十四着目 七人の神レイヤー
それから。
他のレイヤーさんの反応に気をよくした土留は、先ほどまでとは打って変わってノビノビと楽しそうに撮影を受けている。
ついさっきまであんなに嫌がっていたのに、鼻水流しながら号泣していたのに。
俺はなんだかなあという気持ちになり、カメコに向かって愛想を振りまいている土留を醒めた目で見続けていた。
「先輩、なんでそんなつまらなそうな顔をしているんですか? もっと楽しそうにしないとダメですよ」
「おまえに言われるとなんだか無性に腹が立つな」
「なんでですか。それよりも見ていてくれましたか? わたしの活躍を! 黒裂華音直伝のこのポージングを! ふふふ……いけますよっ! これはいけますよ先輩っ!」
こういうのを虎の威を借ると言うのだろうか。
とにかく、先ほどのやりとりをちらっと聞いていたレイヤーさんやカメコ達が土留に興味を持ったらしく、順調に声を掛けられて撮影をしてもらっていた。
黒裂さんの知り合い、ましてや弟子と言う事であれば、そうそう無下に扱うようなカメコもおらず、対応はとても紳士的な人達が多かった。
「むっふっふー! 意外に簡単なものですねコスプレなんて。わたし才能あるんでしょうか?」
踏ん反り返りながら言い放つ土留。
その間にも声を掛けられると愛想よく笑顔を振りまきポーズを取る。
撮影されることにもだいぶ慣れてきたのか、別のポーズへの繋ぎもスムーズになり、昨晩の練習の成果もあるのだろう、ずぶの素人とは思えないくらいの出来栄えにはなってきていた。
いたのだが……。
なんかムカつく……。なんかわかんないけどだんだん腹立ってきたああああああああああああああああああ!
特にあの眼! 時折俺の方を見る時のあの顔! なに? なにそのドヤ顔? わたし、人気レイヤーの卵ですから! みたいな顔で俺のこと見るのやめて。
そんなことを思っていると、土留は少し離れた場所にいる俺に視線を送ってちょいちょいと小さく手招きした。
「なんだよ?」
「先輩。暇ならちょっとドリンク取ってもらえますぅ?」
「あ……あぁ、ほらよ」
「まったく。夏の屋外撮影は水分補給をこまめにするのは常識ですよ? 気が利かないですね。あ、これ温いですね。冷たいのないんですか?」
こいつ……マジでぶん殴ってやろうかなぁ。
まるで大物女優のように振る舞う土留の態度に、俺の堪忍袋の緒もそろそろ限界。マジで血管ブチ切れそうだぜ。
どうやったらこんな短時間でここまで増長することができるのだろうか? こいつはもう一度ぎゃふんと言わせるようななにかが必要だな。
とは思いながらも、甲斐甲斐しく冷たい飲み物を買いに行く俺ってマジ優しい。
てーか、俺の我儘でコスプレをやって貰っている手前、断りづらいんだよちきしょう。
氷水に浸かったペットボトルの水を、売り子のお姉さんから受け取ると、俺はそれを後頭部に当てる。
「あー気持ちいい。それにしても今日も暑いな。こんな炎天下でコスをしているレイヤーさんは大変だろうな」
燦々と輝く太陽に手を翳しながら呟く俺。
オタクだーって、カメコだーって、レイヤーだ~あって~、みんなみんな生きているんだこの日のたーめ~に~。とか心の中で歌ってみたがなんだか虚しかった。
だって俺……土留のパシりにされてるんだもん……。
項垂れながら戻ろうとしたその時、辺りの気配がざわつき始める。
なんだか妙に落ち着かない空気と言うか……いや……これは、なにかに圧倒されるような、そんな気配だ。
これはなんだ? 俺の五感全てが……いや、第六感までもが告げている。
なにか強大な、大きな
そして警告している、このままでは危険であると。
この異様な空気、雰囲気の濁流に土留が、すべてのレイヤー達が抗うことなく飲み込まれてしまうと直感した。
その強大な圧力の正体とは一体なんだ? これからここビッグサイトでなにが起ころうとしているのだ?
