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森の中には、気持ちのいい澄んだ風が吹いていた。その透明な風が生い茂る森の木々の葉を揺らして、さらさらという小さな音を立てている。
遠くの空では相変わらず、鳥が小さな声で鳴いている。
最初は突然のことで、そんなことを考えている余裕は全然なかったのだけど、こうしてあらためてこの森の中を見ていると、ここはとても素敵な場所だと叶は思った。
……とても静かで、清らかで、本当に素晴らしい場所だった。
道のない森の地面の上には、ところどころに綺麗な花が咲いていた。
真っ白な花だ。
その花を見て、叶はすごく綺麗だ、と思ったのだけど、花の知識を持たない(記憶喪失とは関係なく、叶は草花にまったく興味がなかった)叶にはその花の名前がわからなかった。そのことがとても残念に思える。(少しくらいは勉強しておけばよかった)
その白い花の名前を祈に聞こうかとも思ったのだけど、叶はやめることにした。(また祈に、君はそんなことも知らないの? と言われて、馬鹿にされるかもしれないと思ったからだ)
真っ白なパーカーに真っ白なハーフパンツ姿の祈の後ろ姿は、どこかその森の中に咲いている白い花の姿に似ていた。
祈は叶よりも先に道のない森の中の焦げ茶色の地面の上を軽快なリズムで足を動かして進んでいた。祈が森に慣れているという言葉は、どうやら本当のことのようだった。祈はまるでずっとこの森の中で生活してきた人のように、まったく迷うことなく、木々の間を歩いて、だんだんと少し上り坂になっている森の中の地面の上を一定のペースを守って進んでいた。(祈はその華奢な見かけによらず、とても体力があった。叶は息を切らせて歩いていたけど、祈は全然、そんなことはなかった)
祈は時折、後ろを振り返って、「大丈夫? 叶くん」と言って、森に不慣れな叶のことを気にしてくれた。
祈が後ろを振り向くたびに、叶は祈に「大丈夫だよ」と言って、にっこりと笑って返事をした。
すると祈は安心したように笑って、また前を向いて深い緑色の森の中を進んだ。叶はそんな祈の背中を見失わないように、必死に歩き慣れない森の中を歩いて進んでいた。(叶の少し前にある風景では、ずっと、祈の腰まである長くて美しい黒髪が、ゆらゆらと祈の歩くリズムに合わせて揺れていた)
でも、いつまで歩いても、周囲の風景はほとんどなにも変わらなかった。
……この森は、まるでどこまでもどこまでも、永遠に続いているかのように叶には思えた。(あるいは、もし自分一人であったならば、本当に森は永遠に続いていたのかもしれないと思った)
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