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「それだけじゃなくて、叶くんは『叶くん自身のこと』についても、まったく私に聞いたりしないよね。森の中でも少し言ったけどさ、自分のことなのに、叶くんはまるで他人事みたいに平然としている。本当なら、もっとたくさん疑問があるはずだよ。もっとたくさん私に質問をするはずだよ。私に、もっといろんなことを聞くはずだと思う」
薄緑色の草原の中を歩きながら、祈が言った。
叶は、祈の話にじっと、耳をかたむけている。
「たとえば、どんなこと」少しして、叶は言う。
「そうだな。えっと、たとえば、僕を見つけてまずは警察は呼ばなくていいの? とかさ、誰でもいいから、誰か一番近くにいる大人の人に連絡をしたほうがいいんじゃないか? とか、叶くんが記憶喪失ってわかったあとなら、病院に連絡して、叶くんをまずお医者さんに見せてあげないといけないな、とかさ、それに私に一番最初に聞く質問として、本当なら、君は誰なの? と言う質問じゃなくて、『ここはいったいどこなんだろう?』 ……とかさ。そういう質問をするんじゃないかな?
まあ、なんでもいいんだけど、そういうことを私にもっといろいろと聞いたりするでしょ? 普通はさ。そうじゃなくても、もっと二人で真剣に記憶喪失の叶くんのことについて相談するとかさ、こうして歩いている間、時間は結構あったんだしさ。たぶん、そういう話をするんじゃないかな? でも、叶くんは私にそんな質問を全然しない。……それは、どうしてなのかな? ってちょっと思ってさ。叶くんはさ、私にもっと、聞きたいことがたくさんあるんじゃないの? 私の個人的なことじゃなくて、叶くんの、そういう、いろいろな大切なことについてさ」
「もっと大切なこと」
「そう。もっと大切なこと」
……それは、確かに普通に考えればそうだった。
きっと普通の十七歳の男子高校生であれば、自分が記憶喪失になって、見知らぬ森の中で一人で目を覚ましたりしたら、その森の中で出会った女の子である鈴木祈に、いろんな聞きたいことがたくさんあったはずだし、もっと知りたいことも(あるいは、知らなくてはならないことが)たくさんあるはずだった。
でも……。
なぜか、それらのことを、叶は本当に、『心その底から、切実に知りたいとは思わなかった』。
そんな情報は今の僕には必要のないことだと思った。(かりになにかがわかったとしても、それはあまり意味のある情報だとは思えなかった)
……僕は叶。村田叶という名前の一人の十七歳の男性である。
ということだけわかっていれば、それでいいと思っていた。
ここがどこだろうと、僕が誰であろうと、祈が誰であろうと、……『真実が、あるいは、どこかにあるのかもしれないけれど』そんなことは、あまり気にならなかった。
……いや、むしろ、『それは聞いてはいけないこと』のような気がしてならなかった。
それを聞いてしまったら、あるいは、それがきっかけになって、せっかく忘れてしまったはずの、その、なにかを思い出してしまったら、なにか大切なものが、本当に大切な気持ちが、僕の心が、壊れてしまうような気がした。(それに、なぜか、もう二度と、君に会えなくなるような気がした)
その証拠に、そんなことを考えると、叶の頭は、とてもずきずきと痛み始めた。(まるで、なにも考えな、なにも思い出すな、と叶の頭が、叶自身にそう言っているようだった)
叶はちらりと隣を歩いている、祈の顔を見る。(祈は、本当に心配そうな顔をして、叶のことをじっと見ていた)
……それを、もしかしたら祈は知っているのかもしれない。
そんなことを、叶は思った。
祈は、私にもっと大切なことは聞かないんだね、と叶に言うけれど、自分からそのもっと大切なことを積極的に叶に話そうとはしなかった。(叶が質問しない限り、自分からは話すつもりはないようだった)
まるで、『それを見つけるのは、叶くん。君自身の役目だんだよ』。とでも、君が僕に言おうとしているかのように……。
(……うまく、思考がまとまらない。僕は、混乱しているのかもしれない。あるいは、もうとっくの昔に、僕は『壊れてしまって』いるのかもしれない)
「どうかしたの?」
叶がそんなことを考えながら、じっと祈のことを見ていると、祈は言った。
「いや、なんでもないよ。祈の言葉について、自分なりに、確かにどうしてなんだろう? って、少し考えていただけだから」とにっこりと笑って、叶は言った。
「そうでしょ? もっと、考えようよ。『考えることは大事なこと』だよ」
と、にっこりと笑って祈は言った。
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