そんなことに思いを巡らせていると、エントランス側の階段の方からざわめきがウェーブの様に押し寄せてくる。
人の波を、レイヤー達の波を掻き分けて……いや、勝手に割れていく。
人々でごった返すこのコスプレエリアと言う大海原が、まるでモーゼが海を割って見せたように左右へと引き裂かれていく。
そしてその人の壁の間を悠然と歩いてくる人影を見て俺は驚愕した。
ガヴリィル麗奈。
コミケ七巨頭の一人であり、トップレイヤーでもある、大天使ガヴリィル麗奈。
遂に、彼女が動いた。
1日目、2日目、共にエリアに出てくることはなく、サークルの売り子もしていなかった。
今年の夏コミには参加しないのでは? と噂されていたのだが、最終日の今日は懇意にしている大手サークルの売り子として顔を出すことをツイートしていたのは知っている。と言うか朝会ったし。
しかし、まさかコスプレをしてエリアに出てくるとは予想外であった。
土留の面倒を見ながら、ちょくちょくレイヤーさん達の情報をチェックしてはいたが、特になにもなかったのに。
とにかくこいつはマズイ。今からここ屋上エリアはおそらく戦場になる。
カメコ達は間違いなく麗奈に群がるであろう。
彼女クラスになると最早列待ちなんかしていたら埒が明かない。確実に囲み撮影になる。そして最前を取る為に我先にとカメコ達の場所取り戦争が始まる。
そして、他のレイヤー達も黙ってはいないだろう。
初心者レイヤー達はともかく、中堅レイヤーやベテランレイヤー達は麗奈に好き勝手いいようにされまいと、より強烈なアピールを始める。
そうなったらそこかしこに囲みの輪が広がり始めて、コスプレエリアに慣れていない物見遊山の参加者や底辺カメコは輪に入ることができず、居心地が悪くなってこの場から撤退する可能性もある。
本来であれば囲み撮影は禁止の流れになってきている昨今。
まあこれは囲みが場所を広く使うのでそれを緩和する為であったり、長時間撮影になってレイヤーさんに負担をかけないようにそうなってきたのだが、やはり限られた人数のスタッフでそれをコントロールするのは難しい。
なし崩し的に囲みが始まってしまったら最早収拾はつかないだろう。
麗奈と同じエリアに居るのは最善ではないと判断した俺は、すぐに場所を変えようと土留の元へ急ごうとするのだが、そこで更にとんでもない事態に茫然として動くことができなかった。
ゆっくりと歩いてくる麗奈の後方に見える人影、それは一人や二人ではない。
六人の人影……。それはつまり、麗奈を合わせると。
七人……?
「う……そ、だろ……」
俺はその信じられない光景にそう零すしかなかった。
コミケ七巨頭。全てのレイヤー達が今ここに集結したこの異常事態に、その場にいた誰もが息を飲み動くことができなかった。
―― 七巨頭が一堂に会した! #コミケコスプレ
―― 嘘だろ? 全員来てるよっ! #コミケコスプレ
―― 事件だ! じ、じっ、事件だっ! #コミケコスプレ
―― え? どこ? マジで? 虚構ニュースだろそれ? #コミケコスプレ
―― はいはい、ネタネタ。 #コミケコスプレ
―― え? もえっちなら今俺の横でかわいい寝息立ててるけど? #コミケコスプレ
―― やばい! 今回の夏コミはコミケ七巨頭に全部もってかれたわ! #コミケコスプレ
様々な呟きがタイムラインを埋め尽くし、今やコミケの話題は七巨頭が集結したこと一色で染まっていた。
こんな光景をまさか目の当たりにする日がやってくるなんて。
これは言うなれば、少年漫画雑誌だったら最強のキャラクター達が一同に会した、もう少年達のワクワクドキドキが有頂天になるくらいの出来事だ。
目の前にある非現実的な出来事、あのコミケ七巨頭が全員一緒に行動しているなんて、これは一体なにが起こったというのだ? 誰もがこの異常事態に驚愕し困惑し思考がついて行かない。
№1。光のエレメント・天の守護天使・ガヴリィル麗奈。謂わずと知れた超人気レイヤー。
№2。水のエレメント・水の都の水先人・ウンディーネるぅるぅ。清廉な美貌とスタイルの持ち主、まるで透きとおる聖水のようなその美しさに、誰もが魅了される人気レイヤー。
