような真似はしたくなかったゆえ、双方に禍根が残らぬ様に気を遣っておったのだ。」
「そう言う事ですか。当たり前にある物なのでそんなに意識したことはないですけど、魔導機はたしかに便利ですよね。そっか、魔族と人類が協力して作っている物だったんですね。」
「うむ。その反応からすると、どうやら現在でも魔導機開発はマイナー路線のままな様だな。」
「そうですね。魔導機はあれば便利とは思いますけど、魔法の代用でしかないのも事実ですからね。魔導機なんて使っていると魔法の腕が落ちると言って使いたがらない人もいますし、特に年配の世代には理解が得られていない印象です。私の世代ではそれほど忌避感はないと思いますけどね。」
「そうか。少しずつだが魔族の意識も変わっているのだな。」
シャイタンの言葉を聞いた魔王は、かつては得られなかったであろう自身の考えに賛同する若者の存在を確認した事で、少なからず魔族社会の未来に展望を抱いたのだった。
魔王はあえて言及を避けたが、実は魔王の両親こそがその変わり者の魔導機開発技術者の一員であった。それゆえに魔王は彼らへの理解があり、その可能性にもいち早く気付いていたのだった。
魔王が魔族をまとめ上げ国家を樹立せんという野望を抱いたのも、協力する事でより大きな可能性を産み出す技術者達を見て思い立った事であり、バラバラで無秩序であった魔族達をまとめ上げる事が、魔族全体の発展に寄与すると確信していたからである。
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