№3。火のエレメント・火の玉少女・チャーミングもえっち。元気がチャームポイント! 14歳現役中学生、七巨頭最年少人気レイヤー。
№4。闇のエレメント・堕天の旋律・堕天使†黒裂華音†。最早説明するまでもない。この人の所為で他の人達にも変な二つ名が付いたことはあまり知られていない。ゴスロリ女王様人気レイヤー。
№5。風のエレメント・鉄壁スカート・シルフィードたなかさん。彼女のスカートは鉄で出来ているのか? どんな強風が吹こうが翻らない。どんなアングルでも絶対に秘密の花園は写させない。そのガード性能はまさに鉄壁の人気レイヤー。
№6。土のエレメント・母なる大地・聖母・
№7。空のエレメント・七巨頭の良心・唯一の常識人・
このランキングは、とあるコスプレ雑誌が独自にやった人気投票の結果によるものであって、実際には誰が一番人気があるのかはわからない。
とにかく全員が、このコミケでは化け物クラスの人気レイヤーであり、単体でも数百人のカメコ達があっと言う間に囲みを作るレベルのレイヤー達だ。
「わーっ! さすが麗奈っちーっ! みんなが道をあけてくれてるすごいなあ!」
腕をブンブンと振り回しながらはしゃぎ廻っているのは火の玉少女もえっちだ。
「もえっち。あんまり走り回るんじゃないよ。皆の迷惑だろ」
それを窘めるシルフィードたなかさん。その横で「まぁまぁまぁすごい人の数ですね」と、おっぱいがおっぱいを揺らしながら他人事のように言っている。
蒼穹さんは手を合わせながらぶつぶつと何か言っているがよくわからない。
「麗奈。本当にやるの?」
「もちろんよ。るぅ。ここまで来てやめるわけにはいかないでしょう?」
この二人が並ぶだけで、バ○スを唱えたのではないかと思うような輝きがその場に満ちると言うものだ。
そして最後尾でなにやらむくれている黒裂華音。
黒裂さんはなんだか気まずそうに俺の方をちらちらと見ているのだが、視線が合うと逸らして「チっ」と舌打ちをした。
騒然とする屋上コスプレエリア。皆が茫然としていると麗奈が高々に宣言する。
「皆さん、お騒がせしてごめんなさい。ですが、今日は皆さんにとっておきのサプライズとして、ここに七人全員が集結しました。これから30分間だけ、全員揃っての撮影を行いたいと思います」
な……なんだってええええええええええええっ!?
そんな馬鹿な? そんなことがあっていいのか? コミケ七巨頭が全員揃っての撮影だと? いまだかつてそんなことは一度たりとてなかった。
まず全員が同じ日にコミケに参加しているなんてこともなかったし、同じエリアに居ても揃って撮影をするなんてことは聞いたこともなかった。
同じ日に全員がコスプレ参加していると言うだけでも奇跡だと言うのに、その全員が揃って撮影を行うだなんて、こんなこと……こんなこともう二度とありえないっ!
麗奈の宣言の直後、歓声が上がる。
カメコ達は我先にと良ポジションの争奪戦を始めるのだが、そこへ騒ぎを聞きつけたスタッフが駆けつけてきた。
「れ、麗奈さん、困ります。人気レイヤー達がこんな全員揃っての撮影なんて収拾がつかなくなりますよ。こういうのは事前に運営を通して頂かないと」
「あら? 仲間同士で併せをするのに、事前に運営を通さないといけないなんてルールあったかしら?」
「いや……それはそうですけど……」
麗奈の言葉に萎縮してしまうコミケスタッフであったが、水のるぅるぅが付け加える。
「安心してください。周りの皆さんのご迷惑になるようでしたらすぐに切り上げるので。カメラマンの皆さんもちゃんとそれは理解してくださってますよ」
そう言って、るぅるぅが場所取りで揉めているカメコ達を睨み付けると、皆が手を取り肩を組み合い気持ちの悪い笑顔を浮かべて整列した。
とにもかくにもこれは偉いことになった。土留のパシりなんかをしている場合ではない。
早くこのことをあいつに知らせに……いや、その前に……俺にはやらなくてはならないことがある。
俺は気を引き締めると、少しでも良い場所を取るために、囲み撮影の輪の中へと踏み込んで行くのであった。
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